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第23章 揺れる心

深夜。

 悟が自室で目を閉じようとした時、ドアをノックする音がした。

 心臓が跳ねる。恐る恐る扉を開くと、そこに立っていたのは川添幸雄だった。


 「驚かせてすまない。少し、話がしたい」

 川添の声は低く抑えられ、どこか切迫していた。


 悟は一瞬ためらったが、彼を部屋に招き入れた。


 「君たちが何をしているか、ある程度は分かっている」

 川添は椅子に腰を下ろすと、深いため息をついた。

 「この施設は……表に出せない仕組みで動いている。俺もずっと葛藤してきた」


 悟は身を乗り出した。

 「じゃあ、俺たちを止めに来たんですか?」

 川添は小さく首を振った。

 「……違う。むしろ、君たちには生き延びてほしい」


 言葉に、悟は息を呑んだ。

 川添の瞳は、確かに迷いを抱えながらも真剣だった。


 「俺がここで見てきた最期は、確かに安らかに見えた。だが、その裏で行われている“処理”や“搬送”は……正義とは呼べない」

 川添の声は震えていた。

 「俺は職務を果たすたびに、自分を裏切っている気がしてならなかった」


 悟はしばらく黙っていたが、やがて静かに言った。

 「……なら、一緒に抗いましょう。俺たちと」


 川添は目を閉じ、答えを飲み込むように沈黙した。


 同じ頃、翔子は廊下で荒川澄江に呼び止められていた。

 「あなた、最近顔色が悪いわね」

 柔らかな声だったが、その目は鋭く光っていた。


 翔子は怯えながらも問い返した。

 「……先生、ここって本当に“安楽死の施設”なんですか?」


 荒川は一瞬言葉を失い、やがて苦笑を浮かべた。

 「その質問には答えられない。けれど――」

 そこで言葉を切り、翔子の耳元に小さく囁いた。

 「……あなたは、まだ生きる顔をしている」


 翔子は驚き、返事ができなかった。荒川は背を向け、そのまま去っていった。


 翌朝、悟と翔子は互いに昨夜の出来事を打ち明け合った。

 「川添さん……もしかしたら協力してくれるかもしれない」

 「荒川さんも……何かを知ってて、全部を敵には見えなかった」


 光輝は眉をひそめながらも言った。

 「職員全員が敵ってわけじゃないのか……」

 弘子が頷き、正弘の手を握った。

 「だったら、まだ望みはあるわ」


 誠は黙って皆の顔を見渡した。

 「ただし覚えておけ。彼らは揺れているだけで、完全に味方じゃない。利用するにしても、慎重にだ」


 それでも、志願者たちの胸の奥に小さな火が灯っていた。

 ――孤立しているわけじゃない。

 施設の中にも、同じように苦しみ、迷っている者がいる。


 その事実が、彼らを再び前へと歩ませる力になった。


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