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第三十三話 追放記録第一号

 分類外転生者記録庫は、思ったより整っていた。


 埃まみれの禁書庫を想像していたが、実際には違う。


 棚は磨かれている。


 記録札は読みやすい。


 革表紙は丁寧に並べられている。


 人間を分類する場所ほど、見た目は清潔になるらしい。


「勇者候補はこちら」


 ユリウスが指差す。


 棚には、勇者、聖女、賢者、聖騎士、竜殺し、と分類が並んでいた。


 その隣に、少しだけ奥まった棚がある。


 追放者。


 復讐者。


 反逆者。


 魔王。


「同じ部屋なんですね」


 俺が言うと、ユリウスは答えに困ったようだった。


「管理上は、転生者記録ですので」


「便利ですね、管理」


 カイトは追放者の棚の前で止まった。


 顔が笑っていない。


 手だけが、ゆっくり動く。


「俺の名前、あるか」


 ユリウスは一冊の薄い記録簿を抜いた。


 表紙には、カイトの名があった。


 その下に、小さな文字。


 追放記録第一号。


「第一号」


 カイトが呟く。


「ふざけた名前だな」


「閲覧しますか」


 ユリウスが聞いた。


 カイトはすぐには答えなかった。


 地下の留置室で言っていた。


 燃やしたいのか、読みたいのか、自分でも分からない。


 今、その分からなさの前に立っている。


「読め」


 カイトは言った。


「自分で読まないんですか」


「今読んだら、破る」


 正直だった。


 ユリウスは表紙を開いた。


 最初の数行を読み上げる。


「転生者カイト。初期スキル【逆境反転】。推奨ルート、低評価開始型成長譚。第一段階イベント、仲間からの不当追放」


 カイトの息が止まった。


 俺も、思わず手を握る。


 不当追放。


 事件ではない。


 イベント。


 そこには、仲間の名前が書かれていた。


 剣士ダリオ。


 魔術師エマ。


 斥候ロウ。


 そして、その横に小さく役割が記されている。


 侮辱担当。


 比較対象。


 再評価要員。


 謝罪復帰候補。


「やめろ」


 カイトの声が低くなった。


 ユリウスは読み止める。


 カイトは記録簿を睨んだ。


「あいつらは、嫌なやつだった」


「はい」


「でも、最初からそういう役だったってのか」


 誰も答えない。


 答えられる人間がいない。


 俺は記録簿を見る。


 そこに書かれているのは、カイトの怒りを燃やすための配置だった。


 追放される。


 見返す。


 強くなる。


 後悔される。


 気持ちいい物語だ。


 だが、その気持ちよさのために、他人が役割にされる。


 そしてカイト自身も、怒る主人公として固定される。


「燃やすか」


 俺が聞くと、カイトは俺を睨んだ。


「止めるんじゃないのか」


「止めます」


「じゃあ聞くな」


「聞かないと、あなたが選んだことにならない」


 カイトは口を開きかけ、閉じた。


 しばらくして、記録簿から目を逸らす。


「燃やさない」


「いいんですか」


「よくねえよ」


 彼は吐き捨てる。


「でも、燃やしたら気持ちいいだろ」


「でしょうね」


「それが嫌だ」


 小さな変化だった。


 でも、変化だった。


 カイトは怒っている。


 傷ついている。


 たぶん今すぐ誰かを殴りたい。


 それでも、気持ちいい方向へまっすぐ走らなかった。


 視界にログが開いた。


対象:カイト

中心重力:【証明依存】

反応予測:記録破壊、怒りによる再燃


結果:

記録破壊、未選択。


「勝手に見るな」


「すみません」


「謝るくらいなら見るな」


「無理です」


「最悪だな」


「お互い様では」


 カイトは鼻で笑った。


 笑いはすぐ消えたが、それでも部屋の空気は少しだけ動いた。


 ミオは別の棚を見ていた。


「レンさん」


 声が硬い。


 俺は振り向く。


 ミオが指差している棚には、魔王と書かれていた。


 その隣に、さらに小さな札がある。


 分類変更済。


 ユリウスの顔が強張る。


「そこは封緘記録です」


「勇者から魔王へ」


 ミオが読んだ。


「分類変更……旧勇者N」


 俺の中で、鐘が鳴った気がした。


 白鐘ではない。


 もっと低い、沈むような音。


 視界にログが開く。


物語分類棚:

【勇者】

【聖女】

【追放者】

【魔王】


注記:

分類は変更可能です。


「分類は変更可能」


 つまり、勇者は勇者として生まれるわけではない。


 追放者は追放者として生まれるわけではない。


 魔王も。


 その時、白鐘杭がまた黒ずんだ。


 Nの刻印が、古いインクのように滲む。


 封緘記録庫の白い照明の下で、その黒だけが妙に生きていた。


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