↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

46/71

第46話 勇者レインとミア

 第143周回。


 公開題名、聖癒の勇者レイン伝。


 教会の地下で読んだ写本では、それは美しい物語だった。


 勇者レイン。


 少女ミア。


 魔王ノア。


 愛と救済と自己犠牲。


 女神に祝福された勇者譚。


 だが、水盤に映った原記録は、紙の上の美談とは違っていた。


 レインは、善良だった。


 それがまず、つらかった。


 悪人なら楽だった。


 傲慢で、身勝手で、ミアを道具として見ていたなら、今の俺は切り捨てられた。


 でも、違った。


 レインは本気で人を救っていた。


 傷ついた村人を癒やし、倒れた兵士を背負い、泣く子供に笑いかけた。


 そして、そのたびにミアを見た。


 彼女が笑うと、レインはまた立ち上がれた。


 彼女が心配すると、レインは無理をした。


 彼女が「あなたは必要な人です」と言うと、レインは勇者でいられた。


対象:レイン

中心重力:【救済依存】

安定因子:【ミア】


注記:

同行者の信頼により勇者職維持率が上昇。


 安定因子。


 嫌な言葉だった。


 ミオは黙って見ている。


 水盤の中で、ミアはレインに寄り添っていた。


 今のミオより少し大人びて見える。


 たぶん、長い旅をした後なのだろう。


 彼女はレインの手を握り、静かに言う。


「私がいます」


 優しい声だった。


 嘘ではない。


 役割だけでもない。


 でも、その言葉は、レインをさらに勇者に縛った。


 次の場面。


 夜の野営。


 レインは眠っていない。


 ミアも起きている。


「休んでください」


「大丈夫だ」


「大丈夫じゃありません」


「俺が休んだら、誰が」


 言いかけて、レインは黙る。


 ミアは悲しそうに笑った。


「私が、あなたにそう思わせているんですか」


 レインは否定する。


「違う」


 その声は、今の俺と同じだった。


 ミオが小さく震えた。


 俺も、何も言えなかった。


 原記録は、さらに奥を映す。


 魔王ノアとの戦い。


 白い光。


 黒い炎。


 崩れる城。


 写本では、レインはミアの祈りを受け、魔王を討ったことになっていた。


 だが、原記録では違う。


 レインは迷っていた。


 ノアの言葉を聞いてしまっていた。


 勇者も魔王も、分類でしかない。


 その真実に触れかけていた。


 その時、ミアが叫ぶ。


「レイン!」


 助けを求める声ではない。


 止める声でもない。


 ただ、彼を失いたくない声。


 レインは振り向いた。


 その瞬間、彼の迷いは消えた。


 ミアを守る。


 それだけが残った。


分岐点:

魔王ノアの言葉を聞く

ミアを守る


選択:

ミアを守る


結果:

勇者職維持

魔王討伐ログ生成


 俺は息を呑む。


 レインはミアを愛していた。


 だから、真実より彼女を選んだ。


 それは美しい。


 同時に、檻だった。


 ミオが水盤を見る。


「ミアは、嬉しかったんでしょうか」


「分からない」


「記録には」


 表示が出る。


対象:ミア

感情ログ:

安堵

愛情

罪悪感

自己否定


死亡時未送信発話:

私がいなければ、あなたは自由でしたか。


 ミオが口元を押さえた。


 俺の視界が揺れる。


 死亡時未送信発話。


 口にできなかった言葉。


 物語には残らなかった言葉。


 写本では、ミアは勇者を信じて微笑んだ聖女のように書かれていた。


 原記録では、彼女は最後に自分を疑っていた。


「改変箇所」


 俺は呟く。


 水盤に表示が重なる。


公開写本への改変:

関係性依存を純愛へ変換

死亡時自己疑念を信仰へ変換

記憶初期化処理を女神の祝福として記述


 純愛。


 信仰。


 祝福。


 綺麗な言葉が、痛みを覆っていた。


 ミオは涙をこぼしていなかった。


 でも、顔色は白かった。


「私は」


 彼女は言った。


「ずっと、こうだったんですか」


「ミオ」


「レインさんを支えて、勇者でいさせて、最後に自分を疑って」


 俺は何も言えない。


 言えば、また彼女の痛みを自分の言葉で包んでしまう気がした。


 水盤の最後に、もう一つ表示が出る。


第143周回終了処理。

対象:レイン

処理:記憶初期化

実行者:【エルシア】


対象:ミア

処理:配置記録へ統合


 エルシア。


 女神の名が、黒塗りなしで出た。


 その瞬間、塔の壁がわずかに震えた。


 どこか遠くで、白い鐘が鳴りかけた。


 だが、まだ届かない。


 水盤は次の記録を準備している。


 ミオが俺を見る。


「次を見ます」


「休んでも」


「休んだら、怖くて戻れなくなります」


 そう言われると、止められなかった。


 次の記録には、ミオの姿がなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。