第16話「盃を割る覚悟」
決勝の相手は鳳凰学園。全国常連の名門で、規律あるポゼッションと個人技を兼ね備えた強豪だ。アップの段階からパスが正確に回り、ひとつのミスもない。スタンドの観客が「これが全国クラスか」とざわめく。
心愛は思わず口を尖らせた。「……あんなん、どうやって勝つんすか」
梨花は肩を鳴らし、薄笑いを浮かべる。「潰せりゃ相手が強かろうが関係ねぇ。立っときゃ倒せん奴なんざいねぇんだよ」
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控室。空気は張り詰め、誰もが無言でスパイクを締める。そんな中、竜司はいつものようにタバコをくわえ、火をつけずに口に咥えたままホワイトボードに立った。
「抗争にゃな、正面からぶつかって勝てん相手もおる。鳳凰はそれや。力でも技でも、まともにやり合ゃこっちが沈む」
部員たちは固唾を呑む。
竜司はマーカーを走らせ、フィールドに奇妙な配置を描いた。
「だから盃を割るんや。己の流儀を壊す覚悟で、形を変えて出し抜け」
舞が目を見開いた。「……可変システム?」
竜司はにやりと笑う。
「サイドの兵隊を中に絞らせろ。外にゃ隙をわざと見せとけ。外で勝負仕掛けてきたら――梨花が仁王立ちで潰す。通れる思うた道で返り討ちにするんや」
梨花は口角を上げた。「上等じゃねぇか。全部ぶっ飛ばしてやる」
「外に誘い込み、中を固める。これが今日のカチコミや。ええな?」
部員たちは一斉に声を上げた。「押忍!」
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試合開始。
鳳凰は序盤からボールを自在に回し、左右に揺さぶって北野を崩そうとする。観客席は「すげえ!」とどよめき、押し込まれる展開に一年生は顔を青ざめさせた。
だが竜司はベンチで腕を組み、微動だにしない。
「ええ、揺さぶっとけ。盃割る覚悟は後半で見せりゃええ」
右サイドを突破しようとした鳳凰のウィングに、梨花が立ちはだかる。
「通れる思うなよ!」
ドンッ! 強烈な衝突音が響き、相手が弾き飛ばされた。観客席からどよめきが起こる。梨花はボールを奪うと、そのまま落ち着いて舞へパスを戻す。
舞が中央でテンポを作り直し、北野は辛うじて試合を落ち着かせる。
しかし鳳凰の圧は衰えない。巧みな三角形で中盤を支配し、何度もゴール前に侵入してくる。美咲が必死に弾き出し、ポストにも救われる場面があった。
それでも、北野は集中を切らさなかった。心愛や舞が必死に戻り、紗季が中盤で体を張る。
竜司は静かに呟く。
「盃を割る覚悟――それを後半で見せろ」
前半終了。スコアは0-0。
息を切らす選手たちに、鳳凰のサポーターは「時間の問題だ」と笑っている。だが竜司の顔には焦りひとつ浮かんでいなかった。
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ハーフタイム。
竜司は立ち上がり、全員を見渡す。
「上等や。あいつらはまだウチの手の内に気づいとらん。外を開けて中で仕留める。そんで――次はこっちが盃を割る番や」
舞が頷き、声を張る。「ここから本当の北野サッカーを見せるよ!」
梨花は手袋を叩き合わせ、闘志を燃やす。「任侠の看板、最後まで守り抜くぜ!」
決勝戦は、いよいよ後半戦へ――。




