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旅男!  作者: 吉岡果音
第九章 白く輝く季節へ
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第57話 五百二人の店

 若者たちを乗せた翼獣たちの翼が、風を切る。

 空の上、ペガサスを駆るキースが先頭を飛行していた。

 キースは黒髪をなびかせながら、後方の皆に声をかける。


「あの町に立ち寄ろう」


 眼下に広がる町へ降りることにした。大きな町だった。様々な店が、所狭しと立ち並ぶ。


「そろそろ、冬用の服を買っておいたほうがいいかもしれないな。店がたくさんあるし、ここだと色々揃いそうだ」


 朝晩、冷え込むようになっていた。冬服など冬物を購入しておこう、キースが提案した。


「私も―! かわいい冬服欲しー!」


 妖精のユリエが、元気いっぱいに挙手する。


「妖精さんの服、あるかなあ?」


 キース、青年の姿に変身したカイ、アーデルハイト、宗徳、ミハイル、皆、うーん、と腕組みをした。妖精用の商品なんて、そもそも見たことがない。


「色々探してみようね。お洋服、作ってもらえるお店があるかもしれないね」


 アーデルハイトが、優しい微笑みをユリエに向けた。


「うんっ! 妖精服の匠に作ってもらうー! あ、ぬくぬくの手袋も欲しー!」


 妖精服の匠って、なんだ。


 キースは、ちょっと疑問に思ったが、アーデルハイトの言うように、オーダーメイドの店で妖精の婦人服も、もしかしたら作ってもらえるかもしれないなあ、と考え直した。妖精の婦人服、というのも妙な表現だが。

 キースの前を、カイが歩いていた。

 服、といえば、キースには前々からの疑問があった。「妖精服の匠」発言以上の疑問が。


「あのさあ……。なんとなく疑問に感じてたんだが――」


 キースは、後ろからカイの服をちょっと引っ張った。


「これ、服だよなあ」


「ええ。服です」


「……お前、剣になるとき、どうしてるんだ?」


 素朴な疑問を、カイにぶつける。


「えっ……」


 カイは口ごもった。


「剣の姿のとき、服はないよなあ」


 不思議だ、と思う。魔法みたいな力で出し入れ可能なのだろうか、なんてぼんやり思う。


 ん? でも出し入れって、なんだ。どこから出してるんだ? もしかして、異世界的なところ……?


 異世界ファンタジー、と思った。しかしまさか魔界ってことはないだろう、とは思う。


「ま、まあ、そんなのいいじゃないですか。それより、店は……」


 キースの異世界ファンタジー説をよそに、カイは、話をごまかそうとしていた。


「なあ。どうなってるんだ? お前」


 聞いたときに普通の態度だったら、そんなに気にはならなかっただろう。魔法的なことは、キースの管轄外である。しかし、あきらかに話を逸らそうという態度を示されると、余計気になってくる。


「俺のことは、別にどうでもいいじゃないですか」


 ぷいっ、とカイは顔を背けた。


 え。なにその反応。すげー気になるんだけど。


「どうでもいくない。お前のことだから気になるんだよ。おせーて、プリーズ」


 食い下がってみた。


「気にしないでください」


「気になる」


 キースは、カイの前に回り込み、じっとカイの瞳を見つめる。


「そんなに疑問ですか」


「そんなに疑問だよ」


 キースは、追及の手を緩めない。

 カイは、ため息をついた。


「……脱いでます」


 カイが、ぼそっと答えた。


「え!?」


 一同、思わず目を丸くした。


「素早く、脱ぎ着してます」


「ええっ!?」


 予想外のアナログな答えに、皆の驚きの声のハーモニーが奏でられた。無駄に美しい「ええっ」という調べが響き渡る。


「服は脱いでたたんで、邪魔にならないところに置いてます。で、人の姿になるとき、また着ます」


「えええーっ!?」


 脱いで、たたんで、置いておく……!?


 キースだけでなく、一同、思わず口が、ぽかあんと開いてしまった。


「それを素早くこなしますので、人の目にはわかりません」


「マジかっ!? 一瞬のうちに、そんなめんどくせえことやってんのか!?」


「まあ、最初からそうなので、俺は別にめんどくさくないです」


 一瞬で剣に変わり、一瞬で人の姿に戻っていた。その間に実は服を脱いだり着たりしていた。しかも、服は律儀にたたむという。


「なんでそんなややこしいことになってるんだ!?」


 思わずキースが声を張り上げる。


「俺を創り出してくださった大魔法使いヴァルデマー様と名匠オースムン様は、リアリティを追及されるかたがたでした。それはもう、無駄に。そんなわけで、風紀上、そして倫理上、服は必須なんです」


