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奇談散歩【60】 猫塚 有馬怪猫伝 ②

 ―― 有馬の猫騒動に登場した力士「小野川喜三郎」とは?


 前回御紹介した「有馬怪猫伝」に登場する久留米藩有馬家お抱え※ の小野川喜三郎は実在した力士で、その好敵手(ライバル)が、今も高名な雷電爲右エ門 ( 松江藩の抱え力士 ) です。


 その雷電爲右エ門と小野川喜三郎の二人は、江戸庶民に知らぬものは無いほどの人気力士で、取り組みが預かりになったこともあるほどの好敵手でした。

 この「有馬怪猫伝」の話は二人の力士が活躍した頃に時代が設定され、有馬家の殿(との)も当時の八代藩主頼貴公がモデルと言われています。

 そして、作中では、正室は松江藩から嫁いでいますが、史実では八代藩主頼貴公の正室は長州藩毛利家から輿入れしています。( 四代藩主頼元公の正室は松江藩から嫁いでいます )

 この様に登場人物を変更して、この「有馬怪猫伝」を有馬家と松江藩松平家の確執譚に仕立てているので、読んだ人は「なるほど……」と物語の「穿ち」が腑に落ちるという仕掛けです。


 この「有馬怪猫伝」で化け猫になる子猫の飼い主は、松江から嫁いだ姫さま御付きの女中で、その女中が殿の寵愛を受け、側妾となり、殿の覚えも目出度く重用されるのですが、それが面白くない有馬家の女中の嫉妬が発端となって、松江松平家の女中との対立が勃発、その渦中に苛まれた側妾が自害。

 さらに側妾付きの女中が主人の無念をはらさんと仇討ちを企て、それに加勢するために飼い猫が「化け猫」に…… 仇討ちだけで事が収まればよかったのですが、血の味を覚えた化け猫は、次々に人を牙にかけて上屋敷に惨劇が続きます。


 そのころ、雷電爲右エ門に負けてしまった小野川喜三郎。雷電爲右エ門を待ち伏せて意趣返しを果たそうとしますが失敗。恥の上塗りに殿から出禁を申し渡されます。

 進退窮まった小野川喜三郎は、何とか手柄を立てて許してもらおうと、化け猫退治に加わる ……という筋立てです。


 短く纏めると、有馬家の力士「小野川喜三郎」が、松江藩松平家の「化け猫」を退治した話なんですね。相撲(スポーツ)大名(セレブ)のスキャンダル、現代でも読者・視聴者が好む二つの要素を怪談にくっつけて仕立てたこの物語、長く愛される「怪猫譚」になったのはこんな物語の仕掛けもあったから、かもしれません。




※ 戦国の世から各地の有力大名は力士に俸禄を与えて家臣として召し抱えており、時代が下って江戸時代になると娯楽としての相撲人気も加わって、さらに力士を抱えるようになりました。とりわけ、松江藩松平家は雷電爲右エ門をはじめ多くの人気力士を召し抱えていました。






 日本各地の化け猫伝説、佐賀の「鍋島の化け猫騒動」「有馬の猫騒動」「岡崎の猫騒動」が三大猫騒動(日本三大化け猫騒動)として有名で、鍋島と有馬は現実にあったといわれるお家騒動? をもとにしているのですが、「岡崎の猫騒動」は鶴屋南北が創作した歌舞伎『独道中五十三駅』という創作なので、代わりに阿波徳島の「お松大権現」を入れて三大猫騒動(日本三大怪猫伝)とすることもあり ……

 けもさんと致しましては、見事 本懐をとげ、主人「お松」の仇討ちを果たした「タマ」さんを推して参りたい所存でございます。

 ちなみに「タマ」さん、勝負事にご利益ある猫神様として祀られておりまして、受験シーズンは学生さんの参拝客で賑わうそうでございます。


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