第四十一話 答えられない問い
私は、あなたの檻なんですか。
ミオの問いは、黒鐘の下に残った。
音はない。
白鐘のように人を急かす響きもない。
だから、逃げ場がなかった。
「違う」
そう言いたかった。
言えばよかった。
言えたはずだ。
だが、俺の口は動かなかった。
違うと即答すれば、ミオは少し安心するかもしれない。
俺も少し安心できるかもしれない。
でも、それはまた、俺が彼女の不安を処理するための言葉になる。
彼女が本当に知りたいのは、慰めではない。
たぶん、真実でもない。
俺が分からないものを、分からないと言えるかどうかだ。
「分からない」
ようやく出た声は、情けないほど小さかった。
ミオは瞬きをした。
「分からない、んですね」
「分からない」
もう一度言う。
言うたびに、胸の奥が削れる。
「君が俺の檻なのか、違うのか。配置されたものなのか、そうじゃないのか。君の気持ちがどこまで君のものなのか。俺の気持ちがどこまで俺のものなのか」
言葉が震える。
「分からない」
ミオは俯いた。
泣いてはいない。
泣いていないことが、かえってつらかった。
「分からないなら」
彼女は言った。
「分からないと言ってください」
「うん」
「安心させるために、違うって言わないでください」
「うん」
「私を守るために、隠さないでください」
喉が詰まる。
俺は頷くしかなかった。
ノアは少し離れた場所で見ていた。
責めるでもなく、慰めるでもなく。
黒い外套の男は、ただ言った。
「答えが欲しいなら、観測塔へ行け」
「観測塔」
フロッグの顔が、ほんの少しだけ強張った。
珍しい反応だった。
カイトも気づいたらしい。
「何だ。怖いのか」
「怖いですよ」
フロッグはあっさり認めた。
「あそこは、見たいものより、見たあとで戻れないものが多い」
「どういう場所なんですか」
俺が聞くと、ノアが答えた。
「物語化される前の記録がある」
「原記録?」
「そうだ。教会の写本も、勇者庁の記録も、都合よく整えられた後のものだ。観測塔には、その前の生の記録が残っている」
生の記録。
そこには、俺が見たくないものもあるのだろう。
ミオが見たくないものも。
「そこへ行けば、分かるんですか」
ミオが聞いた。
ノアはすぐには答えなかった。
「分かるものは増える」
「答えではなく?」
「答えを欲しがる人間ほど、記録に潰される」
嫌な言い方だった。
でも、たぶん正しい。
俺はミオを見る。
何か言いかけて、やめた。
一緒に行こう。
俺が守る。
君のために。
どれも今は違う。
ミオは俺の沈黙を見て、少しだけ息を吐いた。
「私は行きます」
「ミオ」
「自分の記録を、自分で読みます」
自分で。
その言葉が、はっきりしていた。
俺は頷く。
「俺も行く」
ミオがこちらを見る。
「私のためですか」
すぐ答えそうになって、止まる。
危なかった。
そうだと言えば、綺麗だった。
でも、綺麗な言葉ほど危ない。
「俺のためだ」
俺は言った。
「俺が、俺の記録を見るために行く」
ミオは少しだけ目を伏せた。
それが安心なのか、失望なのか、分からなかった。
ただ、嘘ではなかった。
視界にログが開く。
観測塔座標:一部開示
閲覧対象候補:
【レン】
【ミオ】
【旧勇者N】
注意:
他者記録への無断侵入は制限されています。
他者記録への無断侵入。
その一文を見て、少しだけ息ができた。
俺が見たいからといって、ミオの記録を開けるわけではない。
それは不便だ。
でも、今の俺には必要な不便だった。
ノアは黒鐘を見上げる。
「夜が明けたら出る。白鐘網が再接続する前にな」
「あなたも来るんですか」
「観測塔は俺の目的地でもある」
白鐘網を壊すため。
ノアはそう言っていた。
同じ場所へ向かう。
でも、目的は違う。
それもまた、危うい同行だった。
ミオは俺から少し離れた場所に立っていた。
手を伸ばせば届く距離。
でも、今は伸ばさない。
その距離を守ることから、たぶん始めるしかなかった。




