第57話 五百二人の店
若者たちを乗せた翼獣たちの翼が、風を切る。
空の上、ペガサスを駆るキースが先頭を飛行していた。
キースは黒髪をなびかせながら、後方の皆に声をかける。
「あの町に立ち寄ろう」
眼下に広がる町へ降りることにした。大きな町だった。様々な店が、所狭しと立ち並ぶ。
「そろそろ、冬用の服を買っておいたほうがいいかもしれないな。店がたくさんあるし、ここだと色々揃いそうだ」
朝晩、冷え込むようになっていた。冬服など冬物を購入しておこう、キースが提案した。
「私も―! かわいい冬服欲しー!」
妖精のユリエが、元気いっぱいに挙手する。
「妖精さんの服、あるかなあ?」
キース、青年の姿に変身したカイ、アーデルハイト、宗徳、ミハイル、皆、うーん、と腕組みをした。妖精用の商品なんて、そもそも見たことがない。
「色々探してみようね。お洋服、作ってもらえるお店があるかもしれないね」
アーデルハイトが、優しい微笑みをユリエに向けた。
「うんっ! 妖精服の匠に作ってもらうー! あ、ぬくぬくの手袋も欲しー!」
妖精服の匠って、なんだ。
キースは、ちょっと疑問に思ったが、アーデルハイトの言うように、オーダーメイドの店で妖精の婦人服も、もしかしたら作ってもらえるかもしれないなあ、と考え直した。妖精の婦人服、というのも妙な表現だが。
キースの前を、カイが歩いていた。
服、といえば、キースには前々からの疑問があった。「妖精服の匠」発言以上の疑問が。
「あのさあ……。なんとなく疑問に感じてたんだが――」
キースは、後ろからカイの服をちょっと引っ張った。
「これ、服だよなあ」
「ええ。服です」
「……お前、剣になるとき、どうしてるんだ?」
素朴な疑問を、カイにぶつける。
「えっ……」
カイは口ごもった。
「剣の姿のとき、服はないよなあ」
不思議だ、と思う。魔法みたいな力で出し入れ可能なのだろうか、なんてぼんやり思う。
ん? でも出し入れって、なんだ。どこから出してるんだ? もしかして、異世界的なところ……?
異世界ファンタジー、と思った。しかしまさか魔界ってことはないだろう、とは思う。
「ま、まあ、そんなのいいじゃないですか。それより、店は……」
キースの異世界ファンタジー説をよそに、カイは、話をごまかそうとしていた。
「なあ。どうなってるんだ? お前」
聞いたときに普通の態度だったら、そんなに気にはならなかっただろう。魔法的なことは、キースの管轄外である。しかし、あきらかに話を逸らそうという態度を示されると、余計気になってくる。
「俺のことは、別にどうでもいいじゃないですか」
ぷいっ、とカイは顔を背けた。
え。なにその反応。すげー気になるんだけど。
「どうでもいくない。お前のことだから気になるんだよ。おせーて、プリーズ」
食い下がってみた。
「気にしないでください」
「気になる」
キースは、カイの前に回り込み、じっとカイの瞳を見つめる。
「そんなに疑問ですか」
「そんなに疑問だよ」
キースは、追及の手を緩めない。
カイは、ため息をついた。
「……脱いでます」
カイが、ぼそっと答えた。
「え!?」
一同、思わず目を丸くした。
「素早く、脱ぎ着してます」
「ええっ!?」
予想外のアナログな答えに、皆の驚きの声のハーモニーが奏でられた。無駄に美しい「ええっ」という調べが響き渡る。
「服は脱いでたたんで、邪魔にならないところに置いてます。で、人の姿になるとき、また着ます」
「えええーっ!?」
脱いで、たたんで、置いておく……!?
