第58話 靴屋と妖精
北に位置するノースカンザーランド。キースたちの旅の目的地である。
そしてさらに、カイの長兄コンラードのいるところは、雪山スノウラー山。防寒靴、もしくは登山靴が必要である。
「冬靴も見ておいたほうがいいな」
キースたちは、靴屋を探すことにした。
通りを挟んだ向こう側に、靴屋の看板があった。木の看板が、靴の形になっていたので、遠目でもすぐわかる。キースたち一行は、その店に入ってみることにした。
『本日臨時休業』
「えっ。臨時休業なんだ!」
店のガラスドアに張り紙があった。一同、ぼんやりドアの前に立つ。
仕方ない、他の店を探そうと、店に背を向け歩き始めたときだった。
背後から、ドアの開く音。振り向けば、店員らしき女性がこちらを見ている。
臨時休業なのに、店員さんがいたんだ。
でもまさか、ただ店をのぞいている集団のために、店を開けてくれるわけではないのだろう、店員さんはたまたま外に出るところだったんだろう、とキースは思う。
あれ。
店員らしき女性はその場で、じっ、とキースを見ている。と、いうより、キースの肩に座っている妖精のユリエを見ているよう。
妖精が珍しいんだろうな。
そう思ったものの、当の女性はそれ以上動く様子もなく、ユリエに視線を定めたままだ。キースたちになにか言いたそうではあるが、なぜか黙ってこちらを見つめるばかり。
「うむ。ええと。やはり今日は、臨時休業中なんですよね?」
女性の一番近くに立っていた宗徳が、尋ねていた。
「はい……。臨時休業といいますか、困ったことに、急遽店が営業できない状態になりまして……。あのう……。そ、その、あちらのかたのところにいるのは、もしかして――」
女性の視線は、相変わらずユリエに注がれている。ユリエもいたたまれなくなったのか、さっ、とキースの陰に隠れた。
「えっ。妖精だけど……、まあ、珍しいよね。で、ええと、それがなにか……? 営業できない状態……? あっ……!」
キースはそう答えつつ、ガラス窓から見える店内の様子に気付き、驚きの声を上げた。
店内の商品、つまり靴が、おかしな陳列になっていた。靴は、確かに整然と並べられてはいる。並べられてはいるのだが、すべてきれいに――、すべてきれいに、違う靴同士が揃えて並べられていた。
「な、なんで!? ずいぶん斬新な営業スタイルだなあっ」
奇妙な光景だった。右足のブーツの隣にあるのは、左足のサンダル。右足のハイヒールの隣に、左足の長靴……。めちゃくちゃな組み合わせのくせに、妙にきちんと揃えられている。
「……朝、店に来たらこうなっていたのです……。たぶん、妖精のイタズラなんじゃないかと……」
「それで臨時休業……、んっ!? 妖精!? ユリエは犯人じゃないぞ!」
さきほどから、女性がユリエを見ていたのは、ユリエを疑っていたためか、とキースは気付く。
「あっ……! 大変失礼しました! 大変申し訳ありません! そ、そんな、疑う気持ちでは……!」
思いっきり疑うような目で見ていたが、女性は大げさに手を振って否定してから、頭を下げ謝ってくれた。
ユリエが、そろそろとキースの肩に乗る、そして、キースと顔を見合わせた。
謝ってくれたから、いいよ、私は気にしないよ、とユリエは小声でキースに打ち明けた。
ユリエが怒っていない様子を確認し、キースは頭をかいた。
「いやあ、こんな状況の中、すぐに妖精が店の前に現れたら、そう思うのはしょうがないかあ。それより――、これは大変だな。直すの手伝うよ。すべて元通りに並べたら、店を開けてくれるか? 俺たち、北へ旅している途中で、冬靴を探してるんだ」
「どうも大変失礼しました」
店の奥から、店長とおぼしき人物と、若い男性店員が現れた。奥のほうでそれぞれ、靴を戻す作業をしていたようだ。
「本当に、困ったことになりまして――、お客様、私どものお手伝いをしてくださるというのですか……?」
おそるおそる尋ねる店長に、一同、笑顔でうなずいた。
「この店の靴は素敵な品ばかりですね。これもなにかのご縁でしょうから、どうか私たちに手伝わせてください」
アーデルハイトが、店長の問いに笑顔で応える。店長や店員たちは、ほっとしたような表情を浮かべた。
