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第二十二話 見つかるための斥候

 森の中に入ると、足跡はさらに分かりやすくなった。


 柔らかい土を選んだように、深く残っている。


 木の根を避けず、枝を折り、ところどころに黒い布片まで引っかけている。


 隠れる気がない。


 いや、違う。


 隠れられないようにされている。


「これは斥候じゃないですね」


 フロッグが言った。


「迷子?」


「迷子にしては、誘導が上手すぎます」


「じゃあ何ですか」


「目印」


 答えは短かった。


 俺は足跡を追いながら、頭の奥の違和感を整理する。


 商隊は眠らされた。


 荷車は襲撃されたように見せられた。


 魔族の足跡は森へ続いている。


 教会は俺を勇者候補にしたがっている。


 全部が繋がりすぎている。


 分かりやすい事件。


 分かりやすい敵。


 分かりやすい救うべき人。


 世界は、俺に分かりやすくしてくれている。


 その親切さが、一番信用できなかった。


「止まってください」


 ミオが小声で言った。


 彼女は近くの草を指差す。


「ここ、踏まれていません」


「足跡は続いてるぞ」


「はい。でも、この草は折れていません。足跡だけが土に残っています」


 俺は膝をついて見た。


 確かに、足跡の周りの草はほとんど乱れていない。


 人が歩けば、もう少し周囲も崩れる。


 鑑定を向ける。


対象:森道の足跡

状態:鮮明

危険度:低


備考:

実移動痕と誘導痕が混在。


「足跡を足してる」


「誰かが?」


「たぶん」


 その時、森の奥で枝が鳴った。


 俺たちは同時に身を低くする。


 木々の隙間に、人影があった。


 小柄だ。


 十代半ばくらいに見える。


 灰色の肌。黒い髪。額の片側に短い角。


 魔族。


 少年は、肩で息をしていた。


 服は泥で汚れ、左肩から血が滲んでいる。手には短剣を持っているが、構えは荒い。


 逃げている。


 そう見えた。


 だが、逃げる方向が変だ。


 少年は森の奥へ逃げるのではなく、街道の方へ戻ろうとしている。


 人に見つかる方へ。


「いた」


 俺が呟いた瞬間、少年の目がこちらを向いた。


 赤い瞳。


 恐怖と敵意が混ざっている。


「来るな」


 少年は短剣を向けた。


 声は震えていた。


「勇者を呼ぶな」


 勇者。


 その単語が、胸の奥に刺さる。


「俺は勇者じゃない」


「嘘だ」


「本当だ。未登録だし、祝福鑑定も受けてない」


「知らない。鐘が鳴った。勇者が来るって」


 少年の左肩で、何かが白く光った。


 金属片。


 小さな杭のようなものが、服と皮膚の間に埋まっている。


 カァン。


 細い音がした。


 少年が顔を歪める。


「っ、来るな!」


 彼の足元から黒い魔力が跳ねた。


 刃のように地面を走り、俺たちの前で弾ける。


 攻撃。


 だが狙いが甘い。


 当てたいのではなく、近づかせたくないだけだ。


「【万能鑑定】」


対象:魔族の少年

名称:リュカ

状態:恐怖、衰弱、敵意反応過増幅

危険度:中


備考:

外部誘導あり。


 名前が出た。


 リュカ。


 次に、肩の金属片へ意識を向ける。


対象:白鐘杭

状態:稼働中

用途:位置誘導、敵意反応増幅、観測目印

危険度:高


備考:

