第62話 初雪のように
家々に明かりが灯るころ、空から白いものが舞い降りてきた。
「雪……!」
初雪だった。
「寒いと思ったら、雪かあ……!」
雪は、キースの手のひらに降りると、はかなく消えて無くなってしまった。
「これからは、空の移動は難しいかもしれないなあ。雪のひどいときは、陸路で行くしかないな」
悪天候のときは、ドラゴンたちに無理をさせないよう、陸路をとるということで、一同うなずき合った。
今晩泊まる宿も無事決まり、夕食をとるための食堂を探す。
「それじゃ、またキースとアーデルハイトさん、お二人でお食事してきてくださいね。僕たちは僕たちで食べてから、宿屋に向かいますから!」
そうミハイルが笑顔で告げると、キースとアーデルハイトの返事を待たずに、ミハイル、宗徳、妖精のユリエは、あっという間に手を振ってどこかへ行ってしまった。夕方以降はキースとアーデルハイトがなるべく二人きりの時間を過ごせるよう、皆、気を遣っているのだ。
キースとアーデルハイトは、顔を見合わせ、照れたように笑い合う。
「それじゃ、俺は剣の姿に」
あっという間に、カイは剣の姿になる。カイもおおいに気を遣っていた。
「カイ……。ってことは、カイの服はもう、俺の荷物の中に入ってるってわけ?」
「滅悪の剣」に戻るときカイは、服を脱いでたたんでキースの荷物に入れているという。このときとばかり、キースは自分の手荷物を確認してみた。一番上に、カイの服がきれいにたたまれてあった。
「ほんとだ! ちゃんとたたんで入っている!」
改めて驚く。カイの素早さと器用さに、キースは舌を巻き、感動すら覚える。
「すごいなあ! カイ! それにしても、こんな雪が降ってるときに、寒くないのかなあ?」
滅悪の剣は、青く二回光った。「いいえ。寒くないです」と言っているようだ。
「たぶん、変身のときや剣の状態のときは、人間の感覚と違うのよ」
アーデルハイトの言葉に、滅悪の剣は一回青く光った。「そうです」と言っているようだ。
「ふうん。そうなのかあ。それにしても、今、カイは全裸かあ……」
キースの呟きに答えるように、滅悪の剣は青く何回も光った。
「なんだ、今の?」
「ええと、たぶん、『だからそこは、追究しないでください』って言ってるんじゃない?」
カイが、素早く人の姿に戻った。服はもうすでにしっかり着ている。
「そうです。アーデルハイトさん。よくわかりましたね」
それだけ言うと、カイはまた剣の姿になった。服は、やはりキースの荷物にたたんであった。大変見事な早業である。
「めんどくさい奴だなー」
思わずキースは笑ってしまった。
滅悪の剣は、青く何回も光る。
「カイが、『俺がめんどくさいんじゃなくて、キースがめんどくさくしてるんです!』って言ってる」
アーデルハイトは、思わず吹き出しつつ通訳する。
「そうです。アーデルハイトさん。完璧な通訳です」
ふたたび素早く人間の姿に戻ったカイは、それだけ言うとまた剣の姿に一瞬で戻る。真面目で律儀なカイは、スルーしてもよさそうなことまで、わざわざちゃんと答えていた。
「やっぱ、めんどくせー! ずっと人の姿でいたほうが、話が早いんじゃねえ?」
笑うキースに、光る滅悪の剣。
「『俺のことは気にしないでください』って言ってる」
アーデルハイトは完璧に通訳した。滅悪の剣はうなずくように一回光る。
アーデルハイトの新たな才能が開花した。剣の通訳である。ただし、カイ以外需要はなさそうだ。
なんだか、ロマンチックだな……。
町の輪郭を柔らかく彩る純白に、アーデルハイトは目を細めた。
「アーデルハイトは、冬、好きか?」
ぬくもりを感じながら、耳に届くのは穏やかなキースの声。二人は手を繋ぎ、寄り添いながら、ゆっくりと歩いていた。
トクベツな、時間。
肌に感じる冬の空気の冷たさが一層、今のあたたかさを感じさせてくれる。
「うん。私、冬生まれなんだ」
