第六十話 第四の選択
俺は三つの光を見た。
幸福勇者ルート。
魔王ルート。
外側ルート。
どれも、分かる。
どれも、たぶん誰かを救う。
そして、どれも俺たちを壊さないように作られている。
だから、俺は首を振った。
「選ばない」
白い間が静まり返る。
エルシアは驚かなかった。
ただ、悲しそうに俺を見た。
「四つ目はありません」
「なら、作る」
「分岐は、対象の自己物語が保持できる範囲でしか成立しません」
「その範囲を決めてるのが、あんただろ」
俺は一歩前に出た。
金の光も、黒の光も、透明な光も踏まない。
三つの選択肢の、どれでもない白い場所に立つ。
「俺は自由になりたいんじゃない」
その言葉に、自分で少し驚いた。
でも、たぶん本当だった。
完全な自由なんて、俺には扱えない。
役割が全部消えたら、俺は立てなくなるかもしれない。
誰かを救いたい衝動も消えない。
ミオを大切に思う気持ちに、救済依存が混ざっていることも消えない。
過去の周回も、女神の誘導も、消せない。
「俺は、檻の外へ飛びたいんじゃない」
俺はエルシアを見た。
「檻があると知ったまま、どこへ立つかを自分で決めたい」
視界にノイズが走る。
未登録要求を検知。
要求内容:選択肢外分岐の生成
照合中。
沈黙鈴を握る。
レン。
名前を思い出す。
同時に、ログへ手を伸ばす感覚があった。
万能鑑定。
周回記録。
救済衝動。
全部、俺の傷からできている。
でも、傷からできているからといって、使い道まで決められてたまるか。
俺は三つの光を鑑定する。
金。
黒。
透明。
それぞれの輪郭は、あまりにも整いすぎていた。
【万能鑑定】を実行。
対象:管理者選択肢 A / B / C
解析結果:
全選択肢に自己物語保護処理を確認。
全選択肢に中心重力秘匿処理を確認。
やっぱりだ。
三つとも、壊れないように作られている。
同時に、見えないまま選ぶように作られている。
白い床に残ったノアの黒い亀裂が、細く震えた。
そこだけ、ログが欠けている。
俺はその欠けを見た。
表示されない場所。
選択肢として整えられる前の、まだ名前のない余白。
非表示領域を検知。
分類:未定義
管理者選択肢外
「中心重力を表示しろ」
俺は言った。
「俺たちが何に引っ張られているのか、隠さず出せ」
白い間が震える。
エルシアの瞳が、わずかに見開かれた。
「それは危険です」
「知ってる」
「見れば、疑い続けることになります」
「知ってる」
「愛も、善意も、選択も、純粋ではなくなります」
「最初から純粋じゃなかった」
俺は隣を見る。
ミオが、俺の少し後ろではなく、横に来た。
彼女も三つの光を踏まない。
「私も、選びません」
ミオは言った。
「幸福にしてもらう道も、敵として生きる道も、外側へ消える道も」
彼女は震えていた。
それでも、まっすぐ立っていた。
「私は、救済錨だったかもしれません。ミアだった記録もあります。M-17と呼ばれていた私もいます」
ミオは胸に手を当てる。
「でも、それを知った上で、ミオとして選び直します」
対象:レン
自己名宣言:【レン】
中心重力表示要求:受理不能
対象:ミオ
自己名宣言:【ミオ】
配置役割:【救済錨】
再選択要求:受理不能
受理不能。
その文字が、何度も明滅する。
グースの鈴が鳴った。
フロッグが目を上げる。
ノアの黒鐘が、低く応じる。
カイトが笑った。
「いいじゃねえか」
彼は剣の柄に手を置いた。
「追放者でも勇者でも魔王でもねえ。面倒な名前の道だ」
エルシアは、俺たちを見ていた。
怒ってはいない。
やはり、悲しそうだった。
「その選択は、あなたたちを幸福にする保証がありません」
「保証つきの幸福は、もう見た」
俺は言った。
「綺麗だった。でも、俺たちが今ここで選ぶものじゃない」
白い間の三つの光が揺れる。
金が薄れ、黒が震え、透明が歪む。
その中央に、文字が浮かんだ。
未定義選択肢を検知。
第四選択:【観測下での再選択】
警告:
管理者権限外の分岐です。
エルシアが、初めて目を伏せた。
白い間の奥で、鐘が鳴る。
祝福ではない。
警告でもない。
世界が、まだ名前のない選択肢を見つけてしまった音だった。




