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第二十三話 一勝目

 白い魔導兵は、音もなく近づいてきた。


 人の形をしている。


 だが、人ではない。


 関節は骨組みのように細く、顔には目も口もない。ただ胸の中央に、小さな白い鐘が埋め込まれている。


 数は三体。


 剣を持っているわけではない。


 だが、その胸の鐘が鳴るたび、リュカの肩の白鐘杭が震えた。


 カァン。


「っ、あああ!」


 リュカが頭を押さえる。


 敵意反応が増幅される。


 恐怖も、怒りも、全部まとめて魔力へ変換されている。


 白い魔導兵は、リュカを回収しに来たのではない。


 リュカを暴れさせるために来た。


 そして俺に倒させるために。


「趣味が悪い」


「同感です」


 フロッグが白鐘杭に杖を差し込んだまま言った。


「ですが、怒っている暇はありません。杭を外すには、あと十秒ほど欲しい」


「十秒」


 短いようで長い。


 こういう時の十秒は、だいたい人生の密度を間違えている。


 ミオがリュカの近くに膝をつく。


「鎮め草、もう少し使います」


「近づきすぎるな」


「近づかないと届きません」


 正論だった。


 俺は言い返さず、白い魔導兵へ視線を向ける。


「【万能鑑定】」


対象:白鐘魔導兵

状態:稼働中

危険度:中


用途:

白鐘杭対象の敵意反応増幅

周辺目撃者への脅威演出


「脅威演出」


 思わず笑いそうになった。


 俺たちは本当に、舞台の上にいるらしい。


 なら、舞台装置から壊す。


「【構造解析】」


 視界が切り替わる。


 森。


 斜面。


 倒木。


 荷車から続いていた麻縄。


 白鐘魔導兵の進行線。


 リュカの白鐘杭から伸びる細い観測線。


 それらが、糸のように重なって見えた。


周辺構造解析:

白鐘魔導兵、音響連動型。

胸部小鐘破損時、一時停止の可能性。


地形候補:

