↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/71

第二十一話 北東街道へ

 北東街道へ向かう道は、思ったより静かだった。


 町の鐘は背後で鳴っている。


 カァン。


 いつもの白い音。


 だが、街道へ続く旧水路を抜けるにつれて、その音は少しずつ遠くなっていった。


 代わりに聞こえてきたのは、湿った土を踏む音と、ミオの浅い息だった。


「痛むか」


 俺が聞くと、ミオは少しだけ眉を寄せた。


「痛いです」


 正直だった。


「でも、歩けます」


「無理なら」


「無理なら言います」


 先に言われた。


 俺は口を閉じる。


 抱えて運ぶのは簡単だ。


 たぶん、その方が早い。


 でも、早いことと正しいことは同じではない。


 ミオはリナから受け取った湿布を足首に巻き、杖代わりの細い枝を持って歩いている。足取りは遅いが、自分の速度で進んでいた。


 フロッグは少し後ろからついてくる。


「いやあ、青春ですね」


「この状況のどこが」


「痛い足、怪しい街道、追ってくる教会、向かう先は魔族斥候。だいたい青春は過酷なものです」


「だいぶ偏った青春観ですね」


「長生きなので」


 便利な言葉だ。


 旧水路の出口は、リーベルの北東にある雑木林へ繋がっていた。


 朝の光が木々の隙間から差している。


 北東街道はそこから少し進んだ先だ。王都へ向かう商隊や巡礼者が使う道で、普段なら朝から荷車の音がしているらしい。


 だが今日は、妙に静かだった。


「人通りが少なすぎます」


 ミオが言った。


「分かるのか」


「保護院に寄付を運ぶ商人さんたちは、だいたいこの時間に通っていました。車輪の音がもっと聞こえるはずです」


 保護院。


 その言葉を、ミオはもう少しだけ普通に言えるようになっていた。


 忘れたわけではない。


 ただ、怯えるだけの場所ではなくなっている。


 それは良いことなのか、まだ分からない。


 街道に出ると、すぐに異変は見つかった。


 道の端に、木箱が転がっていた。


 割れた瓶。散らばった布袋。踏み荒らされた土。


 少し先には、横倒しになった荷車がある。


 車輪は外れ、荷台には深い爪痕のようなものが残っていた。


「商隊か」


 俺は周囲を見回す。


 人の姿はない。


 死体もない。


 それが逆に嫌だった。


「【万能鑑定】」


対象:商隊荷車

状態:破損、積荷散乱

危険度:低


備考:

破損後、積荷が意図的に広げられています。


「意図的」


 俺が呟くと、フロッグが荷車の周囲を見た。


「襲撃に見せたい、ということでしょうね」


「見せたい?」


「本当に急いで襲ったなら、もう少し雑になります。これは、雑に見えるよう丁寧に散らかしている」


 嫌な言い方だが、分かる気がした。


 俺は地面を見る。


 土にはいくつもの足跡がある。


 人の足跡。


 荷を引いた跡。


 それから、普通の人間より少し大きく、爪先が鋭い足跡。


「魔族の足跡か」


 ミオが近づこうとして、少し足を止めた。


「待ってください」


「何か分かるのか」


「匂いが変です」


 ミオは散らばった袋の一つを拾い、口元へ近づけた。


「薬草?」


「はい。眠り草です。保護院では、泣き止まない子に薄く焚くことがありました」


 その言い方に、胸の奥が少し重くなる。


「危ない薬なのか」


「量によります。少しなら眠くなるだけです。でも、濃く焚けば、大人でも動けなくなります」


 ミオは荷車の内側を指差す。


「ここに、焦げた跡があります。たぶん、袋を破って火にくべたんです」


 俺は鑑定を向けた。


対象:荷台焦げ跡

残留成分:眠り草、油、樹脂

危険度:低


推定:

煙による広範囲鎮静。


「商隊は殺されたんじゃない」


「眠らされた可能性が高いです」


 ミオの声は硬い。


 だが、役に立っている。


 彼女はそれを自分でも分かっているのか、怯えだけではない目で荷車を見ていた。


 俺は血痕を探した。


 あった。


 荷車の後ろに、黒く乾いた血が少し。


 多くはない。


「血はある。でも人数分じゃない」


「商隊の規模は?」


 フロッグが荷車の車軸を指差す。


「この大きさなら、護衛を含めて七人から十人。ですが、ここに残った血は一人分にも届きません」


「つまり、商隊は生きてる可能性がある」


 俺の中で【救済衝動】が静かに疼いた。


 来た。


 分かりやすい。


 誰かが危ない。


 助けに行け。


 今すぐ。


 だが、旧保護院で学んだばかりだ。


 助けたい時ほど、まず見る。


「【構造解析】」


 視界の奥で、街道の痕跡が線になって浮かぶ。


 荷車。


 足跡。


 散らばった積荷。


 魔族らしき足跡。


 それらが、妙なほど綺麗に森の奥へ伸びていた。


痕跡解析:

魔族斥候足跡、視認性過多。


推定:

隠密行動ではなく、発見誘導の可能性。


「視認性過多」


 フロッグが目を細める。


「見つかりやすい足跡、という意味ですね」


「斥候なのに?」


「斥候なのに」


 ミオが足跡を見た。


「魔族が、わざと見つかるように歩いたんでしょうか」


「あるいは」


 俺は森の奥を見る。


 木々の間に、白い光が一瞬だけ揺れた気がした。


「誰かが、魔族を見つけてほしがっている」


 その瞬間、遠くで小さな鐘の音がした。


 カァン。


 町の鐘ではない。


 もっと近い。


 もっと細い。


 森の奥から聞こえた音だった。


 視界にログが走る。


軌道修正イベント【魔族襲撃】、進行中。


注意:

対象の追跡は、勇者候補認定ルートへ接続する可能性があります。


「分かってる」


 俺は小さく言った。


「でも、商隊は生きてるかもしれない」


 ミオが頷いた。


「行きましょう」


「足は」


「痛いです」


 ミオは枝を握り直した。


「でも、ここで私が読めるものがあります。薬草の匂いも、保護院で覚えたものです」


 その言葉に、俺は息を吐いた。


 連れていくのではない。


 彼女が役割を持って、ここにいる。


「分かった」


 俺は森の奥へ続く足跡を見た。


 やけに見つけやすい魔族の痕跡。


 眠らされた商隊。


 近すぎる鐘の音。


 これは罠だ。


 だが、罠だと分かっているなら、壊し方を探せる。


「行こう。見つかるための斥候を見に行く」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。