↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

34/71

第三十四話 魔王領からの返答

 白鐘杭のNが、黒く滲んでいる。


 最初は気のせいだと思った。


 王都の光の加減。


 封緘記録庫の影。


 そういうもので済ませたかった。


 だが、違った。


 布の上に置いた白鐘杭は、確かに変化していた。


 白い金属だったはずの基部が、墨を吸った紙のように黒ずんでいく。


 ユリウスが息を呑む。


「何ですか、それは」


「北東街道で回収した白鐘杭です」


「提出していただく必要があります」


「今ですか」


「今だからです」


 彼の声は真剣だった。


 役人としてではなく、危険物を見た人間の声。


 セラがいないのは幸運だった。


 いや、幸運という言い方も怪しい。


 このタイミングでセラがいないことまで、誰かが配置しているのかもしれない。


 フロッグが杭へ顔を近づける。


「これは白鐘の変色ではありませんね」


「分かるんですか」


「白鐘は鳴る。これは吸っています」


「吸う?」


「音を」


 その瞬間、部屋の中が妙に静かになった。


 さっきまで聞こえていたはずの廊下の足音。


 遠くの鐘の余韻。


 紙が擦れる音。


 それらが、杭の周りだけ薄くなっている。


 カイトが顔をしかめた。


「気持ち悪いな。怒鳴ったら声まで吸われそうだ」


「試します?」


「しねえよ」


 ミオが杭の基部を見た。


「文字が増えています」


「読めるか」


「教会文字ではありません。でも、似ています」


 ミオはゆっくり読む。


「白い街では、声は届かない」


 誰も動かなかった。


 白い街。


 王都。


 勇者庁。


 白鐘の下。


 俺の視界に、細いノイズが走る。


外部照合要求に応答あり。

発信源:魔王領

媒体:白鐘杭変質体


通信形式:黒鐘反響


「黒鐘」


 その言葉を呟くと、ユリウスがこちらを見た。


「今、何と」


「ログに出ました」


「黒鐘は、魔王領の禁制具です」


「禁制具」


「観測音を遮断するものとされています」


 ユリウスは、そこまで言って口を閉じた。


 言いすぎた、と顔に出ている。


 この人、意外と分かりやすい。


 杭の表面に、さらに文字が浮かぶ。


 黒い線が走り、白い金属の上に短い文章を作る。


 ミオが読むより先に、視界のログが翻訳した。


外部通信を受信。

発信者候補:【リュカ】


本文:

白い街から出ろ。

ノア様は、お前を勇者とは呼ばない。


 リュカ。


 北東街道で別れた魔族の少年。


 生きている。


 その事実に、少しだけ息が楽になった。


 だが、すぐに次の文が浮かぶ。


通信転送。

発信者候補:【ノア】


本文:

お前が自分の名前をまだ覚えているなら、灰門へ来い。

勇者庁の鐘の下では話せない。


 ノア。


 魔王。


 旧勇者N。


 前回討伐対象。


 そして、こちらを見返した誰か。


 俺は杭から目を離せなかった。


「灰門とは」


 ミオが聞く。


 ユリウスは迷った。


 迷ってから、答えた。


「王都外縁にある古い通用門です。現在は閉鎖されています」


「閉鎖されてる場所へ来いと」


「正式には、行くべきではありません」


「正式じゃなければ」


「私は、答えにくい立場です」


 カイトが笑った。


「じゃあ黙ってろ。黙ってるのも手続きだろ」


 ユリウスは眉間を押さえた。


「そういう乱暴な理屈は、嫌いではありませんが」


「嫌いじゃないんだ」


「今の発言は記録しません」


 つまり、黙認。


 フロッグが杭を見た。


「行きますか」


「行くしかないでしょう」


「救済衝動では?」


「たぶん違います」


「では何です?」


 俺は少し考えた。


 ノアに会う。


 魔王領へ行く。


 勇者庁の鐘の下から出る。


 それは危険だ。


 罠かもしれない。


 でも、勇者候補登録か魔王候補監視かという二択の外に、初めて別の道が見えた。


「確認です」


 俺は言った。


「俺が何の周りを回っているのか、外側から見たやつに聞きに行く」


 フロッグは満足そうに頷いた。


「観測者に会いに行くのではなく、観測を降りた者に会いに行く。良いですね」


「良いんですかね」


「少なくとも、退屈ではありません」


 ミオは杭を見つめていた。


「私も行きます」


「危険だ」


「知っています」


「魔王領だぞ」


「教会も安全ではありませんでした」


 言葉に詰まった。


 その通りだった。


 安全そうな場所が安全とは限らない。


 危険そうな場所だけが危険とも限らない。


 ミオは続ける。


「それに、ノアという人は、私の記録にも関係しています」


 聖癒の勇者レイン伝。


 ミア。


 魔王ノア。


 全部がまだ繋がっていない。


 でも、同じ紙の上にある。


 俺は頷いた。


「行こう」


 その瞬間、白鐘杭の黒い部分が広がった。


 まるで、返事を聞いたかのように。


灰門座標を受信。

白鐘網外縁、接続可能。


注意:

移動後、勇者庁による保護分類が困難になります。


「保護分類が困難」


 俺は小さく笑った。


「最高の褒め言葉だな」


 カイトが立ち上がる。


「で、どうやって出る。正面から行くと白い連中が喜ぶぞ」


 その時、記録庫の奥で小さな鈴が鳴った。


 いや、鳴らなかった。


 鳴らない鈴の気配だけがした。


「やあ」


 棚の影から、商人が顔を出した。


 鳥めいた亜人。


 グース。


 彼はいつものように、悪びれず笑っていた。


「灰門行きの道、買う?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。