斜面崩落、倒木落下、荷縄拘束。


 倒すだけなら、胸の鐘を壊せばいい。


 だが、壊した瞬間に何が起きるか分からない。


 爆発。


 通報。


 称号演出。


 何でもありだ。


 俺は白鐘魔導兵そのものではなく、周囲の線を見る。


 三体の進路が、一か所で重なる場所。


 柔らかい斜面の下。


 古い倒木の横。


 そこへ誘導できれば、まとめて止められる。


「ミオ」


「はい」


「リュカの右側、鐘の音が一番弱い方向は分かるか」


 ミオは一瞬だけ目を閉じた。


 白鐘の音。


 保護院で聞かされ続けた音。


 彼女にそれを聞かせるのは嫌だった。


 だが、彼女は目を開けた。


「左の魔導兵です。あれだけ、少し音が濁っています」


「見えるのか」


「聞こえます。嫌なくらい」


 その声は震えていた。


 でも、使っている。


 自分を傷つけた場所で覚えたものを、今は誰かを逃がすために使っている。


「フロッグさん」


「はい」


「左のやつを止められますか」


「止めるだけなら」


「十分です」


 俺は麻縄を手に取り、斜面へ走った。


 白鐘魔導兵の一体がこちらを向く。


 胸の鐘が鳴る。


 カァン。


 頭の奥が揺れる。


 救え。


 倒せ。


 みんなが見ている。


 勇者になれ。


「うるさい」


 沈黙鈴を握る。


 レン。


 俺は勇者じゃない。


 少なくとも、今ここでそれを選んではいない。


 内側で小さな音が鳴った。


 白鐘の音が、一瞬だけ薄くなる。


 その一瞬で十分だった。


 俺は縄を倒木の下へ通し、斜面上の細い根に引っかける。


 白鐘魔導兵が近づく。


 一体目。


 二体目。


 三体目。


 進路が重なる。


「今です」


 フロッグの声。


 左の魔導兵の足元で、小さな土煙が上がった。


 フロッグが杖で地面を突いたのだ。


 魔導兵の歩幅がずれる。


 ミオが鎮め草の布をもう一枚投げた。


 リュカの肩の白鐘杭の光が、さらに鈍る。


 リュカの魔力が暴発せず、腕の中で震えるだけに留まった。


 十秒。


 まだか。


 俺は縄を引いた。


 古い根が切れる。


 倒木がゆっくり傾いた。


 白鐘魔導兵が反応する。


 遅い。


 倒木が斜面を滑り落ち、三体の足元をまとめて払った。


 同時に、柔らかい土が崩れる。


 白い骨組みが斜面下へ沈む。


 胸の鐘が不揃いに鳴った。


 カァン。


 カ、ァン。


 カァ、ン。


 音が乱れる。


白鐘魔導兵、同期不良。

行動停止まで、推定12秒。


「十二秒増えた」


「こちらは終わります」


 フロッグが白鐘杭をこじる。


 金属が嫌な音を立てた。


 リュカが歯を食いしばる。


「我慢しろ」


「命令するな、人族」


「じゃあお願いする。我慢してくれ」


 リュカが一瞬、変な顔をした。


 たぶん、命令以外の言葉を想定していなかったのだろう。


 次の瞬間、白鐘杭が抜けた。


 白い光が糸のようにほどけ、空中で消える。


 森の音が戻ってきた。


 風。


 葉擦れ。


 遠くの鳥の声。


 リュカはその場に崩れ落ちた。


 肩から血が流れているが、杭は外れた。


 俺の視界にログが開く。


白鐘杭の干渉解除を確認。

対象:リュカ


敵意反応増幅:停止

位置誘導:停止

観測目印:破損


 終わり。


 ではなかった。


 停止していた白鐘魔導兵の胸の鐘が、再び震え始める。


 十二秒は過ぎた。


「まだ動きますか」


 フロッグが嫌そうに言う。


「胸の鐘を壊せば止まる。でも」


「爆ぜる可能性がありますね」


「たぶん」


 俺は周囲を見る。


 商隊。


 そうだ。


 商隊はどこだ。


 眠らされたままなら、近くに隠されている可能性がある。


 白鐘魔導兵は脅威演出。


 なら、見せたい場所に目を向けさせるはずだ。


 逆を見る。


 魔導兵が来た方向ではない。


 魔導兵から隠すように置かれた場所。


「ミオ、眠り草の匂いは」


 ミオはすぐ周囲を見た。


「風下です。こっち」


 彼女は足を引きずりながら、倒れた木の裏へ向かう。


「無理するな」


「無理です。でも必要です」


 それはもう、彼女の口癖になりかけていた。


 木の裏には、古い獣道があった。


 その奥に、小さな窪地。


 商人たちが倒れていた。


 六人。


 全員、息がある。


「生きてる」


 ミオが膝をつき、一人の瞼を開く。


「眠り草です。濃いけど、まだ起こせます」


 その瞬間、白鐘魔導兵が斜面から這い上がった。


 胸の鐘が鳴る。


 カァン。


 商人たちがわずかに呻く。


 まずい。


 この音で目覚めれば、恐怖が増幅される。


 逃げ出す。


 混乱する。


 そして俺は、彼らを救う勇者になる。


「フロッグさん、リュカを見てください」


「了解」


「ミオ、商人を起こす順番を決められるか」


「できます。体格の大きい人から。小さい子は最後です。急に起こすと呼吸が乱れます」


「頼む」


 俺は白鐘魔導兵へ向き直る。


 倒す。


 ただし、派手に倒さない。


 爆ぜさせない。


 見世物にしない。


 構造を壊す。


「【構造解析】」


 視界がさらに深く沈む。


 三体の魔導兵。


 胸の鐘。


 そこから伸びる白い線。


 互いに音を合わせている。


 中心は、三体のうち真ん中ではない。


 左。


 ミオが濁っていると言った個体。


 あれがズレている。


 ズレているから、全体が補正しようとしている。


 なら、完全に壊すのではなく、もっとズラす。


【連鎖構造】を一時表示。


起点:左個体 小鐘

連鎖先:中央個体、右個体

推奨:破壊ではなく、不協和の拡大


 表示が変わった。


 連鎖構造。


 考えている暇はない。


 俺は小石を拾い、左の魔導兵の胸の鐘へ投げた。


 当てるだけ。


 壊さない角度。


 小石が鐘の縁に当たる。


 キン、と細い音が鳴った。


 白鐘の澄んだ音ではない。


 少し濁った音。


 その濁りが、三体の間を走った。


 中央の魔導兵が硬直する。


 右の魔導兵が一歩遅れる。


 左の魔導兵の胸の鐘に、ひびが入った。


 爆発はしない。


 音だけが崩れる。


白鐘魔導兵、同期崩壊。

行動停止。


 三体が同時に膝をついた。


 森が静かになる。


 今度こそ、終わった。


 視界に新しいログが開く。


【構造解析】の表示精度が上昇。

派生表示:【連鎖構造】を一時解放。


条件:

複数対象の選択可能性を保持した状態で危機を解体。


 息を吐く。


 勝った。


 たぶん。


 誰も殺さずに、リュカを止め、商隊も見つけた。


 ミオは商人の一人に薬草を嗅がせている。


 フロッグはリュカの肩に布を巻いている。


 リュカはまだ警戒しているが、短剣は下ろしていた。


「お前」


 リュカが掠れた声で言う。


「勇者じゃ、ないのか」


「違う」


「じゃあ、何だ」


 答えに詰まった。


 俺が何者か。


 未登録転生者。


 救済依存。


 周回記録持ち。


 勇者候補になりかけの誰か。


 どれも嫌だった。


「今は、通りすがりでいい」


「通りすがりは、普通こんなことしない」


「俺もそう思う」


 ミオが小さく笑った。


 その時、商人の一人が目を覚ました。


 中年の男だった。


 彼はぼんやりと周囲を見回し、倒れた魔導兵と、肩を押さえるリュカと、俺を見た。


 そして、涙ぐんだ声で言った。


「勇者様だ」


 胸の奥が冷える。


 助けた。


 助けられた。


 それは事実だ。


 だが、その言葉が世界へ届く音がした。


 カァン。


 どこにも鐘はない。


 それでも、俺の視界にログが浮かぶ。


救済行動を確認。

対象:商隊、魔族斥候リュカ


救済者称号付与率:上昇

勇者候補認定率:上昇


「だから」


 俺は小さく呟いた。


「そういう名前で呼ぶなって」


 商人には聞こえていない。


 彼はただ、救われた顔で俺を見ていた。


 その顔を責めることはできなかった。


 だからこそ、厄介だった。


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