第二十話 軌道修正
バルドの部屋に入ると、空気が張り詰めていた。
机の上には、俺たちが持ち帰った写し。
M-17。
救済配置。
勇者候補R。
白鐘子機の破片。
そして、ギルドに届いたばかりの緊急依頼書。
緊急依頼:
北東街道に魔族斥候を確認。
商隊一つ消息不明。
周辺村落への避難勧告を検討中。
推奨対応:
冒険者調査隊の編成
女神教会への祝福者派遣要請
「祝福者派遣要請」
俺は依頼書を見て呟いた。
バルドは苦い顔をしている。
「教会が喜びそうな文言だろ」
「喜ぶでしょうね」
祝福鑑定を受けていない未登録転生者がいる。
女神教会は俺を登録したがっている。
そこへ魔族斥候。
もし俺が動けば、教会は言うだろう。
女神の祝福を受けた者が町を守った。
勇者候補として認めるべきだ、と。
動かなければ、誰かが死ぬかもしれない。
完璧な配置だった。
視界にログが開く。
軌道修正イベントを確認。
名称:【魔族襲撃】
修正強度:4.8%
推定結果:
レンの勇者候補認定
ミオの同行固定
魔王ノアへの敵対誘導
「なるほど」
声が乾いていた。
「助け方を変えたら、今度は助けないと死ぬ人数を増やすわけか」
誰もすぐには何も言わなかった。
ミオは写しを見つめている。
フロッグは目を閉じている。
リナは唇を噛んでいる。
バルドが低く言った。
「この依頼は本物だ」
「分かってます」
「魔族斥候も、おそらく本物だ。少なくとも商隊が消えたのは事実だ」
「分かってます」
だから厄介なのだ。
偽物なら無視できる。
作り物なら壊せる。
でも、世界は本物の危機を使ってくる。
俺の救済衝動を刺激するために、本当に人が危険に晒される。
いや、逆かもしれない。
危険があるところへ、俺が誘導されている。
どちらでも結果は同じだ。
「行くんですか」
ミオが聞いた。
責める声ではない。
確認する声だった。
俺はすぐ答えられなかった。
行きたい。
助けたい。
商隊が消えた。村が危ない。魔族が出た。
助ける理由はいくらでもある。
でも行けば、勇者候補への道が開く。
魔王ノアへの敵対誘導。
それがログに出ている。
ノア。
前回の討伐対象。
過去死亡記録と関わる名。
「今行けば、たぶん世界の思い通りになる」
俺は言った。
「でも行かなければ、誰かが死ぬかもしれない」
ミオは頷く。
「はい」
「前なら、そこで終わりだった。考える前に走ってた」
「今は?」
「考えてる」
「なら、少し変わっています」
それだけで、救われた気がした。
いや、こういうところだ。
俺はすぐ救われたがる。
でも、今の言葉は受け取っていい気がした。
バルドが地図を広げる。
「北東街道はここだ。商隊が消えたのは、リーベルから半日ほどの地点。近くに小村が二つある」
「避難は」
「間に合うか微妙だ。ギルドから伝令は出した」
フロッグが地図を覗き込む。
「魔族斥候という表現が気になりますね」
「斥候じゃない可能性?」
「斥候なら、見つかりすぎです。魔王軍が本当に動いているなら、もう少し上手く隠れるでしょう」
「じゃあ何だ」
「見つかるための斥候」
部屋が静かになる。
見つかるため。
俺を動かすため。
勇者候補を作るため。
あるいは、魔王ノアを敵として表示するため。
リナが小さく言った。
「教会からも通達が来ています」
彼女は別の紙を出す。
女神教会通達:
魔族斥候確認に伴い、祝福鑑定未実施の転生者レン様へ、緊急鑑定を推奨。
鑑定後、女神の加護をもって調査隊へ参加されたし。
「手回しがいい」
「良すぎます」
リナは震えた声で言った。
「私、これを読んだ時、『予定通り』って思ってしまいました」
彼女は泣きそうな顔で笑う。
「私の予定じゃないのに」
ギルド端末に接続された人間。
管理ログの漏れ。
リナもまた、この世界のどこかに掴まれている。
俺は地図を見る。
北東街道。
魔族斥候。
消えた商隊。
避難が間に合うか分からない村。
行くしかない。
だが、行き方は選べる。
「祝福鑑定は受けない」
俺は言った。
バルドが片眉を上げる。
「そのまま調査に行く気か」
「はい」
「Fランクだぞ」
「知ってます」
「正式な調査隊には入れられん」
「なら非公式で」
バルドは渋い顔をした。
「ギルドマスターとしては聞かなかったことにする」
「助かります」
「ただし」
バルドは地図の一点を指した。
「正面から北東街道へ行くな。教会が待っている。旧水路を抜けて、林道から回れ」
この人、かなり聞かなかったことにするのが上手い。
ミオが一歩前に出た。
「私も行きます」
「駄目だ」
反射で言った。
ミオが俺を見る。
しまった。
まただ。
俺は息を吐く。
「ごめん。言い直す。危険だ。足もまだ痛い。だから、理由を聞かせてほしい」
ミオは少しだけ表情を緩めた。
「魔族斥候が本当に魔王ノアに関わるなら、私の記録とも繋がっています」
「うん」
「それに、教会文字の通達や保護対象の印が現地にあるかもしれません。私が読めます」
理由がある。
彼女自身の役割がある。
止める理由もあるが、連れていく理由もある。
俺一人で決めることではない。
フロッグが手を上げた。
「私も行きます。君たちだけだと、深刻になりすぎる」
「そこですか」
「かなり重要です」
リナが小さな包みを差し出した。
「薬師さんからです。足首用の湿布と、痛み止め。それから、これ」
包みの中に、小さな木札があった。
「迷子の子が届けてくれました。『お姉ちゃんへ』って」
ミオが木札を受け取る。
そこには下手な字で、教会文字が書かれていた。
ミオが読む。
「歩けた」
それだけ。
たった三文字。
ミオの目に、涙が浮かんだ。
俺は胸の奥が熱くなるのを感じた。
助けた。
でも、抱えて運んだのではない。
歩ける道を作った。
その結果が、ここに戻ってきた。
これは報酬だ。
称号ではない。
誰かの評価でもない。
あの子が歩けたという事実。
それだけで十分だった。
救済行動の分岐結果を確認。
対象:旧保護院の少年
結果:自力移動成功
救済者称号付与率:低下
構造的救済の成功率:上昇
「よし」
俺は地図を畳んだ。
行く。
ただし、勇者になるためではない。
世界の思い通りに救うためでもない。
誰が、何を、どこへ誘導しようとしているのか。
それを見に行く。
「北東街道へ向かう」
ミオが頷く。
フロッグも頷く。
バルドは大きくため息をついた。
「三日間の猶予だと言ったが、どうやら半日も大人しくできなかったな」
「すみません」
「謝るな。どうせこうなる気はしていた」
リナが扉を開ける。
その先の廊下に、朝の光が差していた。
俺たちは歩き出す。
背後で、町の鐘が鳴った。
カァン。
白い音が、俺たちの背中を押すように響いた。
いや、違う。
押されているのではない。
追われている。
それでも、今度は自分たちの足で進む。
視界の端に、最後のログが浮かんだ。
第二段階軌道状態:
偏差上昇を確認。
警告。
軌道修正強度が次段階へ移行します。
来るなら来い。
そう思った。
怖くないわけではない。
ただ、もう何も知らないまま同じ場所へ戻る気はなかった。
第2章完結です。
第3章では、魔族斥候と勇者候補認定が動き出します。