対象本人の意思と移動方向に干渉しています。


「白鐘杭」


 ミオが息を呑んだ。


「知ってるのか」


「名前は知りません。でも、形が似ています。保護院で、逃げた子を探す時に使っていた白い釘に」


 逃げた子を探す。


 言葉の使い方が、相変わらず最悪だった。


 リュカは俺たちの会話を聞き、さらに後ずさる。


 だが、足は街道の方へ向かっている。


 逃げたいのは森の奥。


 進んでしまうのは人里。


 体が意思と逆に引っ張られている。


「リュカ」


 俺が名前を呼ぶと、彼はびくりとした。


「名前を呼ぶな」


「悪い。でも、呼ばないと話せない」


「人族は話さない。勇者は斬る」


「俺は斬らない」


「斬る。魔族なら斬る。そういう話だ」


 そういう話。


 ああ。


 世界が好む言い方だ。


 魔族が出る。


 勇者が倒す。


 人々が救われる。


 称号が付く。


 物語が進む。


 リュカの肩の白鐘杭が、また光った。


 カァン。


 今度は音が強い。


 リュカの瞳に、怒りの色が広がる。


 本人のものではない怒り。


 増幅された敵意。


警告。

白鐘杭による敵意反応増幅を確認。


対象:リュカ

行動予測:攻撃、逃走、街道方面への誘導


 リュカが叫んだ。


 黒い魔力が腕を覆う。


 今度は当てる気だ。


 俺の中で【救済衝動】が反応する。


 助けろ。


 止めろ。


 抱えろ。


 守れ。


 だが、リュカはミオではない。


 ミオも、もう「俺が抱える相手」ではない。


 助け方を間違えれば、ここで俺は勇者になる。


 魔族を倒す勇者に。


「フロッグさん」


「はい」


「あの杭、外せますか」


「普通に近づけば刺されます」


「普通じゃない近づき方は」


「あります。痛いですが」


「俺が?」


「たぶん全員が」


 嫌な予感しかしない。


 ミオが横で小さな袋を開いた。


「レンさん。少しだけ時間をください」


「何をする」


「眠り草じゃなくて、鎮め草です。鐘の音で暴れる子に使っていたものです。効くかは分かりません」


 彼女の手は震えている。


 でも、袋を開ける指は止まらない。


 俺は頷いた。


「分かった。時間を作る」


 リュカが地面を蹴った。


 黒い魔力をまとった短剣が、俺へ向かってくる。


 視界に線が走る。


 木の根。


 倒れた枝。


 荷車から落ちた麻縄。


 斜面の柔らかい土。


「【構造解析】」


周辺構造:

倒木:支点利用可

麻縄:張力低、足止め可

斜面土:崩落誘導可


白鐘杭共鳴:上昇中


 倒すな。


 殺すな。


 止めろ。


 選べる余地を残せ。


 俺は麻縄を掴み、倒木の根元へ走った。


 リュカの短剣が目の前をかすめる。


 黒い魔力が頬を焼いた。


 痛い。


 だが、浅い。


 俺は縄を倒木にかけ、引いた。


 リュカの足元で、土が崩れる。


 彼は体勢を崩した。


 ミオが、その瞬間を逃さず、鎮め草の粉を布に含ませて投げる。


 布はリュカの左肩に当たった。


 白鐘杭の光が、一瞬だけ鈍る。


 カァン。


 音が歪んだ。


 リュカの目に、ほんの少しだけ自分の色が戻る。


「外せるか」


 俺が聞くと、フロッグが跳ぶように前へ出た。


「一瞬なら」


 リュカが叫ぶ。


「触るな!」


「触ります。嫌ならあとで文句を」


 フロッグが短い杖を白鐘杭の縁に差し込む。


 金属が軋む。


 白い光が爆ぜた。


 視界にログが走る。


白鐘杭、強制鳴動。

周辺観測線へ通達。


警告。

追跡対象が接近中。


 森の奥で、何かが動いた。


 複数。


 白い骨組みのような魔導兵が、木々の間から姿を現す。


 リュカの顔が青ざめた。


「来た」


「何が」


「回収だ」


 白鐘杭が最後に強く鳴る。


 カァン。


 そして、森の空気が一斉にこちらを向いた。


 これはリュカを倒す話じゃない。


 リュカごと、俺たちを勇者の舞台へ押し上げるための装置だ。


 俺は沈黙鈴を握った。


 レン。


 今の俺の名前。


 内側で、小さな音が返る。


「いいよ」


 俺は白い魔導兵たちを見た。


「舞台装置なら、壊し方はある」


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