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第四十八話 グースの正体

 グースの分類は、観測端末だった。


 商人ではない。


 旅人でもない。


 女神システムの端末。


 その表示を見ても、不思議と驚きは少なかった。


 ずっと怪しかった。


 沈黙鈴を持っていた。


 白鐘の仕様を知っていた。


 ノアを昔から知っていた。


 むしろ、ようやく名前が付いたという感覚に近い。


「観測端末」


 俺が言うと、グースは肩をすくめた。


「そう。人間の言葉だと、まあ、女神様の目の一つ」


 ミオが一歩下がる。


 無理もない。


 グースはそれを見て、笑わなかった。


「警戒していいよ。というか、するべきだ」


「あなたは、私たちを見ていたんですか」


 ミオの声は硬い。


「見ていた」


 グースは正直に答えた。


「何度も?」


「何度も」


「助けなかったんですか」


 その問いは、静かだった。


 だが、刃だった。


 グースは少しだけ目を伏せる。


「端末は、助けるために作られていない。見るために作られている」


「でも、沈黙鈴は」


「あれは、見るだけに飽きた端末の不良品だね」


 軽く言おうとしている。


 でも、声が少しだけ乾いていた。


 水盤に、グースの記録が映る。


 いくつもの周回。


 いくつものレン。


 いくつものミオ。


 そして、いつもどこかにグースがいる。


 路地裏。


 市場。


 教会の影。


 戦場の端。


 処刑台の群衆の中。


 彼は見ていた。


 声をかけない時もあった。


 商品を売る時もあった。


 ほんの少しだけ道をずらす時もあった。


観測端末G-03

任務:

転生者行動記録

感情熱測定

軌道逸脱報告


逸脱兆候:

対象名の個別記憶

規定外介入

沈黙鈴の作成


「G-03」


 カイトが鼻で笑う。


「番号持ちかよ。ミオとお揃いだな」


「嬉しくないです」


 ミオが即答した。


 グースは少し笑った。


「まあ、僕も嬉しくはない」


 俺は沈黙鈴を取り出した。


「これは、何なんですか」


「観測音の逆位相」


「分かるように」


「白鐘が外から人間を役割へ揺らすなら、沈黙鈴は内側から名前を鳴らす」


 グースは俺を見る。


「ただし、君が自分の名前を思い出す気がなければ鳴らない」


 何度も助けられた。


 でも、助けられたという言い方も違う。


 道具を渡されただけだ。


 使うかどうかは俺だった。


 それが、グースなりの距離なのかもしれない。


「どうして作ったんですか」


 俺が聞くと、グースは水盤を見た。


 そこに映るのは、過去の俺たち。


 何度も救い、何度も失い、何度も忘れる。


「最初は、面白かった」


 グースは言った。


「転生者はよく動く。怒る。泣く。恋をする。裏切る。救う。壊れる。観測端末にとって、すごく良い対象だった」


「最低ですね」


「うん」


 彼は否定しなかった。


「でも、長く見すぎた」


 その声だけ、少し変わった。


「同じ人間が、何度も初めましてをする。同じ痛みで泣く。同じ相手を救って、同じ相手を失う。そのうち、記録番号より名前の方を先に覚えるようになった」


 グースは帽子を握る。


「端末としては、故障だ」


 水盤に、短い記録が映った。


 どこかの戦場の端。


 瓦礫の陰で、ミアが倒れている。


 今より少し大人びた顔。


 血に濡れた手で、彼女は空を掴もうとしていた。


 近くに、グースがいた。


 いや、観測端末G-03がいた。


 彼は見ている。


 記録している。


 ミアは彼に気づいていない。


 それでも、かすれた声で言った。


「私の名前、残りますか」


 G-03は答えなかった。


 答える権限がなかった。


 ただ、ログを送信した。


対象:ミア

死亡時発話を検知。

記録変換予定:

聖女ミアの祈り


「違うだろ」


 グースが小さく言った。


 今のグースの声だった。


 記録の中の彼は、何も言っていない。


「あれは祈りじゃなかった。ただ、自分の名前が消えるのを怖がっていた」


 ミオの顔が強張る。


 グースは帽子をさらに強く握った。


「その時、初めて、変換された記録が嫌になった」


 だから。


 沈黙鈴。


 名前を思い出すための鈴。


 誰かが自分の名前を、役割より先に掴むための道具。


 ミオが静かに聞いた。


「今も、女神側なんですか」


 グースは少し考えた。


「完全には違う、と言いたいけどね」


「言えない?」


「僕の目は、まだ女神様の網に繋がっている」


 空気が冷える。


「つまり、ここでのことも」


「一部は届く」


 カイトが手を剣にかける。


「今すぐこいつを壊すか」


「壊してもいい」


 グースは言った。


 本気だった。


 その本気が、逆にカイトの手を止めた。


「ただ、僕を壊しても観測は止まらない。目が一つ減るだけだ」


 フロッグが静かに言う。


「そして、壊したという記録が残る」


「そう」


 グースは頷く。


「観測者にも軌道がある。僕は、見ることから逃げられない。君たちは、見られることから逃げられない」


「救いがないですね」


「だから、少しでも見返すんだよ」


 グースは水盤を指す。


「観測されるだけじゃなく、自分でも観測する。端末が許される反逆なんて、その程度だ」


 その時、塔の上層から白い光が漏れた。


 グースの顔が強張る。


「まずいね」


「何が」


「女神様が、ここを見た」


 塔全体が震えた。


 視界に警告が走る。


管理層接続を検知。

観測塔上層へのアクセスが制限されます。


 フロッグが、階段を見上げていた。


 その顔には、はっきりと恐怖があった。


「上へ行くなら」


 彼は言った。


「私の話を先にしておいた方がいい」


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