奇談散歩【66】ちょこっと夜行さん と お馬さんあれこれ ①
高名な妖怪研究家、※1多田克己氏の「鬼」の分類によると、「夜行さん」は、あの世からこの世に来訪して来る鬼( 先祖の霊 )に分類されています。
「鬼」は中国の「鬼」が起源で、もとは死者の霊を指し、古来より「鬼」の出現場所は死後の世界と通じている場所で、「夜行さん」が定まった日に彷徨するのは、その名残りかもしれず …
また、中国では死者のお供えを疎かにすると、鬼がきて食物を乞うといい、食事の話をしていると夜行さんが手を伸ばしてくるという伝承には、そのような背景が関連しているのではないか ―― と、述べています。
※1 多田 克己、日本の作家、グラフィックデザイナー。妖怪研究家、世界妖怪協会・世界妖怪会議評議員。
≪ もともと「夜行日」は、※2百鬼夜行の日を指し、この日の夜は、さまざまな怪異が列をなし練り歩き、それを見たものには触りがあるとされ、夜行日の夜に「外を見ること」「外出」は禁忌とされた ≫ あるいは、≪「夜行日」は神事祭礼時の御神体行幸、移動を指し、祭礼に参加しない人々は外出せず、家に籠って物忌みをした。その戒めを破った者への触り祟りを怪異として伝えた ≫ という説もあり、
また、首切り馬には神様が乗馬している。という伝承も見られ、「夜行さん」は、大晦日、節分、庚申の日、夜行日(陰陽道による忌み日。正月・2月子日、3月・4月午日、5月・6月巳日、7月・8月戌日、9月・10月未日、11月・12月辰日 )に境界を越えてこちらの世界に現れる「来訪神」としての性質があるとの説もあります。
※2 百鬼夜行、『江談抄』で小野篁、藤原高藤がこれに出会ったと記され、他には『今昔物語集』の藤原常行が出会った話、『大鏡』他の藤原師輔の話などが伝えられている。これらは大内裏の南辺に出現しており“尊勝陀羅尼”の効験で難を逃れている。
日本の各時代や地域によって、死者は「聖なる存在」「忌むべき存在」、また非業の死をとげた人物の霊は、その無念から「怨霊化して祟る」等々、様々な見解がとられていました。ざっくり大別すると、死者の霊は祝い祀られる「聖なる祖霊」と、穢れとして「祓い遣らわれる怨霊」に分けられ、故に日本の「幽霊・怨霊」は聖と邪の両義的側面を持っています。( 実際、強い怨霊が祀られ、多く人々の崇敬を集める神様であることは “ 日本三大怨霊 ” の諸兄を例に挙げるまでもなく、あちこちの神社仏閣で見かけますよね、 )
幽霊や怨霊が身体の一部を欠損している話が、結構、割と多いことを思うと、首や尻、下半身などを欠損した馬、そのような馬に乗馬した霊は「何らかの未練を持っている」境界に立つ存在で、「定まった日に、定まった場所で」彷徨する。という行動もこのような両義的な性質によるものかもしれません。
まぁ、なので「福」を授けてくれるのも、関わりを持つことで「触り」があるのも、しかたなかばし かんだばし ということで ……
「百鬼夜行」や「首無し馬・夜行サン」に行き会ったときに慌てないように“尊勝陀羅尼”を覚えておくといいかもしれません。
今年は午年なので、馬の怪異を… と、思って「首切れ馬」「夜行さん」を纏めていたのですが、もう春ですね ……
この後の②は、私の備忘録というか「お馬さん」の あれこれ を纏めたものなので、興味のある方は御一読ください~