「あれっ……」


 キースが、ある大切なことに気付く。


「……その話はもういいでしょう」


 カイは頬を染めていた。


「あれっ!? てことは、お前、もしかして全裸になってんの!?」


「深く追求しないでくださいっ!」


 だから話したくなかったんです、とカイは小声で呟いた。


「やーらしー!」


「仕方ないでしょう! 俺はそういうシステムなんですからっ!」


 カイの顔は真っ赤だ。


「あれっ!? それじゃ俺がルークに乗ってるときとか、剣の姿になってる場合は、服はどうしてんの!?」


「……たたんでキースの荷物に入れてます」


「へええ。どこまでも素早いねえ」


 キースは感心した。それから、なんだか笑いがこみ上げてくる。素早くせっせと裸で、カイが服をたたむ姿を想像すると笑えてくる。まったくおかしな光景である。やはり正座でたたんでいるのだろうか、そんなことを考えると、ますます面白く思えてくる。

 ちょうど、広場のようなところに出た。木々の陰となっており、周囲に人影はなかった。


「なあ。ちょっと今やってみてくんない?」


「嫌ですよ」


「ちょっとだけ、そうだなあ、上着一枚だけでも、どんな感じか。ゆっくりめに、ちゃんと俺たちにもわかるようにやってみて」


 上着一枚、それなら風紀上、倫理上の問題はなさそうだった。


「それなら」


 ため息のあと、渋々、といった感じでカイは同意してくれた。


 お。

 

 しゅばばば、風が生まれる。めちゃくちゃ素早くカイは上着を脱ぎ、空中で見事にたたんで見せた。


「すげーっ!」


 奇跡の瞬間芸だった。皆、拍手をした。


「これは、匠の技……! ぜひ俺も、やってみたい……! 挑戦したい……!」


 キースは、瞳を輝かせ、俄然やる気になっていた。誰も求めていないのに。


 俺も、できる……! 目指せ、匠……! 「服脱着」のマイスター……!


 キースの青の目が、光る。


 しゅばばばばっ!


 素早く、上着を脱ぐ。空中に、上着を放り投げる。そして、たたむ――。カイのやってみせたことを、鮮やかに再現しようとした。


「ぐはあっ!」


 現実は、厳しかった。袖がひっかかって脱げず、引っこ抜こうと慌てた拍子に誤って自分の顎を殴りつけていた。そしてその流れのままに、キースは植え込みに倒れ込んでいた。


 自滅ルート!


「キース、大丈夫ですかっ」


 カイ、宗徳、ミハイルの男子組が、苦笑しながら助け起こしに来てくれた。女子組はというと――。


「……ねえ。アーデルハイト。キースに告白したこと、後悔してない?」


 妖精のユリエが、アーデルハイトに尋ねている。


「……聞かないで」


 アーデルハイトは、頭を抱えているようだった。

 



 カイは、遠い目をしていた。

 

 着替えといえば――、コンラード兄さん……。


 長兄コンラード、次兄ラーシュ、妹セシーリアとの、ある奇妙な思い出を、心に浮かべていた。


「コンラードお兄さま、そのお姿でどこかへ向かわれるおつもりですか?」


 セシーリアが、驚いた様子で尋ねる。


「あれ。服を着忘れてしまったようだ」


「えっ、お忘れに……?」


 コンラードは、なにも身につけていなかった。


「コンラード兄さん……!」


 慌てて、カイとラーシュが服をかき集め、コンラードに服を着るよう促した。


「ああ。ありがとう。いいのに」


 いいのに……!?


 わざとだ、とカイは思った。コンラードはいつも、豪快に服を脱ぎ飛ばしつつ杖の姿になり、そのあと人の姿に変身するときも、服を着ずそのままでいることがよくあった。どうぞどなたでもご自由にご覧ください、という勢いである。どう考えても、忘れたというより確信犯である。カイとラーシュが全力で阻止するので、閲覧可能状態が長く続くことはないが。


「お盆が近くにあってよかったです」


 これは、近くのお盆でとっさに隠してあげた、ラーシュ談。


「お盆は叩くことも出来るので、万能アイテムですね」


 これは、お盆でコンラードの頭を叩いた、カイの言葉である。


「コンラードお兄様、もしかして服が体に合わなくて窮屈なのかしら……? だから、着たがらないのかしら……?」


 妹のセシーリアは、いつもコンラードに新しい衣装を探してあげようとしていた。ラーシュとカイは、心優しい妹にそっと教えてあげる。


「セシーリア。コンラード兄さんは、ただの変態なんだよ。だから、大丈夫」


「大丈夫なの……? それならよかった……!」


 セシーリアは、明るく顔を輝かせる。


 あの説明で、よかったんだろうか――。


 今でもたまに、カイはそんな疑問を心に投げかける。セシーリアは無邪気に笑っていた。


 まあ、いいか――。


 それより、セシーリアも全裸になる辺り、少し気にかかるが、そういう仕様なので仕方ない。

 そういえば、と思う。


 この前のコンラード兄さんとの交信のとき、コンラード兄さんはちゃんと服を着ていたな。よかった――。長いときを経て、コンラード兄さんも少し変わったのかもしれない。


 ただ単に、スノウラー山が寒かっただけである。




「あの店は、どうでしょうか?」


 ミハイルが、オーダーメイドの洋服屋を見つけた。


『当店は、完全オーダーメイドの洋服屋です! 妖精から、巨人まで!』


 看板に、ちゃんと書いてあった。


「よかったね! このお店ならユリエちゃんのお洋服も作ってもらえるわ!」


 アーデルハイトとユリエが、笑みをかわしていた。


「いらっしゃいませ」


 店の中には、身長が五メートルくらいある大きな男性と、五十センチくらいの身長の小さな女性の店員がいた。


 おお。身長差……!