キースだけでなく、一同、思わず口が、ぽかあんと開いてしまった。
「それを素早くこなしますので、人の目にはわかりません」
「マジかっ!? 一瞬のうちに、そんなめんどくせえことやってんのか!?」
「まあ、最初からそうなので、俺は別にめんどくさくないです」
一瞬で剣に変わり、一瞬で人の姿に戻っていた。その間に実は服を脱いだり着たりしていた。しかも、服は律儀にたたむという。
「なんでそんなややこしいことになってるんだ!?」
思わずキースが声を張り上げる。
「俺を創り出してくださった大魔法使いヴァルデマー様と名匠オースムン様は、リアリティを追及されるかたがたでした。それはもう、無駄に。そんなわけで、風紀上、そして倫理上、服は必須なんです」
「あれっ……」
キースが、ある大切なことに気付く。
「……その話はもういいでしょう」
カイは頬を染めていた。
「あれっ!? てことは、お前、もしかして全裸になってんの!?」
「深く追求しないでくださいっ!」
だから話したくなかったんです、とカイは小声で呟いた。
「やーらしー!」
「仕方ないでしょう! 俺はそういうシステムなんですからっ!」
カイの顔は真っ赤だ。
「あれっ!? それじゃ俺がルークに乗ってるときとか、剣の姿になってる場合は、服はどうしてんの!?」
「……たたんでキースの荷物に入れてます」
「へええ。どこまでも素早いねえ」
キースは感心した。それから、なんだか笑いがこみ上げてくる。素早くせっせと裸で、カイが服をたたむ姿を想像すると笑えてくる。まったくおかしな光景である。やはり正座でたたんでいるのだろうか、そんなことを考えると、ますます面白く思えてくる。
ちょうど、広場のようなところに出た。木々の陰となっており、周囲に人影はなかった。
「なあ。ちょっと今やってみてくんない?」
「嫌ですよ」
「ちょっとだけ、そうだなあ、上着一枚だけでも、どんな感じか。ゆっくりめに、ちゃんと俺たちにもわかるようにやってみて」
上着一枚、それなら風紀上、倫理上の問題はなさそうだった。
「それなら」
ため息のあと、渋々、といった感じでカイは同意してくれた。
お。
しゅばばば、風が生まれる。めちゃくちゃ素早くカイは上着を脱ぎ、空中で見事にたたんで見せた。
「すげーっ!」
奇跡の瞬間芸だった。皆、拍手をした。
「これは、匠の技……! ぜひ俺も、やってみたい……! 挑戦したい……!」
キースは、瞳を輝かせ、俄然やる気になっていた。誰も求めていないのに。
俺も、できる……! 目指せ、匠……! 「服脱着」のマイスター……!
キースの青の目が、光る。
しゅばばばばっ!
素早く、上着を脱ぐ。空中に、上着を放り投げる。そして、たたむ――。カイのやってみせたことを、鮮やかに再現しようとした。
「ぐはあっ!」
現実は、厳しかった。袖がひっかかって脱げず、引っこ抜こうと慌てた拍子に誤って自分の顎を殴りつけていた。そしてその流れのままに、キースは植え込みに倒れ込んでいた。
自滅ルート!
「キース、大丈夫ですかっ」
カイ、宗徳、ミハイルの男子組が、苦笑しながら助け起こしに来てくれた。女子組はというと――。
「……ねえ。アーデルハイト。キースに告白したこと、後悔してない?」
妖精のユリエが、アーデルハイトに尋ねている。
「……聞かないで」
アーデルハイトは、頭を抱えているようだった。
カイは、遠い目をしていた。
着替えといえば――、コンラード兄さん……。
長兄コンラード、次兄ラーシュ、妹セシーリアとの、ある奇妙な思い出を、心に浮かべていた。
「コンラードお兄さま、そのお姿でどこかへ向かわれるおつもりですか?」
セシーリアが、驚いた様子で尋ねる。
「あれ。服を着忘れてしまったようだ」
「えっ、お忘れに……?」
コンラードは、なにも身につけていなかった。
「コンラード兄さん……!」
慌てて、カイとラーシュが服をかき集め、コンラードに服を着るよう促した。
「ああ。ありがとう。いいのに」
いいのに……!?
わざとだ、とカイは思った。コンラードはいつも、豪快に服を脱ぎ飛ばしつつ杖の姿になり、そのあと人の姿に変身するときも、服を着ずそのままでいることがよくあった。どうぞどなたでもご自由にご覧ください、という勢いである。どう考えても、忘れたというより確信犯である。カイとラーシュが全力で阻止するので、閲覧可能状態が長く続くことはないが。
「お盆が近くにあってよかったです」
これは、近くのお盆でとっさに隠してあげた、ラーシュ談。
「お盆は叩くことも出来るので、万能アイテムですね」
これは、お盆でコンラードの頭を叩いた、カイの言葉である。
「コンラードお兄様、もしかして服が体に合わなくて窮屈なのかしら……? だから、着たがらないのかしら……?」
妹のセシーリアは、いつもコンラードに新しい衣装を探してあげようとしていた。ラーシュとカイは、心優しい妹にそっと教えてあげる。
「セシーリア。コンラード兄さんは、ただの変態なんだよ。だから、大丈夫」
「大丈夫なの……? それならよかった……!」
セシーリアは、明るく顔を輝かせる。
あの説明で、よかったんだろうか――。
今でもたまに、カイはそんな疑問を心に投げかける。セシーリアは無邪気に笑っていた。
まあ、いいか――。
それより、セシーリアも全裸になる辺り、少し気にかかるが、そういう仕様なので仕方ない。
そういえば、と思う。
この前のコンラード兄さんとの交信のとき、コンラード兄さんはちゃんと服を着ていたな。よかった――。長いときを経て、コンラード兄さんも少し変わったのかもしれない。
ただ単に、スノウラー山が寒かっただけである。
「あの店は、どうでしょうか?」
ミハイルが、オーダーメイドの洋服屋を見つけた。
『当店は、完全オーダーメイドの洋服屋です! 妖精から、巨人まで!』
看板に、ちゃんと書いてあった。
「よかったね! このお店ならユリエちゃんのお洋服も作ってもらえるわ!」
アーデルハイトとユリエが、笑みをかわしていた。
「いらっしゃいませ」
店の中には、身長が五メートルくらいある大きな男性と、五十センチくらいの身長の小さな女性の店員がいた。
おお。身長差……!
