第45話 十七回目の救出
最初の記録で、俺はミオを抱えて逃げた。
森の中。
雨。
泥。
追っ手の怒号。
ミオは足を怪我していた。
俺は何も聞かず、彼女を抱き上げた。
速かった。
正しかった。
たぶん、その場では最善だった。
記録の中のミオは、俺の服を握って震えている。
助かった。
そう思っているのが分かった。
だが、同時に。
対象意思確認:未実施
救済者満足度:高
対象安心度:高
対象自己決定感:低
表示が出る。
救済者満足度。
俺は目を逸らしたくなった。
次の記録では、俺は追っ手を全員倒していた。
剣を持っている。
今の俺よりずっと強い。
ミオは木の陰で座り込んでいる。
俺は彼女に笑いかける。
「もう大丈夫だ」
その言葉を、過去の俺が言う。
今の俺は、吐き気がした。
大丈夫かどうかを決めるのは、俺ではない。
でも、その周回の俺は信じていた。
救った。
守った。
必要とされた。
視界にログが重なる。
救出後同行率:100%
救済者自己肯定回復:大
対象依存形成:進行
ミオは黙って見ていた。
隣にいる。
でも、遠い。
次の記録。
さらに次。
さらに次。
ミオは何度も逃げる。
俺は何度も助ける。
場所は違う。
追っ手も違う。
奴隷商。
教会兵。
魔物。
盗賊。
偶然の事故。
だが、構図は似ている。
危機にあるミオ。
現れる俺。
救う。
同行する。
俺が意味を得る。
ミオが俺を信じる。
美談だ。
何度も見れば見るほど、美談の形をした檻に見えた。
ある記録で、ミオは俺に言っていた。
「私、自分で歩けます」
過去の俺は笑った。
「無理するな」
優しい声だった。
優しいだけに、つらかった。
そのまま俺は彼女を背負う。
ミオは黙る。
安心している。
同時に、何かを諦めている。
対象発話:
自力歩行希望
救済者応答:
保護優先
結果:
対象希望、未反映。
俺は拳を握った。
「やめろ」
自分に言ったのか、記録に言ったのか分からない。
記録は止まらない。
十七回目。
今の周回に近い記録が映る。
森。
逃げるミオ。
砂を投げる手。
追っ手が怯む。
そして、俺が現れる。
今の俺が知っている場面。
ただし、記録は別の角度を映す。
ミオの視点。
彼女は俺を見た瞬間、安心した。
同時に、怖がった。
なぜ名前を知っているのか。
なぜこの人を待っていた気がするのか。
なぜ助けてほしいと思ってしまうのか。
その感情が、細かいログとして浮かぶ。
対象感情ログ:
安堵
恐怖
既視感
救済者への接近衝動
自己嫌悪
ミオが小さく息を吐いた。
「私、怖かったんですね」
「うん」
「嬉しかったのに」
「うん」
「怖かった」
その二つは、矛盾しない。
助けられて嬉しい。
でも、助けを待つように作られているかもしれない自分が怖い。
俺は何か言いたかった。
言ってはいけない気もした。
ミオは水盤から目を逸らさない。
強い。
いや、強いと言うのも違うかもしれない。
逃げないと決めている。
それだけだ。
記録の最後に、集計が表示された。
救出記録照合:
回数:17
対象意思確認:不完全
救済者満足度:高
対象安心度:高
対象自己決定感:低
結論:
救済は成立。
自己選択は未成熟。
救済は成立。
自己選択は未成熟。
それは、俺の優しさへの判決のようだった。
ミオが俺を見る。
「助けてくれたことは、嬉しかったです」
「うん」
「でも」
彼女は言葉を探す。
「助けられ方を、選びたかった」
胸の奥に、深く刺さった。
その痛みから目を逸らしてはいけない。
俺は頷いた。
「ごめん」
「謝って終わらせないでください」
「うん」
謝罪は必要だ。
でも、謝罪で相手の痛みを閉じるのは違う。
水盤が再び揺れる。
次の記録が開く。
表題が浮かんだ。
原記録名:第143周回
公開題名:【聖癒の勇者レイン伝】
改変箇所:関係性依存、死亡時感情、記憶初期化
聖癒の勇者レイン伝。
リーベル教会の地下で見た、あの写本。
物語になる前の俺たちが、そこにいた。




