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第二十八話 誰の手柄でもない救済

 翌朝、王都へ向かう馬車は一台だけだった。


 ユリウスが用意したものだ。


 王国勇者庁の紋章が入っている。


 乗るだけで何かに登録されそうな馬車だった。


「徒歩で行きたい」


 俺が言うと、ユリウスは困ったように笑った。


「王都までは距離があります。徒歩ではミオ様のお足にも障ります」


「正論を使うのが上手いですね」


「職務です」


 ミオは馬車の段差を見て、少しだけ顔をしかめた。


 俺が手を差し出す前に、彼女は先に言った。


「支えてください。引っ張らないで」


「了解」


 手を貸す。


 ミオは自分の足で馬車に乗った。


 カイトが後ろからそれを見ていた。


「面倒くさい二人だな」


「褒め言葉として受け取ります」


「褒めてねえよ」


 フロッグは荷台の端にちょこんと座り、朝日を眺めている。


「王都への旅路。いいですね。だいたい厄介なことが起きます」


「言わないでください」


「言わなくても起きます」


 出発して一刻もしないうちに、本当に起きた。


 街道脇の小村で、避難騒ぎが起きていた。


 北東街道の魔族騒ぎが伝わったのだろう。


 村人たちが荷物をまとめ、子供が泣き、老人が道端に座り込んでいる。


 さらに悪いことに、眠り草の煙を吸ったらしい商人が二人、村の納屋で意識を失っていた。


 昨日の商隊とは別口だ。


 たぶん、白鐘杭の事件に合わせて配置された予備の混乱。


 ユリウスが馬車を止める。


「避難誘導が必要ですね」


 彼は俺を見る。


 見た。


 今、自然に俺を見た。


 周囲の村人も、商隊の護衛も、同じようにこちらを見る。


 助けてくれる人。


 指示してくれる人。


 勇者候補。


 視線が集まる。


 これが称号の始まりなのかもしれない。


「レンさん」


 ミオが小声で言った。


「全部、受け取らないでください」


 俺は息を吐く。


 そうだ。


 ここで俺が全部指示すれば、きれいに片付くだろう。


 そして、俺はさらに中心になる。


 なら、中心を分ける。


「ユリウスさん」


「はい」


「村長か、村のまとめ役を呼んでください。王国の書記官として」


 ユリウスが少し驚いた顔をした。


「私が?」


「あなたの方が信用されます」


「承知しました」


 ユリウスはすぐ動いた。


「フロッグさん」


「はい」


「避難路の安全確認を。鐘の音や観測線が薄い方向を見てください」


「散歩ですね」


「危険な散歩です」


「いつものことです」


 フロッグが跳ねるように村の外へ向かう。


「ミオ」


「眠り草の人を見ます」


 俺が言う前に、ミオは薬草袋を開いていた。


「水と布と、火を使っていない清潔な器が必要です」


「分かった。村の人に頼む」


「私が頼みます」


 ミオは近くの女性へ向き直る。


「すみません。水と布を持ってきてください。あと、子供たちは煙のない場所へ」


 その声はまだ少し震えている。


 だが、指示ははっきりしていた。


 女性は一瞬戸惑い、それから頷いて走った。


 カイトは馬車の脇で腕を組んでいる。


「俺は?」


「何ができます?」


「喧嘩」


「避難誘導に向いてない」


「逃げるやつの足止め」


「もっと向いてない」


 カイトが舌打ちする。


「じゃあ何だよ」


「道を塞いでる荷車を動かす。力が要る」


「それ、ただの労働だろ」


「見返せませんね」


 カイトの眉が動く。


「わざと言ったな」


「はい」


「性格悪いぞ」


「最近、自覚が出てきました」


 カイトはしばらく俺を睨み、それから笑った。


「いいよ。見返せない労働、やってやる」


 彼は村の若者二人を呼び、荷車へ向かった。


 俺は残った。


 中心に立たない。


 だが、見ないわけではない。


 構造を見る。


 誰が何をできるか。


 どこに恐怖が溜まっているか。


 どこを通せば人がぶつからないか。


「【構造解析】」


村内避難構造:

北門:混雑

西畑道:通行可、老人移動困難

井戸前:子供滞留

納屋:眠り草残留


推奨:

役割分散による避難誘導。


 役割分散。


 いい言葉だ。


 俺は村人たちへ声をかける。


「北門には行かないでください。西畑道を使います。老人と子供を先に。荷物は半分置いていく」


 言ってから、すぐに付け足す。


「村長の指示としてユリウスさんが確認します。薬の必要な人はミオへ。道を空けるのはカイトと村の若い人たちで」


 俺の名前を前に出さない。


 それでも、完全には消えない。


 視線はまだ来る。


 だが、少しずつ分散していく。


 ミオの周りに、水と布が集まる。


 ユリウスの前に村長が来る。


 カイトが荷車を動かし、悪態をつきながら若者に指示を出す。


 フロッグが戻ってきて、西畑道の先は安全だと告げる。


 避難が動き出した。


 俺一人ではない。


 その時、避難列の後ろで子供が一人、荷車の影へ戻ろうとした。


「待て」


 カイトが先に動いた。


 子供は小さな布人形を抱え、泣きそうな顔をしている。


 崩れかけた荷台の下に、もう一つ荷物が挟まっていた。


 見捨てればいい。


 たぶん、昔のカイトならそう言ったのだろう。


 くだらないものを取りに戻るな、と。


 だが彼は、舌打ちしながら荷台を片手で持ち上げた。


「取れ。早く」


 子供が布袋を引き抜く。


 カイトは荷台を下ろし、子供の背を軽く押した。


「次から命より大事な荷物にしとけ」


「ありがとう」


「礼はいらない。見返す相手がいないと、どうにも調子が狂う」


 言い方は雑だった。


 でも、子供は泣きながら頷いて避難列へ戻った。


 誰か一人の手柄でもない。


 しばらくして、眠っていた商人の一人が咳き込んで目を覚ました。


 ミオが背中を支える。


「ゆっくり息をしてください。煙はもうありません」


「助かった……」


 商人はミオを見る。


「あなたが?」


 ミオは少しだけ言葉に詰まった。


 それから、首を横に振る。


「私だけじゃありません」


 その言い方が、なぜか嬉しかった。


 カイトは汗を拭いながら戻ってきた。


「ただの労働、終わったぞ」


「どうでした」


「達成感が薄い」


「見返してないから」


「でも」


 カイトは避難していく村人を見た。


「誰も俺を裏切ってない」


 小さな声だった。


 たぶん本人も、口にしてから少し驚いていた。


 視界にログが開く。


救済行動を確認。

中心化抑制:成功

役割分散:成功


救済者称号付与率:低下

統率者候補付与率:上昇


「今度はリーダーにする気か」


 思わず呟いた。


 フロッグが楽しそうに頷く。


「世界は諦めが悪いですね」


「俺もそこそこ悪いですよ」


「知っています」


 避難は大きな混乱なく終わった。


 誰か一人の英雄譚にはしづらい形で。


 それでも、ユリウスは記録板に何かを書いている。


 俺は横から覗いた。


「何を書いてます」


「共同救助記録です」


「俺中心ではなく?」


「ええ。レン様のご希望を尊重し、役割分散型の救助として」


「よかった」


「ただし」


 嫌な接続詞だった。


「その場で役割を配分した判断者として、レン様の記録は残ります」


 やっぱり。


 俺は空を見上げる。


 白い雲が流れている。


 檻は形を変える。


 救済者ではなく、統率者。


 勇者ではなく、候補。


 保護ではなく、名誉。


 全部、少しずつ違う名前の同じ重力だ。


 ミオが隣に来た。


「でも、少しズレました」


「そうだな」


「なら、次もズラせます」


 簡単な言葉だった。


 でも、今はそれで十分だった。


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