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旅男!  作者: 吉岡果音
第九章 白く輝く季節へ
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第61話 吟遊詩人

『俺たちは無事、バルイナ王国に入りました』


 カイは、長兄コンラードと、妹セシーリアに通信を送る。


『おお、それはよかった。引き続き、道中気を付けてな』


『どうかお気を付けてくださいね。お元気で過ごされますよう、皆さんにも、どうぞよろしくお伝えください』

 

 コンラードとセシーリアから、それぞれ無事を祈る言葉をもらった。きょうだいたちの優しい声に、カイの心はあたたかくなる。


 ラーシュ兄さん……。


 ラーシュからの通信は、途絶えたままだった。胸の辺り、ぽっかり空いた穴を補うように、カイは胸の前で手のひらを握りしめていた。

 昼どきの町は、にぎわいを見せていた。

 

「あっ、市が開かれてる。ちょっと見てみようぜ」


 キースの弾む声に、カイは顔を上げた。気付けば、広場に来ていた。たくさん露店が立ち並ぶ。食べもの屋だけではなく、珍しい道具屋などもあり、キースたちは旅に必要なものなどを見て回った。

 少し歩くと、噴水が見えてきた。噴水の周りには露店がなく、人影はまばらだった。


「あっ! あれはきっと、吟遊詩人だわ!」


 アーデルハイトが顔を輝かせた。噴水の前に腰かける、楽器を持った若い男性がいたのだ。吟遊詩人とおぼしきその若い男性は、この広場に着いたばかりのようで、辺りにはまだ観客がいないようだ。


「吟遊詩人?」


 キースは、吟遊詩人について知らないようだった。


「世界中を旅しながら、歌や楽器を演奏している人よ。彼らは、様々な国の伝承や歴史、また、恋愛の歌などを歌っているの」


 アーデルハイトが、吟遊詩人について説明した。


「私たちは見たことあるよ! ねっ、カイ!」


 妖精のユリエが、カイの肩に座って微笑む。キースの曽祖父エースと旅をしていたころ、出会ったことがあったのだ。

 宗徳も、ミハイルもうなずいていた。どうやら彼らも旅の中、出会ったことがあるらしい。


「へえー。そうなんだ。ぜひ聴いてみたいねえ」


 キースは興味津々といった様子だ。皆の意見は一致した。


「ちょっと聴いていきましょう」


 吟遊詩人を離れて取り囲むように立ち、演奏を待つことにした。

 吟遊詩人は、輝く銀色の長い髪を、後ろで一つに束ねている。物憂げな表情、華奢な体つきで、芸術を愛する詩人のような雰囲気があった。


「きっと、叙情豊かな歌詞、美しい音楽を奏でるんだろうな」


 一同は、吟遊詩人の紡ぎ出す世界を待つ。

 吟遊詩人は、長く美しい指で、弦の張られた楽器を奏で始めた。そして、澄んだ声で歌った。


『昔々の物語

 魔法使いと 名匠は

 四つの道具を創り出す

 杖 杯 剣 鈴

 聖なる道具

 国を平和にするために

 魔のものどもを はらうため――』


 え……?


 吟遊詩人の歌詞を耳にし、カイは驚きのあまり息が止まるようだった。


『聖なる巫女は先を視る

 遠い未来の物語――

 杖 杯 剣 鈴

 四つの道具に忍び寄る

 不吉な影 悪しき魂

 悪しきものから守るため

 世界を平和に保つため

 聖なる道具は散り散りに――』


 どう考えても、ヴァルデマーや北の巫女たち、そして自分たちきょうだいのことを歌っているようだった。


 どうして……!? 知られるはずがないのに――!


『一人の若者生まれ来る

 剣を扱う力持つ

 一人の若者 旅に出る

 夢のお告げに導かれ

 剣を携え 仲間と共に

 世界の平和を守るため

 悪しき魂 はらうため――』


「俺のことじゃん!」


 思わず、キースは叫んでしまった。


「キース!」


 不用意に名乗り出てしまったキースをたしなめるため、とっさにカイも叫んでしまった。


 しまった――! キースの名前を知らせてしまった……! 相手が何者かもわからないのに!

 

 カイはうっかり叫んでしまったことを悔やむ。もしかしたら敵に通じるものかもしれない、こちらからむやみに情報を出すべきではなかったのに、とカイは思った。


 しかも、名前というものには、その人を形作る重要な要素が含まれている。魔法や呪術に使われてしまったら――!


