第19話:それぞれの道へ――武道館に響く「おめでとう」
――春。
桜は散りかけていたが、空は妙に澄んでいた。
◆
東京大学・入学式。
日本武道館。
巨大な会場に、新一年生たちが緊張と期待を抱えて座っている。
「すげぇ……ここで入学式やるのかよ」
「やば、レベル違いすぎる」
そんなざわめきの中――
俺は席に座っていた。
真中悠翔。新一年生。
ようやくここまで来た。
◆
(七海は今ごろ、ステージか)
Seven☆Daysとしての活動はすでに本格化していた。
海外公演、音楽番組、ライブツアー。
俺とはまったく別の世界。
◆
でも――
ポケットの中のスマホが震えた。
《ちゃんと前見てろよ》
短いメッセージ。
七海からだった。
◆
「……何言ってんだあいつ」
そう呟いた瞬間。
――会場の照明が変わった。
◆
「新入生の皆さんへ」
司会の声が響く。
「本日は特別ゲストをお呼びしています」
◆
ざわっ。
会場が一気にざわめく。
「誰だよ……?」
「え、芸能人?」
◆
そして――
「Seven☆Daysより、如月七海さんです!」
◆
――一瞬で、空気が変わった。
「えっ……?」
「マジで!? 本物!?」
◆
ステージに現れたのは――
七海だった。
黒のフォーマル衣装。
堂々とした立ち姿。
学校で見ていた“氷の女王”でもなく、
家で見ていた“甘えた妻”でもない。
完全な“トップアイドル”。
◆
マイクを持つ。
「新入生の皆さん、入学おめでとうございます」
◆
静かで、強い声。
「ここに来た理由は、一つだけです」
◆
会場が息をのむ。
◆
「努力すれば、どこまでも行けるってことを伝えたくて」
◆
その言葉は、まっすぐだった。
◆
「夢は、誰かに決められるものじゃない」
◆
「自分で選んで、自分で掴むものです」
◆
そして――
◆
七海は、一瞬だけ目線を動かした。
会場の中。
俺を探している。
◆
(……気づくなよ、周り)
心臓が跳ねる。
◆
そして――
目が合った。
◆
一瞬。
本当に一瞬だけ。
◆
七海は、小さく頷いた。
――大丈夫。
そう言っている顔だった。
◆
そして、マイクを下ろす。
「最後に一言だけ」
◆
静寂。
◆
「おめでとう」
◆
たったそれだけ。
◆
でも、その言葉は――
確かに俺に向けられていた。
◆
七海は、何事もなかったように一礼し――
舞台を降りていった。
◆
会場は大混乱だった。
「今の本物だよな!?」
「やばすぎる……」
「なんで東大来てんの!?」
◆
でも誰も気づかない。
その“特別な一言”の意味を。
◆
式が終わった後。
人混みの中で。
「悠翔」
背後から声がした。
◆
振り向くと――
七海が立っていた。
さっきまでステージにいた人とは思えないほど、自然な表情。
◆
「サプライズ、どうだった?」
◆
「いや、普通に心臓止まるかと思った」
◆
七海は、くすっと笑う。
「よかった」
◆
そして――
「入学、おめでとう」
◆
さっきと同じ言葉。
でも今度は、目の前で。
◆
「忙しいんじゃないのかよ」
◆
「忙しいよ」
◆
即答。
◆
「でも、これだけは言いたかったから」
◆
七海は少しだけ視線を外して――
「じゃあね」
◆
あっさりした別れ。
でも、その一歩が離れる直前――
◆
小さく呟いた。
「ちゃんと、見ててね」
◆
そして、去っていった。
◆
周囲はまだ騒がしい。
誰もその意味を知らない。
◆
でも俺だけは、わかっていた。
――これからも、この関係は続く。
誰にも言えないまま。
でも、確かに。
――つづく
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