「イタズラ妖精、ひどいなあ! 同じ妖精として許せんーっ!」
ユリエは腰に手を当て、謎の犯人に対し怒りを表明した。
「そういえば、なぜ妖精……? 犯人が妖精っていう確証でもあるんですか?」
キースが、店長に尋ねてみる。魔法を使ったということなら、魔法使いという可能性だってある。
「わ、私どもの推測なのですが……、妖精さんは、こういう意味不明なイタズラが好きなんじゃないかなあと思って……。いえ、みんながみんな、そうとは思いませんけれども!」
店長は、申し訳なさそうに、ちらちらユリエを見ながら、そう述べた。
「うーん。そうだねえ。確かに、こーゆー変なこと好きなやつ、いるんだよねえ」
ユリエは反論するどころか、店長たちの推測にうなずいていた。
「とりあえず、直そうか」
宗徳が、靴に手を伸ばした。
「あっ! 待って!」
ユリエが、宗徳を止めた。そして、明るい笑顔で言い放つ。
「いい魔法があるの!」
「えっ……! 魔法? ユリエちゃん、大丈夫!?」
ユリエの魔法の「未熟者オプション」の被害者であるアーデルハイトは、思わず声を上げる。
「大丈夫、大丈夫! そのイタズラ妖精も魔法でやったんだろうから、私の魔法で直せるよ!」
大丈夫だろうか――。
キースも不安が拭えない。しかし、アーデルハイトとミハイルのほうを見たが、魔法を使える二人とも、すぐにこの状況を回復できる魔法は思いつかないようだった。
ユリエが深呼吸をし、呪文を唱えた。
「クツサンクツサン、ウンメイノアイテドウシニクッツキナサイナーッ! クツナダケニクッツクーッ!」
靴さん靴さん、運命の相手同士にくっつきなさいなーっ! 靴なだけに、くっつくーっ……?
ゴゴゴゴゴ……。
靴が、動き出した。
「す、すごい! 靴が動いたわ! 元通りの組み合わせになるのね!」
店員の女性が、顔を輝かせ感嘆の声を上げる。
しかし、感動も束の間のことだった。すぐに、靴たちの動きが止まる。
「あれ……?」
ちょっと動いただけだった。ほとんどといっていいほど変化はなかった。
「変わんないな……」
「なんでだろう……。呪文は間違ってないはずなのに、元通りの組み合わせに戻らないなんて……。あっ……!」
ユリエは大切なことに気付いたようだ。
「そうか! イタズラ妖精は、私が今唱えた呪文と同じような呪文を使ったんだ!」
「同じような呪文……?」
「うん! イタズラ妖精は、靴を恋する相手同士にくっつけたんだ!」
「は!? どゆことっ!?」
ユリエの言っていることがどういうことかわからず、皆の口から驚きと困惑の声が出る。
「も、もしかして、それって、この靴同士が好き同士、ええと、つまり、たとえば、ハイヒールと長靴が恋してるってこと!?」
「うん……。今組み合っている靴同士それぞれが、運命の相手って、思ってる」
「そんなまさか!?」
それでユリエの魔法では動かなかった、と……!?
「あっ! あの靴たち、見て!」
ユリエが指差した先には、二足並んだ先に、一足の靴。
「きっと、三角関係だよ!」
「靴の三角関係!?」
「ちょっと待ったーっ、って感じ! 一足の靴に、二足が告白してるとこなんだよ!」
そんなばかな、と思いつつ、改めて辺りを見回す。信じがたいが、ユリエの「運命を信じる恋愛説」で考えると――。
「ってことは……、あっ。あぶれている靴もあるなあ……」
二足どころか、四足に言い寄られているモテモテの靴もあった。しかし、あぶれている靴同士がくっつくかと思えば、そうでもない。運命の相手を見つけられない靴たちもいるのだ。
「うーん。サイズもバラバラだし、よく見れば、右足同士の恋愛もある。恋の形も様々だなあ……」
見れば見るほど、大変な状況だった。直すのは相当根気がいりそうだ。それに、なんだか好きなもの同士を離すのもかわいそうな気もしてきた。
「靴が自分で相手を見つけちゃったのか……」
形の違う靴が、寄り添うようにぴったりと並ぶ姿。見れば見るほどいじらしく思えてくる。
「これでは、商売が……」
店長の落胆の声に、一同現実に戻る。
靴の恋愛に、感情移入してる場合じゃない……!