 カイは青ざめ、どう対応したらいいか、急いで考えを巡らす。


「吟遊詩人のあんちゃん! 俺はキースっていうんだ! なあ、なんであんたは俺たちのこと知ってんの?」


 明るく大きな声で、謎の吟遊詩人に思いっきり話しかけるキース。カイは卒倒しそうになる。


「キース! なに陽気に話しかけてるんですかっ!」


「えっ!? だって、めっちゃ不思議じゃん!」


「不思議じゃんって……!」


 吟遊詩人は顔を上げ、キースとカイを見つめた。

 

「私が、あなたがたを知っているって……?」


 吟遊詩人は、ゆっくりとした口調で逆に問いかけた。


「ああ。今の歌、俺たちのことを歌ってただろ?」


「ええ……!? どういうことでしょう? 今の歌は私が作った、まったくのオリジナルソングなのですが……?」


「オリジナル……、ソング……?」


 なにか、響きが軽い。オリジナルソングなるものらしい。しかし吟遊詩人はとぼけているのではなく、本当になにも知らないようだった。


「ひらめいたんです。自然に歌詞が」


「ひらめいた……?」


「はい。不思議な内容だなあと自分でも思うのですが……」


「へー! すげーなあ! あんた天才じゃん!」


 キースが叫び、カイは腰砕け、またまた倒れそうになった。


「ほ、本当になにもご存知ではないのですか……?」


 おそるおそる、カイが尋ねる。


「ご存知って……、そんな、そんな不思議なことが実際にあるのですか……?」


 吟遊詩人の銀色の瞳には、あきらかに動揺の色が浮かんでいる。まさか、自分の歌が実際に起こったことを物語っているなど、とても信じられないといった表情だ。


 この人が、嘘を言っているとは思えない――。


「なあ! それじゃ、続き歌ってよ! どうなんの? そのあと!」


 カイの動揺をよそに、キースが明るく歌の続きを催促する。


「え……? あ……、はい」


「中断させて悪かったな。ぜひ、続きを聴かせてくれ!」


「は、はい――」


 吟遊詩人は、ふたたび楽器を奏で始めた。


『若者たちは北へと向かう

 聖なる巫女の住まう国

 四つの道具を守るため

 世界の平和を保つため

 杖 杯 剣 鈴 四つが揃う

 悪しきものに渡してならぬ

 悪しき道へと進めてならぬ

 四つの道具は平和のために

 四つの力は正しき道へ』


 ひと呼吸置いてから、吟遊詩人は楽器を激しくかき鳴らす。

 どうやらサビに入るようだ。


『私は詩人

 吟遊詩人

 三度の飯より歌が好きぃぃぃぃぃ

 どうか皆さん聴いてってぇぇぇぇぇ

 お金もちょっぴり置いてってえ

 歌ではおなかが満たされぬ

 現実的なものもいる

 ああ 欲しい お金 おかず お味噌汁

 ついでにふかふかお布団も』


 急に現実的で切実すぎるサビらしき部分を歌い終え、緩やかなメロディに移行する。


『四つの道具を守るため

 世界の平和を守るため

 若者たちは旅に出る

 旅の間のできごとが

 彼らの強さと優しさに

 きっと繋がることだろう

 世のための旅は我のため

 世のためと 思う心は

 我ために

 旅を終えても試練は続く

 旅を終えても旅続く

 人の世は旅 魂の

 四つの道具は語り継ぐ

 若者たちのよき日々を

 たとえふたたび悪しきもの

 生まれ 力を狙おうと

 四つの道具は信じてる

 人の強さと優しさを

 四つの道具は時を越え

 人の強さを語り継ぐ』


 じゃらーん。


 楽器をかき鳴らす。どうやら曲が終わったようだ。


「な、なんか合間にものすごい現実的なものが入ったけど……」


 ぱちぱちぱち。


 吟遊詩人に惜しみない拍手を送る。ついでにお金も。


「いやあ。素晴らしい歌声と演奏だったねえ! いい曲だったよ!」


「最後まで聴いてくださり、あたたかなお心づけまで、本当にありがとうございます」


 吟遊詩人は深々と頭を下げた。


「どうして、この歌を歌おうと思ったのですか……?」


 カイが、吟遊詩人に尋ねた。


「突然私の頭に思い浮かんだこの不思議な歌詞は、なんとなくとても大切なものに思えたのです。きっと、この歌が誰かを励ますことになるのではないかと思って――」


「そうですか……!」


 カイは、穏やかな微笑みを浮かべた。なぜ彼が自分たちのことを歌詞として思い浮かべたかはわからない。きっと、不思議な力がそうさせたのだと思う。カイたち四きょうだいの存在を、そしてキースたちの行動を、旅のすべてを、不思議な高次の存在が応援してくれているような、そんなふうに感じた。


