第30話 奇談散歩【83】比叡山の七不思議 ④ 蛇ヶ池・六道踊り
『蛇ヶ池』
延暦寺の横川エリアにある、横川駐車場から横川中堂へ向かう道の左手にある小池が、「蛇ヶ池」。別名 ※「龍ヶ池」とも呼ばれています。
※『都名所図会』に ≪ 竜池。また赤池ともいふ。慈覚大師(円仁)、結界して竜神を潜居せしむる。いまも雨を乞ふときはここに祈るとぞ ≫ 記載される。
寺伝によると ――
昔々、この池に大蛇が棲みつき、ここを通りかかる村人たちを度々襲っていた。
弱りはてた村人から、これを聞いた元三大師、池まで赴き、
大蛇に向かって、
「おまえは法力を持っていると聞くが、如何に?」と尋ねた。
大蛇は、
「まさに、できぬ事 無し」と答えた。
大師が、
「しからば、如何ほど大きく成れようか?」と問うと、
大蛇はとぐろで比叡山を七巻半も出来るほどの大きさとなった。
大師が、
「見事 見事、それでは、私の掌に乗れようか?」というと、
大蛇は見る間に小さくなり、大師の手掌に乗り、とぐろを巻いた。
その瞬間を過たず、
大師は、手掌の大蛇を観音力で封じ、弁財天を迎えて、封じられた大蛇をその側に侍らせた。
その後は大蛇も今までの非道な行いを悔いて、横川を訪れる人々の道中安全と心願成就に助力するようになったという。龍が池に祀られている弁財天社は「雨乞いの弁天」として現在も有名。
『六道踊り(ろくどうおどり)』
これも横川エリアの不思議。
中心的堂塔「横川中堂」に纏わる話です。
「横川中堂」は、嘉祥元年(848)に良源により創建。
かつて入唐時に海難に逢った良源が、聖観音を念じて事なきを得て、後に この堂を建立、聖観音を安置。堂の屋根は唐船に擬して作ったと伝わっています。中堂は、信長の焼討ちで焼亡しましたが、慶長九年(1604)豊臣秀頼が再建。
ある年の盂蘭盆法要、堂前の広場で、里人たちが僧侶と盆供養を行っていた時、
夜更けに、観音様が本堂から庭に現れ、印を結んだかと思うと、
地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天人の六道の亡者たちがどこからともなく集い来て、香や花を供えて盆供養をし、やがて亡者による踊りが始まった。
地獄道の亡者は地獄の責め苦を踊り、修羅道の亡者たちは剣を持ち争いを舞い、「六道踊り」は、夜を通して続き、最後に天人が延命の舞を舞うと、夜明けとともに掻き消すように消えていったという。




