奇談散歩【71】殺生石
≪ ① 殺生石は栃木県那須温泉付近にある溶岩。鳥羽天皇寵姫玉藻前 ( 老狐の化身 ) が殺されて石と化したもので、これに触れると災いをなしたが、玄翁がここを通りかかり杖で1打すると、二つに割れて中から石の霊が現れ成仏して消えたと伝える。
② 能。① の伝説を脚色したもの。広辞苑より抜粋≫
殺生石は、温泉地帯に存在する溶岩で、噴気孔から出る火山性ガス ( 硫化水素・亜硫酸ガス・二酸化炭素などの有毒ガス ) により付近の小動物が死ぬ事例が古来より知られ、それにより付けられた俗名。
特に、栃木県那須郡那須町の那須湯本温泉付近の殺生石は有名で、「殺生石」といえばこの殺生石を指すことが多い。江戸前期の俳人 松尾芭蕉がこの地を訪れ『おくのほそ道』に殺生石について記し「石の香や 夏草赤く 露暑し」と詠んだ。現在付近は国指定名勝となり、石の近くに、≪ 飛ぶものは 雲ばかりなり 石の上 ≫ と、芭蕉の句碑が建っている。
また、この石に起源を持つと言い伝えられている石が全国にあり、それらの中にも「殺生石」と呼ばれているものがある。
妖狐「玉藻の前」が退治された後の話が 能の ※「殺生石」で ――
旅の高僧 玄翁が下野国那須野の原( 栃木県那須郡那須町 )を通りかかった折、ある石の近くを飛ぶ鳥が落ちるのを見て不審に思い、近くにいた女性に「何故か」と、尋ねました。女は「その石はすべての生きものを殺めてしまう殺生石なので御坊様も近づいてはなりません」と言い、殺生石の謂れを語りはじめます。
「昔々、鳥羽の院の御代に、院の寵愛を受けた玉藻の前という才色兼備の女官がおりましたが、陰陽師 安倍泰成に妖狐であると看破され、調伏されそうになり … 那須野の原まで落ち延びましたが、三浦の介 ( 三浦介義純 )、上総の介 ( 上総介広常 ) の二人と、狩人たちに追われ、射伏せられて、ついには那須野の原の露となりました。以来、無念の思いから石に取り憑き、殺生石となって生類を殺めて何年も過ごしてまいりました」
そう語り、女は玉藻の前の亡霊であることを告げて消えます。
玄翁は、妖狐の魂を仏道に導くために法事を執り行い、払子を打ち振って祈ると、石は二つに割れ、玉藻の前の霊が出現。霊は「ありがたい仏法を授けられたので今後は悪心を起しますまい」と誓い、成仏して消えました。
※ 能の曲名。五番目物 佐阿弥安清作という。鳥羽天皇の宮廷に仕えた玉藻の前 ( 妖狐の化身 ) が退治されて石と化し、付近の生類に害をなすのを、後深草天皇の御代、玄翁和尚が法力により成仏させる。御伽草子『玉藻草紙』と同材。
仏教説話的な内容で高徳の僧が怨霊を調伏したという お話になっています。
また ――
至徳2年( 1385年 )に玄翁和尚によって石は三ツに砕かれ、その破片は美作国高田、越後国高田、安芸国高田、豊後国高田、会津高田のいずれか三ヶ所( 諸説あり )に落ちたという伝承があります。(成仏?)
「高田」以外にも破片が散ったとする伝承が各地に伝わり、飛騨では ※牛蒡種(ごぼうだね、ごんぼだね)に、四国では犬神に、上野国ではオサキになったとか …… (成仏は?)
※牛蒡種は、長野県、岐阜県、福井県に伝わる憑き物。
特定の家筋に憑くとされるが、動物霊ではなく、人間の生霊を憑かせるという。
「成仏したけど、つまんないんだもん」とか言いながら帰ってきそうなんですよね、元祖悪女のタマモさまは ……