「えっ? そうなの? じゃあ、もしかして、誕生日も近い?」
「うん。実は来月なんだ」
「へえ! そうかあ! 誕生日には、お祝いしなくちゃな!」
「ふふ……! ありがとう……!」
一瞬、ほんの一瞬だけ、アーデルハイトはクラウスのことを思い出していた。
クラウスと過ごした二人きりの時間、美しい誕生プレゼント、すべてが完璧に思えた、甘く幸せなひととき――。
頬に飛んで来た雪は、すぐに消えてなくなった。
初恋は、うまくいかないことが多いって、聞いたことある――。私の初恋……、初雪のように、溶けてなくなってしまった――。
ぎゅっ。
アーデルハイトは、キースの腕に自分の腕を絡め、強く体を密着させた。
「ん?」
「……冬は、こういうことできるから、いいよね……!」
「……冬じゃなくてもこういうことはできるよ」
キースが、そっと呟く。
「……夏も?」
アーデルハイトは上目遣いにキースを見る。
「夏も、真夏も!」
大声で言い切るキース。照れているためか、必要以上に声が大きくなっている。
「……きっと、暑いよ?」
アーデルハイトは自分の頬の熱さを感じつつ、はにかみながら笑う。
「暑くてもいいよ! 冬だって全裸のやつもいるんだから、そんなの気にすんな!」
思いっきり、カイのことを指している。きっと照れ隠しなのだろうが、カイにとっては、とんだ言いがかりだ。
「夏も、秋も、春も、平気?」
「もちろん! 夏も秋も春も、一年中大歓迎だっ!」
「一年中――」
「おう! 一年、来年も、その次も、なんなら永遠に大歓迎っ!」
「永遠!?」
「おう!」
キースとアーデルハイトは、笑顔を交し合う。
雪が溶けても、季節が変わっても、ずっとキースは変わらない、ずっと隣にいてくれるんだ――。
自然に、そう信じられた。
きっと、この先も遠い未来も、私たちは笑顔を交し合えるんだ――!
「さあて、なに食べよっかなー!」
通りの中というのに、キースは、大声で言う。照れ隠しの延長戦だ。
「アーデルハイト、なにが食べたい?」
アーデルハイトに明るく尋ねた、そのときだった。
「私は、かき氷が食べたい」
ん……!?
突然、後ろから若い男性の声がした。
「私は、アーデルハイトじゃないけれど、かき氷が食べたい」
「誰!?」
キースとアーデルハイトは、振り返った。すぐ後ろに、艶やかな長い黒髪、透き通るような白い肌の、端正な顔立ちの青年が立っていた。
「こんばんは。私は雪男です」
「ゆ、雪男……!」
そう名乗る青年は、宗徳の着ているような着物を、優雅に着こなしていた。
「雪男って、なんかイメージと違う……!」
雪男といえば、純白の長い体毛の、巨大な怪物のイメージである。
「正確には、『初雪男』です」
「初雪男!」
初雪男、初耳である。
「初雪男は、初雪が降ると現れると言われています」
「自分のことなのに、なんで伝聞口調なんだ」
初雪男の発言の文末を、キースは聞き逃さなかった。そして、追求せずにはいられなかった。
「……初雪男は、初雪が降る日、かき氷を食べたいと、最初に出会った人におねだりすると言われています」
「だから、なんで自分のことを話しているのに伝聞口調なんだ」
初雪男は、一つ咳払いをした。
「……正確には、初雪が降ると誕生し、かき氷を食べたがります」
初雪男は正直に自分について話す。やはり、人ごとのような自己紹介である。
「……かき氷を食べたがるんだ……」
「食べたいです。かき氷」
初雪男は、すがるような目でキースを見つめる。
「かき氷が食べたいの……?」
アーデルハイトが、優しく初雪男に声をかけた。
「はいっ! めっちゃ食べたいです! 舌が真っ赤になるイチゴ味のやつ、どうかおごってください!」
初雪男は、右手を出しながら深く一礼して懇願する。
「でもなあ、あるのかなあ? 今ごろかき氷のメニュー」
「あります! 毎年この時期ひとりは初雪男が現れるので、町のほうで対応してくれているのです!」
