↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

57/71

第五十七話 観測者にも軌道がある

 ノアの沈黙のあと、白い間に小さな雑音が走った。


 ちりん、と鈴が鳴る。


 俺の手の中の沈黙鈴ではない。


 グースの胸元に吊られた、古い鈴だった。


 彼の輪郭が、わずかに揺れている。


「接続が、まだ残ってる」


 グースは苦笑した。


「そりゃそうだよな。僕は、ずっと観測端末だったわけだから」


 彼の背後に、いくつもの画面が開いた。


 リーベルの路地。


 旧保護院。


 北東街道。


 王国勇者庁。


 灰門。


 観測塔。


 俺たちが通ってきた場所が、彼の目を通して記録されていた。


「僕は見ている側だと思ってた」


 グースは言う。


「時々、少しだけ助言して、沈黙鈴を渡して、君たちが自分で選んでいるように見守っているつもりだった」


 彼は自分の胸元を押さえた。


「でも、僕も軌道の中にいた。観測する役割。干渉しすぎない役割。失敗を少し減らして、成功しすぎないようにする役割」


 彼の背後に、一瞬だけ別の記録が混ざった。


 見守った。


 助言しなかった。


 その結果、救われるはずだった少女が、救われる役割のまま壊れていった記録。


 グースは目を伏せる。


「見ているだけなら、罪にならないと思ってたんだ」


対象:グース

旧役割:【観測補助端末】

現在役割:不安定


注記:

自己判断による干渉履歴あり。


「観測者にも、軌道がある」


 フロッグが言った。


 その声は静かだった。


 外側を見た彼の声。


「僕は外側へ出ました」


 フロッグはエルシアを見る。


「そこには檻がありませんでした。命令も、役割も、女神の鐘もなかった」


「なら、救いだったはずです」


 エルシアが言う。


 フロッグは首を振った。


「救いではありません。広さです」


 白い間が少しだけ暗くなる。


 いや、暗くなったのではない。


 白の向こうに、何もない広さが透けた。


 名前のない空白。


 上も下もなく、前も後ろもない。


 どこへ行ってもいい。


 だから、どこへ行く理由もない。


「外側には、本当に意味がありません」


 フロッグは言った。


「だから、あなたの言うことは分かります。物語が必要な人はいます。役割に支えられている人もいます」


 エルシアは黙って聞いている。


「でも」


 フロッグの声が、少し強くなる。


「それを隠したまま与える理由にはなりません」


 俺は頷いた。


「骨組みが必要なら、骨組みだと教えればいい」


「それを知った時点で、骨組みは骨組みとして機能しなくなります」


 エルシアは即答した。


「愛が設計されていたと知れば、人は愛を疑います。使命が与えられていたと知れば、人は使命を疑います。救済が配置されていたと知れば、人は優しさを疑います」


「疑うことが悪いんですか」


 ミオが言った。


 エルシアの視線が、ミオに向く。


「悪ではありません。重いのです」


「重いなら、重いと知って持ちます」


 ミオは小さな声で言った。


「知らないまま軽いふりをさせられるより、ずっといい」


 その言葉に、白い間が止まった。


 女神の表情は変わらない。


 でも、視界の端にログが開く。


管理者応答遅延。

原因:未定義反論


対象発言:

「知らないまま軽いふりをさせられるより、ずっといい」


 エルシアが、初めてすぐに答えなかった。


 グースが小さく笑う。


「ねえ、女神様」


 彼は言った。


「僕ら、壊れやすいかもしれないけどさ」


 鈴の音が、白い間に細く残った。


「壊れないように嘘をつかれるほど、何も知らないわけじゃないんだよ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。