 天井のやたら高い店だった。キースたちは、上に目線を上げ、下に目線を下げた。そうして二人の店員さんを把握した。


「冬服のオーダーメイドですね。すぐできますよ。皆さん全員分、五十分くらいでできます」


 五メートルの男性が説明した。


「五十分!? 早い!」


 五十分で全員の服が仕上がる、驚異的なスピードだった。


「うちは、大勢でやってますんで」


 五十センチの女性が微笑む。


「大勢って、お二人だけなのでは……?」


 不思議そうに宗徳が尋ねると、奥から身長五十センチの集団がぞろぞろ出てきた。


「うちは、五百二人でやってます」


 五百二人……!


 奥から出てきたのは、五百名ということだった。


「では、採寸しまーす!」


 総勢五百二人の店員たちは、忙しく働く。あっという間に全員の採寸が終わり、それぞれの服の要望もメモする。


「こちらのお客様は、かっこいい冬服ですね」


 キースの要望である。


「こちらのお客様は、ふんわりとした優しいイメージの冬服ですね」


 アーデルハイトの要望である。


「こちらのお客様は、機能的な動きやすい服ですね」


 カイの要望である。ちなみに、カイの服代はキース持ちである。


「カイの服、ちょっと面白いデザインにしてやってよ」


 キースが要望に口を出す。キースが財布係なので、カイは文句を言えない。


「こちらのお客様は、アップルパイやスイーツの柄を入れたかわいいお洋服ですね」


 ユリエの要望である。ちなみに、ユリエの代金は、アーデルハイトが出してくれるようだ。


「こちらのお客様は、今着ているお洋服の冬バージョンですね」


 宗徳は、着物を着ていた。着物の冬服をお願いした。


「こちらのお客様も、今着ているお洋服の冬バージョンですね」


 ミハイルは、僧職のような特殊な服を着ていた。その冬服をお願いした。

 それから、全員外套もオーダーした。雪が降っても安心である。


「皆様、お待ちの間、店内でお茶や軽食はいかがでしょうか。こちらは別料金になりますが」


 店員たちが指し示したほうは、喫茶スペースになっていた。お茶や軽食だけのために来店する客も多いらしい。


「本当に、大きくて素敵なお店ね!」


 お昼どきだったので、昼食をここでとることにした。


「ごはんも美味しいなあ!」


 料理やお茶を楽しむと、五十分はあっという間だった。


「お待たせしましたー!」


 五百二人が一斉に叫んだ。


「わあ! 素敵……!」


 生地の材質もよく、デザインも洒落ていて、着心地がとてもよかった。縫製もしっかりしている。そして、皆の要望はきちんと反映されていた。それは、要望以上のよい仕事だった。


「ありがとうございます! これで冬が来ても安心だ!」


 キースの付け加えた、カイの服の面白要素は、デザインとしての斬新さとして解釈され、結果、誰の服よりもかっこよくなっていた。


「なあんだ。面白要素、予想外だねえ。結局、俺のよりかっこいいじゃん!」


 キースが、カイを軽く肘で小突く。


「……当然ですよ」


 俺の服ですから当然、とでも言いたげなカイ。新しいかっこいい服を前に、とても嬉しそうだ。


「ありがとうございましたー!」


 五百二人が一斉にお辞儀をした。

 一同、笑顔で店を出た。結構な金額となったが、仕立てのよい服、そして美味しいお茶と料理で、心もお腹も大満足だった。


「さて。冬服も準備できたし――」


 キースが、空を見上げてから、


「カイ! 着替えて見せてーっ!」


 カイに無茶振りをする。


「嫌ですよーっ!」


「匠の着替え―っ! 早着替えーっ! ミラクルスピードファッションショー!」


「絶対絶対、やりませんからーっ!」


 カイが走って逃げ、キースが追いかける。無益で不毛な追いかけっこが開幕した。


「……アーデルハイト……」


 ユリエが、アーデルハイトに話しかける。


「なにも言わないで……」


 アーデルハイトは、頬を染めうつむいて首を振っていた。

 ミハイルと宗徳は、顔を見合わせ、肩をすくめる。

 キースもカイも、走り回りながら笑った。皆も、しょうがないなあと思いつつ、くだらないやり取りを見て笑顔になる。

 街路樹は落葉が進んでいる。

 冬はもう少しでやってくる。


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