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奇談散歩【70】玉藻稲荷神社

御祭神:倉稲魂命ウカノミタマ玉藻前タマモノマエ

御利益:商売繁盛・五穀豊穣 

住 所:〒324-0244 栃木県大田原市蜂巣709

☏番号:0287-54-1110( 大田原市観光協会 )

アクセス:那須塩原駅より大田原市営バス雲巌寺線にて篠原公民館前下車 徒歩2分

※「鏡が池」は、境内で見学可能。

 境内に芭蕉の『秣おふ人を枝折の夏野哉』の句碑と、源実朝の『もののふの 矢並つくろふ 籠手のうへに 霰たばしる 那須の篠原』の歌碑あり

 御社から北へ600m、県道沿いに「狐塚之址」碑あり


玉藻稲荷神社たまもいなりじんじゃ』は、栃木県大田原市にある神社で、大妖「九尾の狐」の神霊を祀る神社として有名。

 詳細な創建は不明ですが、建久4年( 1193年 )※1 源頼朝が那須野の狩りの折、当社に参詣したと伝わっています。また、元禄2年( 1689年 )には、松尾芭蕉が篠原の地を訪れ『おくのほそ道』に ≪ ひとひ郊外に逍遥して、犬追物の跡を一見し那須の篠原をわけて、玉藻の前の古墳をとふ ≫ と記しています。


 大妖「九尾の狐」が化生した「玉藻の前」は美しい容姿とその才能で、鳥羽院の寵愛をうけますが、その頃より鳥羽院は原因不明の病気に罹り病の床に伏しました。

 陰陽師・安倍泰成の(やまい)快癒の祈祷で正体を顕した妖狐は、この地に逃げ込み、蝉にその身を変えて桜の木陰に潜んでおりましたが、「鏡が池」に真の姿が映り、須藤権守貞信、三浦介義明、千葉介常胤、上総介広常らの討伐軍によって討たれたと伝えられています。


―― 妖狐、悪女といえば「九尾の狐=玉藻前」

『封神演義』に登場する傾城「妲己」

 その正体が「九尾の狐=白面金毛九尾」という妖狐で、この妖狐がインド・中国を 三千年の年月渡り歩き、ついには日本にも来訪、時の帝を篭絡する ……

 帝の忠臣に討伐されるが、その魂魄は「殺生石」に宿り、祟りをなしたが、高徳の僧「玄翁」が石を打ち成仏させた。

― というのが「あらすじ」で、


「玉藻前=九尾の狐」という設定は、江戸後期以降、読本作家・高井蘭山『絵本三国妖婦伝』岡田玉山『絵本玉藻譚』などの作品でよく知られるようになり定着しました。これらの読本では、妲己の九尾狐伝説を玉藻前の物語に結びつけ、インド・中国のエピソードも加えて長編物語に仕立て上げています。 … というわけで、


―― もうちょっと詳しい「あらすじ」


 白面金毛九尾の狐が麗しい女「妲己」に化身して、紀元前11世紀頃の殷に現れ、時の皇帝「紂王」を魅了します。紂王は妲己のために、夜毎(よごと)酒池肉林の宴会を催して奢侈淫佚にふけり、諫める忠臣や無辜の民を残虐な刑に処し、妲己は栄華をほしいままにしますが、これに対して反乱をおこした「姫発 ( 後の周の武王 )」 が殷を滅ぼし、妲己は軍師 太公望により、照魔鏡で正体を看破され、 ついに退治されてしまいます。

 九尾の狐は、その700年の後、天竺に「華陽夫人」として転生。

 マガダ国の「班足太子」を惑わし、妃の地位を得て、千人もの首を切らせるなど、悪逆非道を重ねます。ある日、狩りに出た太子が、狐を射ると矢はその頭を掠めましたが、狐は逃げて捕らまえる事はなりませんでした。

 落胆しつつ、太子が狩りから城に帰ると、華陽夫人が頭に怪我をしています。

 名医「耆婆」が診察し、脈から夫人の正体を「妖狐」と見破りますが、これに焦った夫人は「耆婆が私に横恋慕して陥れようとしております」と、言い張って周囲の信頼を得ることに成功します。しかし、金鳳山の薬王樹の枝によって正体が露見し、九尾の狐は天竺から北の空へと逃げ去ります。

 そして、再び中国へ、

 武王より12代の後、幽王の代、褒の国に「褒似(ほうじ)」という絶世の美女が現れます。

 幽王に献上された褒似は、その寵愛を一身に受けておりましたが、一切笑わず、幽王はなんとか褒似を笑わせようと苦心しておりました。

 ある日、非常召集を告げる烽火が誤ってあげられ、駆け付けた諸侯たちの慌てる姿を見て褒似は笑い、その笑顔を見る為に、幽王は幾度も烽火をあげては無意味に諸侯を集め、その(つど) 褒似は笑顔を見せましたが、諸侯は怒りと不満を燻ぶらせていました。

 そして、ついに一部諸侯と申后 ( 幽王の元妃 ) の一族、北方異民族、犬戒けんじゅうの連合軍が反乱を起こして蜂起。幽王は慌てて烽火をあげ、召集をかけましたが「いつもの嘘」と諸侯は集まらず、幽王は処刑され、騒ぎが収まると褒似の姿は国より消えていました。

 その後、

 天平7年、遣唐留学生として唐に渡っていた吉備真備が帰国する船の中に「若藻」という美しい少女が乗船していました。

 誰あろう、この美少女こそ「九尾の狐」

 斯うして、日本に入り込んだ妖狐は、諸国を渡り歩きながら人々を惑わして、数百年を過ごし、堀川院の御代には捨て子となり、山科で謹慎中の北面の武士・坂部友行に拾われ「藻」と名付けられて育てられることになります。

 藻は美しく成長するとともに和歌の才能を発揮し、七歳で宮中にあがり、やがて玉藻前として鳥羽院の側女に取り立てられます。「玉藻前」は美しい容姿とその才能で、寵愛をうけますが、その頃より鳥羽院は原因不明の病気に罹り病の床に伏しました。

 陰陽師「安倍泰成(あるいは安倍泰親)」の ※2 (やまい)快癒の祈祷で正体を顕した妖狐は、那須野の原に逃げ、その地でも悪事を働いていましたが、ついに須藤権守貞信、三浦介義明、千葉介常胤、上総介広常らの討伐軍に追い詰められ退治されました。

 以来、二百数十年、妖狐の怨念は石となって この地に蟠り、その妄執は近づく人々や獣、虫はおろか飛ぶ鳥も死に至らしめたので、人々はこれをひどく恐れ「殺生石」と呼び、近づくことはしませんでした。


※2 陰陽師 安倍泰親(あるいは「安倍泰成」)に占わせてみると、泰親の神鏡に十二単を着た白面金毛九尾の妖狐が現れた。と、破邪の神鏡というアイテムが活躍する話もあります。


※1 この巻狩りの時に「猫王」さんが狩り出されて黒部渓谷に引っ越しする羽目になったんですよね? 

  詳しくは、小耳袋・其之壱の「奇談散歩【49】猫又山 ( ねこまたやま )」をご覧ください~

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