いざ! バルイナ王国へ!
「な、なんじゃこりゃああっ!?」
朝、厩舎に行くと、見知らぬ動物がいた。
いや、見知らぬ動物のはずがない。そこにはちゃんと、ペガサスのルーク、ドラゴンのゲオルクとオレグがいたのだから。
全身もこもこした毛に覆われた、謎の翼の生えた生き物――。
「吉助! 冬毛になったのか!」
宗徳が嬉しそうに叫んだ。
えっ。
一同驚く。
「吉助!? これが!?」
まるで、羊のようだった。
鹿が、羊になった……!
「一晩で、こんなに変わるのか!?」
「ああ。毎年冬が近づくと、一晩で冬毛に変わる」
「毛、伸びんの、早すぎっ!」
驚異的な伸び率である。
「よかったなあ。吉助。これでお前も、いつ冬が来たって安心だな!」
キースは、吉助のふわふわになった頭をわしわしと撫でた。
「ピィー!」
吉助は、頬をすり寄せ、キースに甘える。
その様子を見ていたルークとゲオルクは羨ましそうな顔をし、自分たちもキースに撫でてもらおうと吉助の後ろに並ぶ。
「おいおい。またお前らも甘えたくなったのかよ!」
キースは、ルークとゲオルクも順番にたっぷり撫でてあげた。ルークとゲオルクは満足そうに目を細め、喉まで鳴らした。
ドラゴンのオレグは、その脇で知らん顔をしていたが、あきらかに横目で皆の様子をちらちら見ている。
「オレグ! お前も、ほんとは甘えたいんだろお!?」
キースはそう言ってオレグの頭もわしわしと撫でてあげた。
「キエアアアーッ!」
オレグは嬉しそうに鳴いた。本当は、キースに甘えてみたくてしょうがなかったのだ。
「ツンデレだなあ!」
キースは笑いながら、ルークやゲオルク、オレグも冬毛になったらどんな感じなんだろう、と想像していた。
――もこもこになった、丸い聖獣が四つ。
「ははははは!」
――めっちゃかわいいじゃん!
ついでに、人間も妖精も、もこもこになったらどんな感じか想像してみた。
「ははははは!」
――謎の毛玉軍団! 怖ぇーって!
さらに、もこもこの毛の生えた剣も想像した。
「斬れねーっつーの!」
――毛玉の剣! 巨大ストラップか!?
キースは一人爆笑していた。
「……みんなを撫でて、一人ハイテンションになってる……」
カイは、撫でることで聖獣たちから、謎の幸せ物質が放出されてるのかなあと考えた。自分が想像の中で丸い毛玉にされているとはつゆ知らず。
「さあ! そろそろ出発すっかあ!」
今日も、気持ちのいい青空。
「妖精にペガサスにドラゴンに……、それから、珍しい聖獣を連れているねえ! いやあ! 長年検問所にいるけど、まったくこれは初めて見た! なんという聖獣なんだい?」
国境検問所の役人たちが、吉助を見て驚嘆の声を上げる。
ここは、バルイナ王国国境検問所。一同は、ネクスター国の北に隣接する、バルイナ王国に入国しようとしていた。
「翼鹿です。翼鹿の、冬毛バージョンです」
宗徳が笑って答える。
「もふもふだねえ!」
「もふもふだ!」
「ピイ!」
役人たちは、吉助の頭や体を撫でていた。吉助は目を細め、嬉しそうに短い尻尾を振る。またゲオルクが、自分も撫でてもらおうと吉助の後ろに並ぶ。ルークとオレグは、知らない人間だから撫でてもらわなくても結構、とそれぞれご主人のキースとミハイルの脇から動かない。
「もふもふじゃないけど、お前も人懐っこくてかわいいねえ!」
「おー、よしよし、いい子いい子」
「きゅー!」
ゲオルクは、甘えん坊である。大人になっても。
ゲオルクの後ろに、キースも並んでみた。
「俺も並んだら、撫でてもらえるのかな」
キースが呟く。
「なんでよ」
アーデルハイトがすかさずツッコミを入れる。身分証のないカイは、剣の姿になっていたので黙っていたが、心の中で、おじさんに撫でられたいのですか、あなたは、とツッコミを入れていた。脱線してもすかさず軌道修正をしてくれる存在が二人もいて、キースは幸せ者である。それでも学習はせず自由なままだが。
役人たちは、なんとなく勢いでキースの頭も撫でてあげた。
「まんざらでもないなあ」
キースは、ゲオルクと吉助と顔を見合わせ満足そうに笑う。
ほんとに撫でてもらってるし!