「毎年ひとりは現れるんだ……。それにしても、めっちゃいい人だなあ! 町の人!」
町の人々は、いつ初雪男が現れても大丈夫なように、万全の体制で臨んでいる。その優しさに、思わず感動するキース。
「町の人もちゃんと対応してくれてるようだし、これもなにかの縁だな。うん。わかった! かき氷、おごるよ! 一緒にごはん食べよう!」
「ありがとうございまーす!」
初雪男は、満面の笑顔を見せ、深々とおじぎをした。
「この町の、すべての飲食店でかき氷を扱っているので、どの店でも大丈夫です!」
「すごいなあ! 初雪男、歓迎されているなあ!」
初雪男の存在は、すっかり町の生活に溶け込んでいた。
キースとアーデルハイトと初雪男は、一番近くにある店に入った。
「ほんとだ……! かき氷、メニューにちゃんとある……!」
『かき氷 イチゴ味
かき氷 メロン味
かき氷 レモン味
かき氷 練乳かけ
かき氷 レンコンかけ
かき氷 かき氷味
かき氷 すき焼き味
すき焼き かき氷味……』
「かき氷、やたらと充実してる! そして、めっちゃ気になるメニューあるんだけど!」
謎すぎるメニューがいくつか紛れている。
「イチゴ味をお願いします!」
初雪男は、やはり「イチゴ味」をリクエストした。
「これだけ気になるメニューがある中で、初志貫徹、すごいなあ、初雪男……!」
初雪男のブレない生きざまに感心するキース。
「私は、ハンバーグセットにするわ」
アーデルハイトは、かき氷シリーズの隣にひっそりと書いてあった無難な料理を選んだ。
「そうかあ! じゃあ、俺は思い切って『すき焼き かき氷味』にするよ!」
キースはあくまで攻めの姿勢でいくことにした。
「美味しい……! 美味しいなあ……!」
初雪男は、いたく感激しながらかき氷を頬張った。
「そんなに喜んでくれるならよかった!」
舌を真っ赤にさせながら、大喜びでかき氷を食べる初雪男を見て、キースも笑顔になる。
「頭、痛くならない?」
「はい! 大丈夫です! なぜなら、初雪男ですから!」
初雪男は、一気にかき氷を食べ終えた。
「本当にありがとうございました。ご馳走様でした」
スプーンを置き、初雪男は改めて深々とお辞儀をした。
「ああ、いいよ、いいよ! 安いものだし、よかったよ、喜んでもらえて!」
「本当に、ありがとうござい……、ま……、し……、た……」
初雪男は、輝くような笑顔を残し、初雪のように淡くはかなく――、消えていった。
「は、初雪男……!」
初雪男の姿は、もうどこにもなかった。
現れたときと同じように、唐突すぎる、あっという間の別れだった。
「きっと、彼は満足して、空に還っていったのね……」
アーデルハイトが、しみじみと呟く。
「お客様、とてもいいことをなさいましたね。初雪男にかき氷をおごった者は、その後、雪に難儀することはないと言われています」
店の主人が、伝聞口調でキースたちに話しかける。
「そうなんだ……! 初雪男、こちらこそ、ありがとう……!」
初雪男の座っていた椅子は、少しだけ濡れていた。
外に出ると、雪はもう止んでいた。
「アーデルハイト、ハンバーグセット、美味しかった?」
「うん! 美味しかったよ! キースの『すき焼き かき氷味』はどうだった?」
「うん! かき氷味だったよ……!」
キースとアーデルハイトは、微笑みを交し合う。
そして、手を繋いだ。
「もし帰り道もこの町に立ち寄ることになったら、『かき氷 すき焼き味』を食べてみようっと!」
キースは、チャレンジ精神に溢れていた。
アーデルハイトは、ちょっぴり苦笑する、なかなか、二人きりってなれないもんだね――、と。でも、初雪男の嬉しそうな顔を思い浮かべると、自然と笑顔になっていた。
それから――、「かき氷 かき氷味」もちょっぴり気になる、とアーデルハイトは思うのだった。
「かき氷 レンコンかけ」も謎なのだが。




