第59話 星空の下を歩く。二人で。
夕暮れに染まる石畳を歩く。
ひんやりとした風が、秋色の落ち葉を舞い上げた。
キースたち一行は、今夜の宿を探していた。
こつん。
アーデルハイトの肩が、キースの腕に触れる。
「ん?」
キースは、隣にきたアーデルハイトを見る。
アーデルハイトは、頬を染めながら上目遣いにキースを見つめていた。
アーデルハイトがなにか話しかけてくるのかと待ったが、特に言葉はない。
アーデルハイト。なにか、もの言いたげだが――。
アーデルハイトは、ためらいがちに視線を落とした。
はて。
微妙な仕草。もしかして、言いたくないなにかがあるのか、とキースは思った。
アーデルハイトは、周囲の皆に、気付かれたくないなにかがあるのかもしれない。これはきっと――。
キースは、アーデルハイトに小声で尋ねた。
「なんだ? トイレか?」
ばしっ!
アーデルハイトに、腕を叩かれた。
「なっ!? なんで、叩く!? ああそうか! 大のほうか!」
ばしーん!
さらに、キツイ張り手が飛んだ。
「違うっ!」
ぷいっと顔をそむけるアーデルハイト。
「な、なんだ? 違うのか!?」
トイレの大小どちらも違う、でも恥ずかしそうな顔で、アーデルハイトはなにかを俺に訴えている――。
キースは考え込む。
腹が減ったのだろうか。
でも、たぶんそれも違うだろうなあと思った。単なる空腹なら、恥ずかしがらず普通に話してくるはずだ、とキースは思う。
キースは、まず冷静に状況を分析することから始めようと思った。状況としては、今は夕方、これから宿屋を探すところ。前を歩くのは、ミハイルと宗徳、そして後ろには、カイとユリエ。
今、キースとアーデルハイトの二人が並んで歩いている。冷たい風が吹いて、ちょっと寒くなってきた――。
これは……、賭けだな。俺の予想は間違っているかもしれない。しかし、当たっているのかもしれない。やってみる価値はある――!
ぎゅっ。
キースは思い切ってアーデルハイトの手を握ってみた。
どうだ!? 正解か!?
アーデルハイトは、キースの瞳を見つめ、ゆっくりと微笑んだ。
「あ、当たった……! 俺は……、俺は、賭けに勝ったんだ……! やったあああ!」
ばしっ。
「そんなに難問ですか」
二人の様子を見ていたカイが、たまらずキースの背を叩いてツッコミを入れた。
無事、今晩泊まる宿が見つかった。
翼獣たちを宿屋の厩舎に預け、夕食を食べに行こうということになった。
「キース。アーデルハイトさんと、お二人で食事に行ったらどうですか?」
ミハイルが、明るく提案した。
「えっ……!」
キースとアーデルハイトは、顔を見合わせる。
「うん! それいい考えだね! やっぱ、二人の時間もないとね!」
妖精のユリエが後押しした。ユリエは、ふふふ、と笑い、楽しそうに空中でひとり踊る。
「俺は、剣の姿に戻りますね。俺のことは気にしないでください。寝てますから」
そう告げるやいなや、カイは剣の姿になり、キースの腰に納まった。
「じゃあ、二人でゆっくりしてきてくれ。俺たちは、飯を食ったら先に宿屋に戻るから」
宗徳が、そう言って笑顔を見せた。ミハイル、宗徳、ユリエで食事に行くようだ。ミハイルたちは手を振って、さっさと通りの反対側のほうへ行ってしまった。
「えーと……」
あっという間に残された、キースとアーデルハイト。ミハイルたち、こういうときは一致団結し、やたら行動が早い。
「じゃ、じゃあ、俺たちも飯屋を探すかっ!」
どうも言葉がぎこちない。しかし、アーデルハイトは、
「うん……!」
輝くような笑顔だった。
嬉しいな。
ただそれだけで、嬉しいとキースは思った。
また、手を繋いだ。今度は、自然にそうした。
「アーデルハイトは、なにが食べたい?」
そう聞いてみてから、キースはハッとする。
そういえば、俺はアーデルハイトの好きな食べものもなにも知らない――!
