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奇談散歩【61】 鍋島の化け猫騒動 ①

 ―― あらすじ

 2代藩主「鍋島光茂」は盲目の家臣「龍造寺又七郎」※を城内に招き、囲碁に興じていたが、光茂は又七郎に連敗。憤懣やるかたない光茂は激高して又七郎を斬殺した。

 又七郎の老母はその無念を愛猫「こま ( 三毛、話によっては黒猫だったりします )」に語り掛けながら自害。この時、流れ出た血を舐めて愛猫が化け猫と化生し、側室「お豊の方」を食い殺して成り代わり、光茂を夜毎に苦しめ、家中では怪しい足音が響き、奥女中が惨殺され、家臣が物狂いに…… と、怪事変事が続いた。

 忠臣「伊藤惣太・小森半左衛門」はお豊の方の正体( 化け猫 )を見破り、成敗した。

 他には、

 藩主は光茂ではなく父の勝茂とされ、化け猫が変じた「お豊の方」に取り殺されかかるも、あわや、というところで鍋島家の家臣で槍の名手である「千布本右衛門」が化け猫の正体を看破して槍で成敗。翌日には屋敷の庭に、槍傷のある大猫の死骸があった。

 と、いう筋立てのものも有ります。

※ もともと、龍造寺氏は鍋島氏の主家であったが没落し、又七郎も客分として禄を与えられて鍋島氏に臣従していた、という設定。


 ―― 物語成立の背景

 戦国時代に龍造寺家は佐賀を治めていましたが、龍造寺隆信の死後、彼の補佐だった鍋島直茂が実権を握るようになりました。その後、隆信の孫の高房が自害、その父の政家も急死。鍋島直茂が龍造寺政家の実権を掌握、藩主としての地位を確立しました。それを不服とした龍造寺氏の残党が佐賀城下に出没して騒乱が絶えることがありませんでした。

 その後、直茂は龍造寺の御霊を鎮めるため、天祐寺(現・佐賀市多布施三丁目)を建立しました。

 また、龍造寺氏から鍋島氏への実権の継承に問題はなかったものの、高房の自害や、佐賀初代藩主 鍋島勝茂の子が早世したこともあり、これら一連の出来事や騒動が事件の発端とされ、「かつて主家であった龍造寺家の人々には、さぞや遺恨があったろう ……」と、人々の間で噂が広がるにつれて、噂話は脚色され、「化け猫騒動」という怪談噺に展開していったのではないか? との考察もあります。


 無論、この化け猫騒動は創作怪談で、又七郎もお豊の方も実在の人物ではありませんが ……

「鍋島騒動」と呼ばれた事件を下敷きに化け猫が登場する歌舞伎や講談が好評を博し新作が創られ、繰り返し上演され、語られ ――

 多くの人の口の端に上ることで、現実に起こった鍋島家醜聞(スキャンダル)として大衆に受け取られ定着していった当時の様子が伺えます。

 また、この「鍋島化け猫騒動」の初芝居化は、狂言『花嵯峨野猫魔碑史(はなのさがねこまたぞうし)』で、嘉永6年9月の辻番付けで上演が予定されていましたが、鍋島藩からの申し出があり上演中止となりました。しかし、上演中止に携わった町奉行が鍋島氏の鍋島直孝であった為、「何か、鍋島家に都合の悪いことが……」と、当時の人々に勘繰られ、化け猫騒動の巷説が、かえって有名となる皮肉な結果となったようです。

 題名の「嵯峨野さがの」は京都の地名ですが、「佐賀」にかけた題名であることは一目瞭然で、実録とは設定が異なり、鍋島家の家督争いを土台に、殿が激高して斬殺した遺体を壁に塗りこめたり、外連味たっぷりな内容が … 創作としても、いろいろと不味かったのかもしれません。


 ※ 三代目 中村仲蔵(なかむらなかぞうは、「町奉行よりお呼び出しに相成り、右狂言は去る諸侯より懸合云々ありしたれば、興行中いかなる間違ひあるかも計られず、さだめて迷惑であらうから先ずは見合わせ〈 中 略 〉一同驚き入り茶屋出方は番付まで配りしに急にお差し止めに相成り、当惑の他なし」と『手前味噌』に残しています。

※ 江戸後期~明治時代に活躍した江戸歌舞伎役者(1809~1886年)

『手前味噌』はその自叙伝。


 後年には講談『佐賀の夜桜』、実録本『佐賀怪猫伝』などが広く巷間に広まり、昭和初期には、これらの創作から『佐賀怪猫伝』『怪談佐賀屋敷』『秘録怪猫伝』……と、多くの化け猫怪談映画が作られ好評を博し、化け猫役を演じた「入江たか子」「鈴木澄子」が「化け猫女優」と、呼ばれました。

 腰元に化けた化け猫が薄明りのなか行燈の油を舐め、猫の姿が影絵となって壁に映りその正体が看破される場面など、多くの化け猫もののお約束はこうした映画で定番になりました。



『南国少年パプワくん』の作者 柴田亜美先生のお母さまは佐賀藩の大奥の末裔で「猫を飼ってはダメ」と言われていたそうで、こんなコラムもありました。


―― 実日オンラインのコラム『猫々騒動:柴田亜美』より抜粋

「亜美、うちは鍋島藩( 佐賀藩 )だから猫を飼うと祟りがあるぞぉ~。」

 親戚の中には子供たちをお化け話で怖がらせる厄介者がいる。母方の大叔父がそうであった。

 佐賀出身の母方の家は鍋島のお殿様に仕えていたが、佐賀には『鍋島化け猫騒動』という有名な伝説がある。実際にあったお家騒動に化け猫を絡めた話で、鍋島のお殿様に殺された主人やその家族の怨念から妖怪になった猫が祟るという定番のオカルト話であるが、大叔父の渾身の化け猫の演技はまだ幼稚園生だった純粋な亜美ちゃんに「猫は怖い」というトラウマを残した。


 うん、こんな親戚のオジサンいますよね、

 うちのオジサンは、盲腸の痕 ( 化膿して酷くなったので大きかった ) を親戚の子供に見せながら「化け狸に噛まれた、挌闘の末に見事仕留めた」とか言ってました。

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