 俺を、俺の存在自体を、肯定してもらえたみたいだ――。


 カイの心に、まるで日の光が差したように明るく力強いものが満ちてきた。


 俺は、この世界で異質な存在、魔法でできた人工のもの。それでも、こうして歌として人に歌ってもらえた――! たとえ、俺の存在が誰にも知られることがなかったとしても、俺のことを歌ってくれる人がいる、聴いてくれる人もいる――!


 吟遊詩人にはなんのことかわからないだろう、それでも、カイは嬉しかった。


「素敵な歌声に、たくさん元気をもらえました。ありがとうございます!」


 カイは、吟遊詩人に一礼した。深い感謝の心を込めて――。


「俺も、とっても励まされたよ! ありがとう!」


 キースも笑顔で吟遊詩人に礼を述べる。


「まさか、自分の空想の歌が、現実にあるのでしょうか――」


 吟遊詩人は、信じられない、というような顔をしていた。


「あっ! いいの、いいの! 細かいことは気にしないでくれ! 意味は気にせず、いろんな国でどうか歌を歌っていってください! なっ、カイ! この内容だったら知られても問題ないだろ? ほんと、元気をもらえたよ! ありがとう! これからも、歌の力で大勢の人たちを励ましていってくれ!」


 キースの言葉に、カイは笑顔でうなずいた。敵や悪人が歌詞を知ったところで、この内容なら問題ないと思えた。


「はい……! 吟遊詩人さん、これからもたくさんの歌を届けていってください……!」


 皆、吟遊詩人に笑顔で手を振り広場を後にする。


「まさか、俺たちのことを歌にしてくれるなんて――!」


 キースは、しみじみと呟く。


「本当に、不思議なことがあるものですね」


「なぜか、肝心のサビの部分が吟遊詩人自身の心の叫びだったけど」


 皆、そこだけ妙にリアルな歌詞を思い出して吹き出してしまった。


「ほんと、現実的なものも大切よね」


 アーデルハイトが微笑む。


「なんだかおなかすいちったなー! 俺も、おかず、味噌汁欲しいなあ! もちろんごはんも!」


 キースが、おなかに手を当てながら叫ぶ。


「お店を見つけたら、お昼にしましょうか!」


 ミハイルが、笑って提案する。


「そうだな! 腹が減ったら旅も出来ぬ!」


 宗徳も、笑顔で声を張り上げた。すると、イエーッ、イエース! とユリエが威勢よく右こぶしを突き上げた。誰よりも食べる気満々だ。




 食堂に入り、注文を済ませ料理を待っている間、国境検問所で撮ってもらった写真を、それぞれ見せあった。


「四枚とも微妙に違うのね」


 連写した四枚は、皆笑顔だったが、一枚一枚少しだけ違っていた。


「全部欲しいくらいですね」


 ミハイルの言葉に、皆うなずく。とても貴重な四枚の写真。


「一人、裸がいるなあー」


 キースが、カイを見ながらニヤリと笑う。


「しょ、しょーがないじゃないですか! まさか俺が映るとは思わなかったし……!」


 カイは、真っ赤になって叫ぶ。ぼんやりなんだから、問題ないでしょ、と付け足す。

 

「んー。もっとクリアだったら、後世に語り継ぐ変態の図になるところだったのに、惜しかったねえ!」


「変態の図とはなんですかっ!」


 国境検問所で、全裸で集合写真に写り込む、それは確かに変態の所業。

 皆、笑顔になった。明るい笑い声。写真と同じような、輝く笑顔。

 カイはキースにからかわれ、ちょっとすねながらも、吟遊詩人の歌を思い出す。


『四つの道具は語り継ぐ

 若者たちのよき日々を』


 そうですね。俺は、きっといつまでも、この楽しい日々を忘れない――。


 いつまでも、いつまでも。

 たとえ写真が色褪せても、皆との笑顔の思い出を、カイが忘れることはないだろう。

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