第26話 奇談散歩【82】 清涼寺の七不思議
佐和山城の麓にある井伊家の菩提寺「清凉寺」
井伊直孝が、父 直政の墓所として開基した曹洞宗永平寺派の寺院。釈迦牟尼如来を本尊として、諸国から高僧を招聘し、修行道場としての名声も高く、多い時には二百余名の雲水が修行をしていたといわれます。
寺地が石田三成の名家老といわれた島左近の屋敷跡で、そのため、佐和山城落城悲話、島左近にまつわる「清凉寺の七不思議」が伝わります。
住所:滋賀県彦根市古沢町1100
公共交通機関:JR琵琶湖線 「彦根」 下車 徒歩 20分
駐車場:普通車 20 台・大型車 5 台
お問い合わせ:TEL 0749-22-2776
境内は無料で一般公開されていますが、本堂、禅堂、墓所は非公開となります。
【 清涼寺の七不思議 】
・左近の南天
島左近が愛玩していたと伝わる。
樹齢500年と言われる南天の木が残っており、これに触れると腹が痛くなるという奇妙なたたりがある。
・壁の月
これも島左近に纏わる不思議で、左近の居間を寺の方丈としたが、壁に月形の影が生じ、幾度となく壁を塗り替えても消えなかったという。一説には、島左近の兜にあった前立てが、月形であったからと ――
・唸り門
現在の門は宝永五年の大火の後に再建されたものだが、それ以前の山門は左近邸の表門といわれ、大晦日の夜には、そよとの風もないのに低く唸っていたという。
・洗濯井戸
水源は佐和山の湧き水といい、左近が茶の湯に使用した井戸。これに汚れ物をひたしておくと一晩で真っ白になったという。
・佐和山の黒雲
関ヶ原の戦いの後、井伊家の家臣が佐和山城での戦利品を虫干ししていると、佐和山の方角から黒雲が湧き起こり、戦利品が風で持ち去られた。
また彦根城は井伊代々の居城だが、それ以前は石田三成の居城で、その関係から後年になっても石田方の遺品が掘り出された。そうした時には、必ず佐和山から一塊の黒雲が湧き起こり、掘り出された遺品をさらって琵琶湖に沈めたという。
・木娘
清涼寺本堂正面のタブの木(大楠)は佐和山城築城以前からある樹齢数百年のものと伝わる。これが、夜な夜な女性に変化しては参詣者を驚かせ、気味悪がらせたという。鉄面和尚が封じてからは見えなくなった。
・血の池
今は埋められ、墓地の一角にある小池がそれだと伝わる。
佐和山城落城時に多くの城内の婦女子が自刃して果てた。この血が流れ込み、池は血の池の有様だったという。それ以来、夕刻に池に顔を映すと、誰が映しても水面に血みどろの女性の顔が浮かび上がるようになった。
全国津々浦々にいろんな『七不思議』があり、全部、調べたらエライこっちゃな数になりそうですが、「七」なのは何故なんでしょう?
一説には仏教と縁が深い数字だからと言われていますが?
この「清涼寺」の七不思議、ぽんぽんぺいんになる地味に嫌な感じの「南天」とか、島左近さまが大事にしていたそうなので、他の人に触られるのが嫌だったのでしょうか? 洗濯井戸は忙しい奥様に喜ばれそうですね。




