第五十八話 三つの選択肢
エルシアは長く沈黙した。
白い間には、時間がない。
それでも、その沈黙は長く感じた。
やがて女神は、静かに手を下ろした。
「分かりました」
その言葉に、俺は身構えた。
分かりました。
女神がそう言う時、それはたいてい、人間側に都合のいい意味ではない。
「あなたたちを、これ以上強制的に閲覧停止することはしません」
ミオが息を呑む。
「ただし、このまま進めば自己物語崩壊の危険は高い。ですから、壊れにくい分岐を提示します」
白い間の床に、三つの光が現れた。
一つは金。
一つは黒。
一つは透明。
金の光には、温かい鐘の音があった。
黒の光には、重い鼓動があった。
透明な光には、音がなかった。
管理者選択肢:
A:【幸福勇者ルート】
B:【魔王ルート】
C:【外側ルート】
「Aは、幸福勇者ルート」
エルシアが言う。
金の光に映像が浮かぶ。
俺が勇者として剣を取り、ミオが隣で笑っている。
カイトが仲間として悪態をつき、グースが旅商人のふりをして手を振る。
リセもいる。
リュカも、敵ではなく交渉相手として立っている。
世界は救われる。
俺とミオは結ばれる。
傷は、耐えられる程度に薄められる。
「記憶は整理されます。苦痛は減衰します。あなたは勇者として世界を救い、ミオは自分の意思であなたの隣に立ったと感じられる」
「感じられる」
ミオが呟いた。
その言葉だけが、金の光に小さな影を落とす。
「Bは、魔王ルート」
黒の光が広がる。
ノアの黒鐘。
灰門。
ラベル剥がれの村。
世界中の白鐘が俺たちを敵として鳴らす。
世界告知:
新規魔王個体を認定。
対象:レン
同伴対象:ミオ
「管理から外れる代わりに、世界の敵として観測されます」
エルシアは言った。
「あなたたちは自由に戦える。けれど、人々はあなたたちを恐れます。あなたたちの言葉は、敵の言葉として処理されます」
ノアがわずかに顔を歪めた。
彼が歩いてきた道だ。
自由に見える、敵という檻。
「Cは、外側ルート」
透明な光が開く。
そこには、何もなかった。
真っ白ではない。
真っ黒でもない。
ただ、意味を持つ前の広さ。
「観測から外れます。白鐘網も黒鐘も、称号も役割も届きません」
エルシアの声が、少しだけ遠くなる。
「完全な自由に最も近い分岐です。ただし、関係性も物語も薄れます。名前も、目的も、互いへの感情も、今と同じ形では保てないでしょう」
フロッグが目を伏せた。
彼は知っている。
外側の広さを。
そこに救いの形がないことを。
俺は三つの光を見た。
幸福。
反逆。
無意味な自由。
どれも罰ではない。
どれも、逃げ道に見えた。
そして、どれも檻に見えた。
エルシアは静かに告げる。
「選んでください」
金と黒と透明の光が、俺たちを待っていた。
選択可能分岐を提示済み。
対象:レン、ミオ
回答待機中。




