第五十九話 選ばされた幸福
三つの光は、ただそこにあるだけではなかった。
近づかなくても、未来の匂いがした。
まず、金の光が強くなる。
幸福勇者ルート。
そこでは、俺は迷わなかった。
剣を取る。
仲間を集める。
魔王を倒す。
白鐘は祝福として鳴り、町の人々は俺たちを迎える。
ミオは俺の隣で笑っている。
あの森の痛みも、保護院の記録も、ミアという名前も、遠い昔の傷として処理されている。
彼女は幸せそうだった。
ただ、その笑顔の奥に、俺が知っている迷いがない。
何を怖がり、何に怒り、どこで踏みとどまったのか。
その全部が丸く磨かれて、綺麗なヒロインの形になっている。
消えてはいない。
けれど、日常を壊さない程度に丸くなっている。
「この分岐では」
エルシアが言う。
「あなたたちは幸福になります」
それは嘘ではなかった。
映像の中の俺は、ミオを大切にしていた。
ミオも、たぶん俺を大切にしていた。
「追放されてない俺までいるな」
カイトが苦い顔で言った。
「気持ち悪いくらい丸くなってやがる」
子供が笑い、町が救われ、世界は穏やかになっていく。
胸が痛くなるほど、綺麗だった。
「選ばされた幸福でも」
ミオが小さく言う。
「幸福は幸福なんですね」
エルシアは頷く。
「はい」
次に、黒の光が鳴った。
魔王ルート。
俺とミオは、世界中から追われていた。
王国勇者庁が敵になり、教会が鐘を鳴らし、ギルドの掲示板に俺たちの名前が貼られる。
カイトは笑いながら横に立っていた。
ノアもいる。
リセも、ラベル剥がれの村の人々もいる。
俺たちは檻を壊す側になる。
白鐘網の一部を破壊し、保護院の子供たちを外へ逃がし、勇者候補の称号を剥がす。
気持ちよかった。
怒りには、進んでいる感じがある。
誰かに敵と呼ばれると、自分の輪郭が強くなる。
「この分岐では、あなたは戦えます」
エルシアが言う。
「ただし、戦い続けることでしか自分を保てなくなる」
ノアは何も言わなかった。
その沈黙が、答えだった。
最後に、透明な光が広がる。
外側ルート。
俺は誰にも追われていない。
ミオも、救済錨ではない。
そこにはログがない。
称号もない。
女神の目もない。
俺たちは、自由だった。
けれど、自由すぎた。
ミオの名前を呼ぼうとして、声が曖昧になる。
レンという名前が、自分のものなのか分からなくなる。
好きだとか、守りたいとか、救いたいとか、一緒にいたいとか。
それらの感情が、中心を失った星みたいに遠ざかっていく。
フロッグが、透明な光から目を背けた。
「そこでは」
彼は小さく言う。
「名前が、薄くなります」
苦しくはない。
痛みもない。
だからこそ、怖かった。
そこには、俺たちを縛るものがない。
同時に、俺たちを俺たちとして繋ぎ止めるものもなかった。
映像が消える。
白い間に戻る。
エルシアは、三つの光の中央に立っていた。
「どれも、あなたを壊さないように作りました」
彼女の声は優しかった。
優しいから、残酷だった。
「幸福も、反逆も、外側も。あなたたちの自己物語が完全に崩れないように調整しています」
「調整された俺たちが選ぶんですか」
「はい」
エルシアは答えた。
「人はいつも、調整された自分で選んでいます」
言い返せなかった。
前世。
傷。
記憶。
出会い。
承認。
恐怖。
何かに形づくられていない自分なんて、たぶん存在しない。
だからこそ。
俺は、三つの光を見ながら思った。
この三択は、よくできすぎている。
壊れない。
分かりやすい。
名前がついている。
意味がある。
つまり、もう物語になっている。
俺たちが選ぶ前から。