なにが好きで、なにが嫌いか。好きな季節は、好きな色は? 趣味はなにか、どういう時間の過ごしかたを好むのか――、お互い、知らないことだらけだ、と思った。
「俺……。そういえば、アーデルハイトの好きな食べものも知らない。アーデルハイトのこと、知っているようで知らないことばかりだ――」
キースは、今思ったことを正直に伝えた。
「そう?」
アーデルハイトは、キースの瞳を見つめ、微笑んだ。
「私のこと、知りたい?」
アーデルハイトは、いたずらっぽく笑う。
「うん。知りたい」
キースは素直にうなずいた。
「じゃあ、私から目を離さないで!」
「ん!?」
ふわり、アーデルハイトは手を繋いだまま、ペアダンスのようにキースからいったん身を離す。長い金の髪が踊る。
「全部は教えてあげないよ! 私のこと、ちゃんと自分で見て感じて――!」
「んんん!?」
アーデルハイトは、キースにふたたび体を寄せた。
「私も、キースから目を離さないから。キースのこと、もっともっとわかるよう頑張っちゃうんだから……!」
どこか蠱惑的な笑みを見せるアーデルハイトに、キースは照れくさそうに微笑み返した。
「……頑張らなくていいよ」
キースは呟く。
「俺は、単純だからなあ」
「確かに!」
アーデルハイトは、くすっと笑う。
「俺は、自分の思いや気持ちはなるべくきちんと伝えようと思う。だから、アーデルハイトも俺に伝えてくれ。努力とか、しなくていいよ。お互い、自然に寄り添っていけたら、と思う」
「うん……! そうだね……!」
自然に二人は腕を組んでいた。キースはアーデルハイトの歩調に合わせて歩く。ちょっとぎこちない。でも、それでいいと思う。
少しずつ、少しずつ、お互い分かり合うことができればいい――。
町は、優しい灯りを灯し始めた。
キースとアーデルハイトは、レンガ造りの雰囲気のあるレストランに入ることにした。
二人は、革張りのメニューを手にし、注文を考える。
『初心者コース』
『中級者コース』
『上級者コース』
「なんだろう。このコース料理……」
単品の料理は、ステーキやハンバーグ、パスタなど、ごく普通の料理だった。なぜか、コースメニューだけ奇妙だった。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
ウェイトレスが微笑みながら尋ねる。
「……この、『初心者コース』ってなんなんですか?」
キースは、ウェイトレスに尋ねてみた。
「初心者のコースでございます」
にっこり微笑むウェイトレス。
「なんの?」
「料理人の種別でございます」
「料理人の種別?」
不思議そうな顔をするキースとアーデルハイトを見て、ウェイトレスが言葉を付け足す。
「料理人が、初級者と中級者、上級者といるのです」
「料理人の腕前の話だったんだ!」
客に対するコース分けではなかった。
「『新米料理人』が初心者コース、『玄米料理人』が中級者コース、『古代米料理人』が上級者コースを担当しております」
「新米、玄米、古代米!? なんだその『米シリーズ』!」
新米料理人が新人料理人、玄米料理人が玄人料理人――、ベテラン中のベテランという意味らしい。そして、古代米料理人がこの店一番の腕前の料理人ということだった。価格設定も、初心者コースは格安、中級者コースはまあまあの価格、上級者コースが結構なお値段というもの。
「コース料理、気になるわね」
「なんか、初心者コースが、とっても気になってきた」
キースとアーデルハイトは、謎すぎるコース料理を頼みたい気分になっていた。
「ちなみにですが、普通の単品料理は、普通の料理人が担当しております」
「『米シリーズ』じゃないんだ!」
単品料理は、魅惑の「米シリーズ」ではなかった。「普通」の定義も気になるところだが。
「やっぱり気になるな……。『米シリーズ』! 俺は、初心者コースをお願いしようっと!」
「初心者コース!? キース、攻める姿勢ね! ええと。じゃあ、私は無難に中級者コースでお願いします」
「かしこまりました」
いったいどんな料理なのか、どきどきしながら二人は待つ。
「アーデルハイトの好きな食べものって、なに?」
料理を待っている間、キースが尋ねる。
「私、パスタが大好き! あと、甘いものも大好き!」
「甘いパスタか」
「違うわよ! パスタと甘いものは別!」
「甘いものは別腹って言うもんなあ」
「違うっつーの」
なんだか嚙み合わない会話をしているうちに、料理が運ばれてきた。
「前菜でございます。こちらが、初心者コースの『油まみれのぶつ切り肉』、こちらが中級者コースの『カルパッチョ』です」
「油まみれのぶつ切り肉!?」
出だしから、ぶっちぎりの差があった。
「美味しいわ」
アーデルハイトが、カルパッチョを一口食べて微笑む。
「んー。斬新だねえ」
味は、まずくはなかった。やはり新米とはいえ、一応プロである。
「初心者コースのサラダ、『素潜り左衛門のシーザーサラダ』、中級者コースのサラダ『スモークサーモンのシーザーサラダ』でございます」
「素潜り左衛門のシーザーサラダ!?」
素潜りの左衛門さんのシーザーサラダらしい。スモークサーモンは乗っていなかった。
「初心者コースの『トウモロコシ汁』、中級者コースの『コーンポタージュスープ』でございます」
出てくる料理すべてにはっきりとした差があった。アーデルハイトは笑顔でナイフとフォークを操り、キースは謎料理と格闘しながら食べた。特に、メインディッシュの肉料理の初心者コースは、固くて噛みちぎれない肉の塊で、野生の本能が目覚めるような奮闘を要求された。
「ああ! 美味しかった! 素敵なお料理だったわ!」
アーデルハイトは優雅な気分で店を出る。頬は上気し、瞳はうっとりと輝く。
「なかなかの戦いだったな……」
キースは謎の達成感に包まれていた。ただ食事をしただけなのに、突きつけられた挑戦に勝利したような高揚感。
「きれいな星空ね……」
アーデルハイトは夜空を見上げる。少し、吐く息が白い。
「アーデルハイトは、星座とかわかる?」
「うん。魔法学校で習ったわ。星の配置を知るのも重要なことよ」
「そっかあ……。方角を知るくらいしか、俺はわからん」
「旅をしているとき、方角がわかれば充分だわ」
「星座にはそれぞれ物語があるんだろう? ロマンチックだよな」
「ええ。色々な伝説や物語があるわ」
二人は星を眺めながら歩いた。手はしっかりと繋ぎ合っている。
いつしか歩調も自然に合っていた。
進む方角は、合っている。
手のひらに感じる確かなぬくもり。
俺たちには、いったいどんな物語があるんだろう……?
きらめく星々。
「あっ! あれは、正座よ!」
「ほんとだ。ちゃんと座ってるねえ」
とてもユニークな物語に違いない。