「靴に、感情を持たせてしまったからいけないのよ! まずは靴を本来の靴に戻さないと……!」
アーデルハイトが、叫んだ。そして、元に戻すための魔法を急いで考えなくては、と続けた。
「まずは、魂抜きね……!」
「え? なにそれ?」
「魂抜き」、初めて聞く、アーデルハイトの言葉。
「今の靴たちは、魂を持ってしまったような状態なの。だから、それを抜く」
「へええ? 魂を抜く? そんなことができるんだ……」
アーデルハイトも、ミハイルもうなずいていた。そういう技法があるらしい。
「でも、この魔法、人が関連するものじゃないのよね……。人以外の魔法によって形作られた靴の魂、私に導くことができるかしら……」
人の気持ちが宿った数寄子のケースとは違う。アーデルハイトは、自分の魔力でできるかどうか、自信がないようだった。
「魂抜きなら、僕ができます。人以外のものであっても」
退魔士であるミハイルが名乗り出た。得意分野らしい。ミハイルは、手を合わせ、精神を集中する。
「靴に宿ってしまった魂よ……! 天へと帰り給え! すべてが完成された世界へと戻るのです……! そして、汝らの想いは成就し、永遠の平安へと導かれん……!」
ミハイルの呪文が店中に響き渡ると、空気が変わった。そして、靴の一足一足から、金色の光が放たれる。
光はまっすぐ上へと昇り、天井を突き抜け――、天へと昇って行くようだった。
「うわあ……。すごいな……!」
きらきらと、辺りは金粉のような光に包まれていた。それも次第に消えていき、気が付くと、しんとした店内の空気に戻った。
「ありがとう、ミハイル! ここからは、私が」
今度は、アーデルハイトが名乗りを上げた。日常的な魔法はアーデルハイトの得意分野だ。魔法の力で、あっという間に靴を種類別、サイズ別に分けてしまった。
それからは、人海戦術で靴を整え、陳列していく。皆てきぱき動いたが、それでも結構な時間がかかり、なんだかんだと夕方になってしまった。
「いやあ。本当にお世話になりました。大変助かりました」
店長と女性店員と若い男性店員は、深々とお辞儀をした。そのときだった。
「あのう……」
物陰から、小さななにかが、おずおずと現れた。
「あっ……!」
幼い妖精の女の子だった。小さな羽を震わせ、今にも泣きだしそうな顔をしている。
「ごめんなさい……。私……」
妖精の女の子は、小さな声で謝った。声も震えている。この妖精の女の子が、犯人だったのだ。
「この……!」
血気盛んな若い男性店員が、妖精の女の子に向かって拳を固めた。
「まあ、いいじゃないか!」
殴りかかろうとする男性店員の腕を素早く掴み、キースが止めた。
「でも! こいつのせいで……!」
「もう、普通の店の状態になったし、この子も反省してるみたいだし、いいじゃないか。どうか、俺たちに免じて許してやってくれ」
「ごめんなさい……」
妖精の女の子の瞳から、ぽろぽろと大粒の涙がこぼれる。
「……どうしてこんなイタズラをしたんだ?」
キースは、優しく妖精の女の子に問いかける。
「きれいに靴が並んでて……、でも、もし靴に気持ちがあったら、どんなふうに並ぶんだろうって思って……」
泣きじゃくる、妖精の女の子。
「こんな、大変なことになるとは思わなくて……」
キースがため息をついてから、妖精の女の子に穏やかな声で話しかける。
「みんな一生懸命働いているんだよ。この靴は、この店の大切な商品なんだよ。この靴を無事お客様に届けたいというお店の人たちの想いと、自分に合った靴を買いたいと思うお客さんたちの想いを台無しにしてはいけないよ。もう、こんなイタズラしちゃだめだよ。それに――、靴だって、かわいそうじゃないか。勝手に感情を持たせたりして。靴は靴として作られているんだ。それを責任も取れないのに、運命を、靴の持つ使命を、気まぐれに変えてしまってはだめだよ」
『靴だって、かわいそうじゃないか。靴は靴として作られているんだ』
カイは、キースの言葉を複雑な思いで聞いていた。
感情を持った剣――。俺は――。
人間でもなく、剣でもない自分。カイはふと思う。
異質な存在である俺は、果たしてこの世界に存在していいのだろうか――。
カイがそんなことを考えていたとき、キースが突然、くるっとカイのほうを振り返った。そして叫ぶ。
「カイは、俺が必要なんだからいいんだよ!」
えっ……。
「キ、キース……」
カイは戸惑う。俺の気持ちを読まれたのだろうか――?
