第二十六話 追放された転生者
王都へ向かうことが決まったあと、バルドが俺だけを呼び止めた。
「見せておきたいものがある」
「嫌な言い方ですね」
「良いものなら、見せたいとは言わん」
その理屈は少し分かる。
バルドはギルドの奥へ進んだ。
受付、酒場、依頼掲示板。
そこからさらに奥。
頑丈な扉の向こうに、地下へ続く階段があった。
「留置室ですか」
「一時拘束用だ。酔って暴れた冒険者、契約違反、魔物素材の横流し。まあ、いろいろだ」
「俺に見せたいのは?」
「転生者だ」
階段の途中で、空気が変わった。
湿った石の匂い。
鉄格子。
小さな灯り。
その一番奥の部屋に、男が座っていた。
年は俺と近いか、少し若い。
黒髪。無精髭。左頬に古い傷。
服は汚れているが、体つきは鍛えられている。
目だけが、妙に鋭かった。
「客か」
男は顔を上げた。
俺を見るなり、口の端を歪める。
「勇者候補か。まだ目が死んでないな」
「初対面の挨拶としては最悪ですね」
「まともな挨拶が欲しいなら、上の受付で買え」
バルドが鉄格子の前で止まる。
「カイト。こいつがレンだ」
「知ってる。噂は下まで落ちてくる」
「俺は知らないんですが」
男、カイトは肩をすくめた。
「転生者。スキルは【逆境反転】。元Dランク冒険者。今は留置室の常連」
「自分で言うんですね」
「他人に言われるより腹が立たない」
バルドが低く言う。
「こいつは王都から流れてきた。勇者庁にも教会にも記録がある」
「問題児ってことですか」
「失敗例だ」
カイトが笑った。
乾いた笑いだった。
「いいね、バルドさん。言い方が正直で」
俺は鉄格子越しにカイトを見る。
失敗例。
その言葉に、嫌な響きがあった。
「何を失敗したんですか」
「人生」
「広いですね」
「なら詳しく言う。仲間に裏切られて、追放されて、見返して、ざまあして、強くなって、また仲間を作って、また裏切られた」
軽い口調だった。
だが、目は笑っていない。
「それを何回?」
「覚えてない」
カイトは自分の手を見る。
「最初は気持ちよかった。俺を馬鹿にした連中が後悔する。捨てたやつらが戻ってくる。俺が正しかったって世界が証明してくれる」
証明。
その言葉が、妙に重かった。
「でもな、そのうち分かる。追放されるために仲間が配置される。見返すために馬鹿にされる。俺が強くなるために、誰かが俺を裏切る役になる」
カイトは笑う。
「最高だろ。世界が俺のために嫌なやつを用意してくれる」
最高には聞こえなかった。
むしろ、地獄に近い。
「それで、壊したんですか」
「壊される前に壊すようになった」
「仲間を?」
「関係を」
短い答えだった。
視界にログが開く。
対象:カイト
推定ルート:【追放ざまぁ】
中心重力:【証明依存】
周回劣化:中
注意:
対象は裏切り予期による関係破壊傾向を示します。
「勝手に見るな」
カイトが言った。
心臓が跳ねる。
「見えるのか」
「見えない。でも、見られたことは分かる。転生者はだいたい、覗いたあとで黙るからな」
俺は何も言えなかった。
カイトは鉄格子に背を預ける。
「お前、救う側だろ」
「そう見えますか」
「見える。まだ、助けた相手に嫌われる覚悟が足りない顔をしてる」
痛いところを突く。
初対面なのに。
「なら気をつけろ」
カイトは言った。
「世界は、お前に救わせるためなら平気で人を壊す」
その言葉は、予想以上に重かった。
ミオ。
リュカ。
商隊。
保護院の少年。
助けた相手の顔が、順番に浮かぶ。
俺が救うために、彼らが危険に置かれたのだとしたら。
救うことそのものが、危機の餌になる。
「じゃあ、どうすればいい」
俺が聞くと、カイトは少しだけ目を細めた。
「知らない」
「そこで突き放します?」
「知ってたら、俺はここにいない」
それもそうだ。
バルドが腕を組む。
「明朝、王都へ向かう。カイト、お前も行け」
「は?」
カイトが露骨に嫌な顔をした。
「何でだよ」
「勇者庁がお前を再照会したがっている。ちょうどいい」
「俺を餌にする気か」
「お前は留置室にいるより外の方がまだ役に立つ」
「雑!」
俺は思わずカイトを見る。
「来るんですか」
「行かねえよ」
即答。
バルドが鍵を指で回す。
「留置三日延長か、王都同行か選べ」
「汚い」
「現実的と言え」
カイトはしばらく黙った。
それから、舌打ちする。
「……王都の勇者庁には、俺の最初の追放記録がある」
初めて、彼の声から軽さが消えた。
「最初?」
「俺が誰に捨てられて、何を証明しようとしたのか。たぶん、あそこに残ってる」
カイトは鉄格子の向こうで拳を握った。
「燃やしたいのか、読みたいのか、自分でも分からない。でも、ここで腐ってるよりはましだ」
「分かったよ。行く。どうせ王都にも俺を嫌うやつはいる」
「それを楽しみにするな」
「楽しみにしないと歩けない時もある」
その言葉だけ、妙に本音だった。
俺はカイトを見る。
追放され、見返し、また追放される。
そういう快感に縛られた転生者。
勇者ルートだけが檻ではない。
救済も、復讐も、証明も、たぶん檻になる。
カイトが俺を見返した。
「勘違いするなよ、勇者候補」
「その呼び方やめてください」
「じゃあ救済者」
「もっと嫌です」
「面倒くさいやつだな」
「お互い様では」
カイトは初めて少しだけ笑った。
その笑いはすぐ消えた。
「名前で呼べばいいのか」
「レンです」
「じゃあレン。お前が本当に勇者になりたくないなら、一つだけ覚えとけ」
「何を」
「称号は、貰った瞬間じゃなく、周りが信じた瞬間に効く」
背中が冷えた。
その言葉は、たぶん正しい。
俺が拒否しても。
世界が認めなくても。
周囲が俺を勇者だと呼び始めた時点で、軌道は作られる。
カイトは鉄格子の向こうで、笑っていない目をしていた。
「報酬だと思って受け取るな。あれは首輪だ」
地下の空気が、少しだけ冷たくなった。




