第二話 選んでないスキル
白い部屋で女神が言った。
第二の人生を差し上げます、と。
あれが本当なら、俺は今から新しい人生を始めるはずだった。
けれど目の前の表示は、それを否定している。
【周回記録】一部復元。
現在の周回数:閲覧不可
前回選択スキル:【聖癒の手】
前回職業:【勇者】
前回死亡原因:閲覧不可
現在の中心重力:【救済依存】
警告。
あなたは今回も、同じ軌道に入ろうとしています。
俺は街道脇の草地に座り込んだまま、何度もその文字を読み返した。
読めば読むほど、意味が分からない。
いや、意味は分かる。
分かるから、受け入れたくない。
「前回職業、勇者ってなんだよ」
声に出してみても、表示は消えない。
試しに【前回死亡原因】の文字へ意識を向ける。
閲覧権限がありません。
「権限って誰のだ」
誰も答えない。
鳥が鳴いている。風が草を揺らしている。遠くに見える町は平和そのものだ。
なのに俺だけが、世界の表面に貼られた説明文を剥がしてしまったような気分だった。
「まず、落ち着け」
俺は自分に言い聞かせる。
こういう時に一番危ないのは、全部を一気に理解しようとすることだ。分からないものは分からない。分かるところから確認する。
「【万能鑑定】」
近くの草へ意識を向ける。
名称:青露草
状態:正常
用途:軽度の止血、解熱
危険度:低
次に、道端の石。
名称:石灰混じりの小石
状態:乾燥
価値:ほぼなし
危険度:低
ちゃんと使える。
少なくとも【万能鑑定】は、女神の説明通りの能力らしい。
問題は残り二つだ。
「【救済衝動】」
その名前に意識を合わせる。
【救済衝動】
苦痛・孤独・絶望状態にある対象を発見した際、行動優先度が上昇する。
救済成功時、自己肯定感を一時的に回復する。
救済失敗時、精神負荷が増大する。
俺は思わず笑った。
笑うしかなかった。
「最悪の自己紹介だな」
人助け。
善意。
優しさ。
それらは本来、こんなふうに数値化されていいものではない。
でも、この説明は妙に正確だった。
苦しんでいる人間を見ると放っておけない。
助けられたら安心する。
助けられなかったら、いつまでもその顔が頭に残る。
俺はそれを、ずっと性格だと思っていた。
けれどこの世界は、それをスキルとして表示している。
つまり、俺の善意は、最初から使える道具として扱われている。
気分が悪かった。
「次。【周回記録】」
【周回記録】
過去周回における行動傾向・死亡原因・関係性・分岐結果を閲覧する。
現在の軌道と過去周回の一致率が高いほど、記録が復元される。
「未来予知じゃないのか」
過去周回。
行動傾向。
分岐結果。
要するにこれは、これから起きることを教えてくれるスキルではない。
俺が過去に何を繰り返したかを教えてくるスキルだ。
便利なようで、たちが悪い。
正解は分からない。
ただ「お前はまた同じことをしようとしている」とだけ言われる。
「性格の悪い警報機だな」
俺は立ち上がった。
ずっと草地に座っていても仕方がない。町へ向かうべきだ。水と食料は少ないし、情報も必要だ。
ただし、素直にイベントに乗るのは危ない。
前回職業が勇者なら、この世界は俺を勇者にしたがっている可能性がある。
なら、町に入る前にできるだけ情報を集める。
俺は街道を外れ、森の端を歩くことにした。
森は深すぎず、日差しも入っている。鑑定しながら進めば、危険な植物や魔物は避けられるはずだ。
名称:赤斑茸
状態:成熟
用途:毒。少量で腹痛。
危険度:中
名称:角兎
状態:警戒
危険度:低
備考:突進に注意。
鑑定は便利だった。
便利すぎて、俺は少し油断した。
茂みが揺れた次の瞬間、灰色の影が飛び出してきた。
名称:牙鼠
状態:飢餓
危険度:低
低、と表示されても怖いものは怖い。
牙鼠は犬ほどの大きさで、名前の通り前歯が異様に長かった。俺の足首を狙って飛びかかってくる。
「低じゃないだろこれ!」
俺は横へ転がり、腰のナイフを抜いた。
戦闘経験なんてない。
少なくとも今の俺にはない。
だが、牙鼠の動きは直線的だった。鑑定表示が視界の端で危険部位を赤く照らす。
弱点:鼻先、右後脚
備考:嗅覚優位。塩分に強く反応。
牙鼠が再び突っ込んでくる。
俺は正面から受けず、近くの木を盾にした。牙鼠の牙が幹に刺さる。抜けなくなった一瞬を狙って、右後脚を蹴る。
牙鼠が悲鳴を上げ、体勢を崩した。
俺はナイフを握り直す。
殺せ。
そう思った。
でも、手が止まった。
【救済衝動】が微弱反応。
対象:牙鼠
状態:飢餓、負傷
「魔物にも反応するのかよ」
笑えなかった。
飢えている。怪我をしている。苦しんでいる。
だから助けるのか。
俺を殺そうとした相手でも?
牙鼠は牙を抜き、再び俺を睨んだ。だが右後脚を引きずっている。
俺は干し肉を一切れ取り出し、牙鼠の逃げ道から外れた場所へ投げた。
牙鼠は俺と干し肉を交互に見たあと、肉へ飛びついた。そのまま茂みへ逃げていく。
俺は木にもたれ、息を吐いた。
【万能鑑定】使用経験を蓄積。
生態備考の表示精度が上昇しました。
勝った、とは言いづらい。
でも、生き残った。
そして少しだけ、この力の使い方が分かった。
「……これが前回勇者の戦い方だったら、世界はだいぶ平和だったろうな」
冗談を言ってみたが、喉は乾いたままだった。
その時だった。
森の奥から、悲鳴が聞こえた。
高い声。
女の子だ。
体が勝手に反応した。
今なら分かる。
これは優しさだけではない。
俺という人間の、いちばん押しやすいボタンだ。
【救済衝動】が反応しました。
対象候補:閲覧不可
状態:恐怖、孤独、負傷
行動優先度が上昇します。
「待て」
俺は足を止めようとした。
行くな。
これがイベントだ。
前回も、前々回も、俺はこういう声を聞いて走ったのかもしれない。
だが次の瞬間、別の表示が重なった。
イベント一致率:61%
過去周回名称:【最初の救済】
推定結果:同行者獲得
死亡率:閲覧不可
「最初の救済」
言葉が、胸に沈む。
悲鳴がもう一度聞こえた。
助けに行くな。
そう思った。
これは罠だ。世界が俺を同じ軌道に戻そうとしている。そう分かっている。
それでも。
「くそ」
足はもう走り出していた。
次話、ログに出てきた「最初の救済」が始まります。




