第二十五話 勇者庁の招待状
リーベルに戻った時には、昼を過ぎていた。
町の門前には、人が集まっていた。
商隊の生存者が先に運ばれたせいだろう。
誰かが俺たちを指差す。
「あの人だ」
「商隊を助けた転生者」
「魔族を倒したって」
「倒してない」
俺は反射で言った。
誰にも聞こえていない。
噂は、事実より足が速い。
そして、だいたい足が速いものは止まらない。
ミオはフードを深くかぶっていた。
足取りは朝より重い。
それでも、彼女は自分で歩いている。
「少し休むか」
「ギルドに着いたら休みます」
「今でもいい」
「今座ると、立つのが嫌になります」
妙に現実的な返答だった。
「分かった。ギルドまで」
俺は歩幅を落とす。
隣でフロッグが言った。
「君も、少しは支え方が上手くなりましたね」
「褒めてます?」
「観察結果です」
「賢者って便利ですね」
「ええ。便利に見える時ほど、だいたい面倒です」
ギルドに入ると、空気が一瞬止まった。
冒険者たちの視線。
受付のリナ。
奥の扉の前に立つバルド。
そして、見知らぬ男。
銀灰色の髪を後ろで束ね、深い青の外套を着ている。胸元には王国紋章と白い鐘を組み合わせた徽章。
教会だけではない。
王国側の人間だ。
男は俺を見ると、柔らかく微笑んだ。
「お初にお目にかかります。レン様」
様。
嫌な予感しかしない敬称だった。
「王国勇者庁、第二記録課書記官、ユリウス・レーヴェと申します」
勇者庁。
いよいよ名前からして逃げ場がない。
バルドが苦い顔をしている。
「早すぎるだろ」
「北東街道は王都への要路です。魔族斥候、商隊救出、未登録転生者の活躍。どれも勇者庁の所管に関わります」
ユリウスの声は穏やかだった。
セラとは違う。
セラの丁寧さは冷たかった。
ユリウスの丁寧さは温かい。
だから、別の意味で怖い。
「まずは、心より感謝を」
ユリウスは深く頭を下げた。
「あなたの判断により、商隊六名が救われ、北東街道の封鎖は最小限に留まりました。王国を代表し、御礼申し上げます」
ギルド内がざわめく。
王国を代表し。
御礼。
美しい言葉だ。
きれいな檻ほど、入り口に花が飾ってある。
「俺一人じゃありません」
俺はミオとフロッグを見る。
「ミオが眠り草を見抜いた。フロッグさんが杭を抜いた。商人たちも自分で歩けた。魔族の少年も殺してない」
「もちろんです」
ユリウスは頷く。
「同行者の貢献も記録いたします。ですが、中心判断を行ったのはレン様です」
「中心にしないでください」
「謙虚でいらっしゃる」
「ほら」
思わず声が出た。
ユリウスは不思議そうに首を傾ける。
「ほら、って何ですか」
「否定が謙虚に変換される音がした」
リナが受付の奥で小さく口を押さえた。
笑いかけたのか、怖がったのかは分からない。
ユリウスは少し考え、それから真面目に言った。
「ご不快でしたら、表現を改めます」
その素直さも、また厄介だった。
悪意がない。
だから断ると、こちらが悪く見える。
「本題に入ります」
ユリウスは鞄から封書を出した。
厚い紙。
王国紋章。
女神教会の白鐘印。
二つの印が並んでいる。
「レン様には、王都にて勇者候補登録を受けていただきたい」
「断ります」
「即答ですね」
「慣れてきました」
「ですが、登録は義務ではありません。王国としては、あなたを保護し、正当な報奨を与え、今後の魔族事案に備えるための提案です」
保護。
報奨。
備え。
全部、断りにくい。
バルドが腕を組む。
「断った場合、町への扱いは」
ユリウスは困ったように眉を下げた。
「脅しにはしたくありません。ただ、北東街道の警備予算、リーベル支部への補助、商隊保険の認可は、勇者庁の判断と無関係ではありません」
「十分脅しです」
「制度です」
本人は本気でそう思っている。
その顔だった。
リナが書類を見つめ、唇を震わせた。
「予定より早い王都接続です」
部屋が静かになる。
リナは自分の口を押さえた。
「違います。今の、私の言葉じゃ」
ユリウスがリナを見た。
「ギルド端末接続者ですか」
さらりと言った。
「珍しくはありません。地方支部では、受付担当者が端末用語を拾うことがあります」
「珍しくないんですか」
リナの声はかすれていた。
「ええ。職務上の適性です」
適性。
また便利な言葉だ。
リナは青ざめている。
自分の恐怖が、制度上の適性として処理された顔だった。
俺の視界にログが開く。
社会的軌道圧:上昇
発生源:称賛、期待、公式推薦
推定接続先:
勇者候補登録
救済者称号申請
王都招致
社会的軌道圧。
なるほど。
白鐘が鳴らなくても、人は縛られる。
拍手。
感謝。
待遇。
町の不利益。
断れば誰かが困る。
助ければ、もっと期待される。
これも重力だ。
「行くんですか」
ミオが小さく聞いた。
責める声ではない。
確認する声。
俺は封書を見る。
王都。
勇者庁。
女神教会。
旧勇者の記録。
ノア。
行きたくない理由はいくらでもある。
行くべき理由も、同じくらいある。
「条件があります」
俺は言った。
ユリウスが姿勢を正す。
「伺います」
「祝福鑑定は受けない。勇者候補登録もしない。王都へは、北東街道事件の説明と、白鐘杭の出所確認のために行く」
「登録前提ではなく、事情聴取としての同行、という形ですね」
「そうです」
「難しいですが、不可能ではありません」
ユリウスは考え込む。
本当に調整しようとしている。
この男は敵なのか。
制度そのものが敵なのか。
たぶん、後者だ。
「もう一つ」
「はい」
「ミオを保護対象として扱わない」
ユリウスの視線がミオへ向く。
ミオはフードの下で顔を上げた。
「私は、同行者です」
声は小さい。
でも、はっきりしていた。
ユリウスはしばらく彼女を見て、それから頷いた。
「記録上は、レン様の同行証言者として扱います」
「記録上だけじゃなくて」
ミオが言った。
「私は、私として行きます」
ユリウスは少しだけ驚いた顔をした。
そして、丁寧に頭を下げる。
「承知しました。ミオ様」
様。
ミオは少し変な顔をした。
たぶん、保護対象よりはましだ。
でも、これもまた別のラベルになる。
バルドが大きく息を吐いた。
「王都行きか。面倒なことになったな」
「ならない選択肢ありました?」
「たぶん、なかった」
それを聞いて、少しだけ笑った。
笑っている場合ではない。
でも、笑わないとやっていられない。
ユリウスが封書を机に置く。
「出発は明朝でいかがでしょう」
「早いですね」
「勇者候補の噂は、本人より速く王都へ着きます。噂が先に形を作る前に、本人の言葉を届けた方がよろしいかと」
そこだけは、たぶん正しい。
俺は封書を見た。
白い印と王国紋章。
保護と名誉。
二つの檻が、同じ紙の上で並んでいる。
「分かった」
俺は言った。
「王都へ行く。ただし、勇者になるためじゃない」
ログが静かに揺れる。
勇者候補登録ルート、接続保留。
王都招致ルート、接続。
注記:
保留は拒否ではありません。
「分かってるよ」
俺は小さく言った。
保留は拒否ではない。
なら、拒否に近づける方法を探すしかない。