「だから、カイは変なこと考えるなよ! 靴は靴、剣は剣! そして、カイはカイなんだからな! 魂持ってるからって、天に帰る必要なし!」
「……いつかは帰りますよ。たぶん」
「俺らのいる間は帰るな! 少なくとも、俺がいるうちは、ちゃんとこの世にいなさい! お前は、俺の大切な相棒なんだからな!」
超鈍感なくせに、妙なところが鋭いんだよなあ。
うっかり、涙がにじみそうになる。カイは前髪をかきあげ、まばたきでごまかした。
ミハイルが、にっこりと微笑んでいた。
「カイさん。あの靴たちの魂と、あなたの魂はまったく違いますよ。あの靴たちは、非常にシンプルな構造の作られたものです。カイさんは、僕たちと同じです。取って付けられたような魔法のものとは違います。あなたの魂は、ちゃんと息づいています。あなたは、人間と同じ魂を持っているのですよ。どんな高名な退魔士でも僧侶でも、魂抜きすることはできません。生きている人間に対して魂抜きができないように」
「ミハイルさん――」
「キースが言うように、カイさんはカイさんです!」
キースもアーデルハイトも宗徳もユリエも、皆笑顔だった。
「さあ! 冬靴、買うぞー!」
キースが、明るく叫ぶ。
「本当にありがとうございました。皆さんから代金はいただけません。どれでも、好きな靴を――」
店長は、お礼とお詫びとして、無料で靴をプレゼントしようとした。
「いいよ、いいよ! その代わり、この妖精の女の子を許してやってくれ」
「え……」
「みんなで冬靴買うからさ。この子は許してやって」
「本当に、ありがとうございます……!」
店の人々も、妖精の女の子も礼を述べた。いたく感激しながら――。
それぞれ、もう気に入った靴を見つけていた。靴を並べながら、密かにどの靴がいいか見定めていたのだ。
「いい買い物ができたな――!」
すっかり暗くなった町を歩く。キースたちは、食堂を探していた。
「あれっ」
なぜか、先ほどの妖精の女の子が目の前にいた。
「あのっ……! 本当にごめんなさい……! お母さんが、これを持っていきなさいって……」
妖精の女の子がユリエに、妖精サイズのブーツと手袋を差し出す。
「ええっ!? いいの!? これ!?」
「うん! お母さんが、せめておわびに妖精のおねえさんに持っていきなさいって……」
ブーツも手袋も赤をベースとしたかわいらしい色とデザインで、ふわふわとしたファーも付いている。
「わあ! サイズもぴったりだ! ありがとう! 助かっちゃった!」
「靴屋さんには、お父さんとお母さんが、お詫びの魔法をかけるんだって」
「お詫びの魔法……?」
一同、顔を見合わせた。大丈夫なのか、不安がよぎる。
「うん! 商売繁盛、千客万来の魔法だって!」
そう言って、妖精の女の子は顔を輝かせた。
「いらっしゃいませー」
あれから――。冬が来ても、春が来ても、靴屋はいつも賑やかだった。
妖精の夫婦のおかげで商売繁盛、千客万来の店になっていた。
大忙しで、今日も休まず営業している。




