第40話「王国の眼 ― 凰城学園視点」
決勝戦を前にした控室は、静かで張りつめていた。
だが、そこに漂うのは緊張ではない。むしろ優雅な余裕だった。
バルセロナユース帰りの司令塔、御門エレナがスパイクの紐を整えながら淡々と口を開く。
「北野高校? 泥にまみれて走るだけのチームよ。そんなもの、世界では通用しないわ」
仲間たちが微笑を浮かべる。
「助かるね。決勝なのに楽な相手で」
そう言って笑ったのは、U-18日本代表のストライカー、天ヶ瀬瑠衣。長い手足を組み、余裕の笑みで背もたれに身を沈めている。
「僕は芸術を見せるよ。点を取るんじゃない。美で圧倒して勝つんだ」
隣では、もうひとりの日本代表、守備の要 真堂美琴が短く告げる。
「守備は任せて。泥臭さを見せる前に、全部刈り取る」
その声音に無駄はない。ただ確信と誇りだけが宿っていた。
◇
そこへ監督が入ってくる。スーツ姿で背筋を伸ばしたまま、選手たちを見渡した。
「凰城は王者だ。王者のサッカーは、美しい。無駄を嫌え。泥に触れるな。倒れるな。凰城は、常に優雅に勝つ」
「はい!」
選手たちの声が重なり、控室は揺れるほどの迫力を帯びる。
エレナはゆっくりと立ち上がった。冷たい瞳で前を見据える。
「任侠だの、筋だの。そんな言葉に価値はない。サッカーは芸術。芸術は、力を超える」
◇
会場に出ると、差は一目瞭然だった。
北野の応援席には、商店街の人々や学生らしい雑多な顔ぶれ。手作りの横断幕、手拍子、泥臭い声援。
一方、凰城側はスーツを着たスポンサーや、華やかな親族、豪奢なゲストたちがずらりと並ぶ。シャンパンのような笑い声さえ聞こえるほどだった。
実況が熱を込める。
「ご覧ください! 決勝の舞台、凰城学園の応援席はまさにセレブリティ! まるで海外のスタジアムです!」
その空気を背に、凰城の選手たちは堂々とピッチに立つ。
瑠衣が軽くリフティングを繰り返し、観客席から歓声が沸き上がる。
「さすが天ヶ瀬!」
「美しい……」
◇
控室でエレナは最後に一度だけ心の中で呟いていた。
――任侠? 泥にまみれて筋を通す? そんなものは、サッカーじゃない。
そして冷たい微笑を浮かべる。
「勝つのは凰城。全国制覇は通過点。その先にあるのは、世界」
その言葉通り、凰城学園の選手たちは一様に視線を遠くへ向けていた。北野など、ただ踏み台に過ぎないというように。
やがてホイッスルが鳴り、両校の選手たちがピッチに並んだ。
観客席は二つに割れ、華やかな煌めきと泥臭い声援がぶつかり合う。
決勝戦――開幕。