一同絶句する。ルークとオレグまで、思わず口をあんぐり開けて呆れていた。
「へえ。あなたがたは、ノースカンザーランドへ向かっているのか。つい十日ほど前も、ノースカンザーランドへ旅するために入国すると話していたドラゴンに乗った一団がここを通ったよ。しかもその人たちは、お嬢さんと同じハウゼナード人だったねえ」
「えっ……! それはきっと、フレデリク先生たちだわ……!」
思わずアーデルハイトが叫んだ。
「そうそう! フレデリクという人もいたよ。俺の妹の旦那と同じ名前だから憶えているんだ。この国では、ちょっと珍しい名前だから余計憶えている」
「やっぱり……!」
一同は、顔を見合わせた。
「あの……! それじゃあ、黒いドラゴンに乗った、長い金髪の若い男性は来ませんでしたか!?」
アーデルハイトが尋ねた。
「さあ……。そんな人は来なかったと思うよ。黒いドラゴンも珍しいから、来たら覚えていると思うがねえ。うん。そんな旅人は来てないなあ」
「そうですか……」
クラウスは、この地を訪れていない。入国チェックの厳しかったネクスター国を避けたため、別ルートを通っているのだ。
「ようこそ! バルイナ王国へ! ノースカンザーランドも神秘的で興味深い国ですが、このバルイナ王国も、精霊や聖獣など不思議な存在が数多く住む、自然豊かな平和な国です。どうぞ旅を楽しんでくださいね!」
一同は、無事入国の許可を得た。
「ところで、わが国には、偉大な発明王がいるんです」
「発明王……?」
「はい。様々な機械や乗り物を発明し、制作しています。ここに、『写真機』という素晴らしい彼の発明品があります。わが国では、高額ですが大変人気のある機械です。まだ数は多くないですが、海外にも輸出しているんですよ。この写真機とは、絵画のように、人物や風景を紙にそっくり再現出来るというものです。お値段は少々かかりますが、皆さん揃って一枚、記念にいかがですか?」
そういって、役人は部屋の隅に置いてある大きな機械を指差した。長方形の金属の機械で、あちこちに大小様々な歯車が付いている。上の方に、鏡のような大きなレンズが付いていた。一同、こんな不思議な機械は見たことがない。
見本に、役人たちが揃って映っている写真も見せてくれた。
「へえー! すごいねえ! まるで魔法だねえ! 不思議―!」
「これはいいですね! お願いしてみましょう」
皆の写真を撮ってもらうことにした。キースとアーデルハイトとミハイルと宗徳、それぞれ一枚ずつ購入することにした。合計、四枚のお買い上げである。
「はい、撮りますよー!」
カシャ、カシャ、カシャ、カシャ!
軽快なシャッター音。それから歯車がゴトゴト音を立てて回る。しばらくすると、下の方の取り出し口から四枚の写真が出てきた。
「あれっ! こ、これは……!」
役人の顔が青ざめた。
「えっ? どうしたんです? どれどれ。あっ! すごいじゃないですか!」
一同は笑顔になった。役人たちだけ青ざめて震えている。
「こ、これは! 『心霊写真』というものじゃないですかっ!」
役人が叫んだ。
「すみません! 噂では聞いたことがありますが……、私共のところでは、こんなことは初めてです! ああ! こんなにはっきりと!」
「お化けだ! 男の子の幽霊が映ってる……!」
口々に役人が叫ぶ。
「え……?」
一同、改めて写真を見る。四枚とも、しっかりと――、人間の姿のカイが映っていた。
「あっ……!」
カイは剣のまま、キースの腰のところに納まっている。それが、写真ではしっかり人間の姿で映っていたのだ。不思議なレンズは、しっかりと人としてカイの姿を捉えていた。
「も、申し訳ございません! これは、こちらで責任を持って処分いたしますので……」
せっかくの旅行に水を差してしまった、と役人は思った。
「いえいえ! あの……、彼は僕たちの大切な友人なんです! ああ! よかった! これは僕たちにとって大切な写真です! お願いして本当によかった! 本当にありがとうございます!」
慌ててミハイルが叫んだ。
「お友達でいらっしゃいましたか……、まだこんな少年なのに……、ああ、こんなに明るく微笑んで――」
役人たちは、カイのことを若くして亡くなった気の毒な少年だと思い込んだ。
「大切にします……! 本当に、ありがとうございました……!」
一同、深々とお辞儀をする。
役人たちは、不遇な異国の少年の魂を想い、涙ぐんでいた。
きっと、この少年もこの人たちと一緒に旅をしたかったんだろうな――。
「そうですか、そうですか……。皆さん……、どうかお元気でよい旅を続けてくださいね……」
役人たちは、ずっと手を振って見送ってくれた。
「俺、死んだことになってるんですかーっ!? しかも男の子、少年ってーっ!」
人の姿に戻ったカイの叫びである。
「しょうがないだろー! そう見えたんだから! 少年って、少女よりはいいだろ」
「さすがに女の子には見えないでしょう!? 俺は、大人の男設定、二十代仕様です!」
でも、女の子にも見えなくはないんだよな……。
一同、そう思ったが、そこは黙っておいてあげた。
「よくあの場で弁解せず我慢してたなあ。偉いなあ、カイ。よしよし」
キースはカイの頭を撫でた。
「子ども扱いしないでくださいっ!」
皆、笑いを堪えていた。子どもって、幽霊って……!
「でも……、本当に……、これはいい記念ね……!」
皆、笑顔で映っていた。四枚とも、皆輝くような笑顔。
「全員ちゃんと写ってるからな! カイも人の姿として写ってくれてよかったよ!」
キースは写真を眺めながら、よい仲間に恵まれたことを改めて感謝したい気持ちになっていた。
――一生モンの、宝物が出来たな!
そっと、カバンの中にしまう。折れたり汚れたりしないように、手帳に挟む。実は、誕生日にカイから贈られた四つ葉のクローバーも、丁寧に挟んでいた。キースは、ほとんど手帳を活用していないけれど。
発明王、精霊、聖獣……。不思議な国、バルイナ王国への旅。
澄んだ青空の下、これから始まるであろう新しい冒険に、皆明るく新鮮な気持ちになっていた。