天井のやたら高い店だった。キースたちは、上に目線を上げ、下に目線を下げた。そうして二人の店員さんを把握した。
「冬服のオーダーメイドですね。すぐできますよ。皆さん全員分、五十分くらいでできます」
五メートルの男性が説明した。
「五十分!? 早い!」
五十分で全員の服が仕上がる、驚異的なスピードだった。
「うちは、大勢でやってますんで」
五十センチの女性が微笑む。
「大勢って、お二人だけなのでは……?」
不思議そうに宗徳が尋ねると、奥から身長五十センチの集団がぞろぞろ出てきた。
「うちは、五百二人でやってます」
五百二人……!
奥から出てきたのは、五百名ということだった。
「では、採寸しまーす!」
総勢五百二人の店員たちは、忙しく働く。あっという間に全員の採寸が終わり、それぞれの服の要望もメモする。
「こちらのお客様は、かっこいい冬服ですね」
キースの要望である。
「こちらのお客様は、ふんわりとした優しいイメージの冬服ですね」
アーデルハイトの要望である。
「こちらのお客様は、機能的な動きやすい服ですね」
カイの要望である。ちなみに、カイの服代はキース持ちである。
「カイの服、ちょっと面白いデザインにしてやってよ」
キースが要望に口を出す。キースが財布係なので、カイは文句を言えない。
「こちらのお客様は、アップルパイやスイーツの柄を入れたかわいいお洋服ですね」
ユリエの要望である。ちなみに、ユリエの代金は、アーデルハイトが出してくれるようだ。
「こちらのお客様は、今着ているお洋服の冬バージョンですね」
宗徳は、着物を着ていた。着物の冬服をお願いした。
「こちらのお客様も、今着ているお洋服の冬バージョンですね」
ミハイルは、僧職のような特殊な服を着ていた。その冬服をお願いした。
それから、全員外套もオーダーした。雪が降っても安心である。
「皆様、お待ちの間、店内でお茶や軽食はいかがでしょうか。こちらは別料金になりますが」
店員たちが指し示したほうは、喫茶スペースになっていた。お茶や軽食だけのために来店する客も多いらしい。
「本当に、大きくて素敵なお店ね!」
お昼どきだったので、昼食をここでとることにした。
「ごはんも美味しいなあ!」
料理やお茶を楽しむと、五十分はあっという間だった。
「お待たせしましたー!」
五百二人が一斉に叫んだ。
「わあ! 素敵……!」
生地の材質もよく、デザインも洒落ていて、着心地がとてもよかった。縫製もしっかりしている。そして、皆の要望はきちんと反映されていた。それは、要望以上のよい仕事だった。
「ありがとうございます! これで冬が来ても安心だ!」
キースの付け加えた、カイの服の面白要素は、デザインとしての斬新さとして解釈され、結果、誰の服よりもかっこよくなっていた。
「なあんだ。面白要素、予想外だねえ。結局、俺のよりかっこいいじゃん!」
キースが、カイを軽く肘で小突く。
「……当然ですよ」
俺の服ですから当然、とでも言いたげなカイ。新しいかっこいい服を前に、とても嬉しそうだ。
「ありがとうございましたー!」
五百二人が一斉にお辞儀をした。
一同、笑顔で店を出た。結構な金額となったが、仕立てのよい服、そして美味しいお茶と料理で、心もお腹も大満足だった。
「さて。冬服も準備できたし――」
キースが、空を見上げてから、
「カイ! 着替えて見せてーっ!」
カイに無茶振りをする。
「嫌ですよーっ!」
「匠の着替え―っ! 早着替えーっ! ミラクルスピードファッションショー!」
「絶対絶対、やりませんからーっ!」
カイが走って逃げ、キースが追いかける。無益で不毛な追いかけっこが開幕した。
「……アーデルハイト……」
ユリエが、アーデルハイトに話しかける。
「なにも言わないで……」
アーデルハイトは、頬を染めうつむいて首を振っていた。
ミハイルと宗徳は、顔を見合わせ、肩をすくめる。
キースもカイも、走り回りながら笑った。皆も、しょうがないなあと思いつつ、くだらないやり取りを見て笑顔になる。
街路樹は落葉が進んでいる。
冬はもう少しでやってくる。




