星空の下を歩く。二人で。
一同は、今晩泊まる宿屋を探していた。
夕暮れに染まる石畳の道を歩く。
冷たい風が、金色の落ち葉を舞い上げた。
こつん。
アーデルハイトの肩が、キースの腕に触れる。
「ん?」
キースが、隣に並んで歩くアーデルハイトを見る。
アーデルハイトは、頬を染めながら上目遣いにキースを見つめていた。
手を繋ぎたいな。
アーデルハイトの瞳は、そう訴えていた。
「なんだ? トイレか?」
ばしっ!
見当はずれのことを言うキースの腕を、思わず叩くアーデルハイト。
「なっ!? なんで、叩く!? ああそうか! 大のほうか!」
ばしーん!
さらにキツイ張り手が飛んだ。
「違うっ!」
ぷいっと顔をそむけるアーデルハイト。
「な、なんだ? 違うのか!?」
――トイレ大小どちらも違う、でも恥ずかしそうな顔で、アーデルハイトはなにかを俺に訴えている――。
キースは考え込んだ。
――腹が減ったのだろうか。
でも、たぶんそれも違うだろうなあと思った。それならそうと、アーデルハイトなら恥ずかしがらず普通に話してくるはずだ、とキースは思う。
キースは、まず冷静に状況を分析することから始めようと思う。状況としては、今は夕方。宿屋探し。前を歩くのはミハイルと宗徳、そして後ろにカイとユリエ。
今、キースとアーデルハイトの二人が並んで歩いている。冷たい風が吹いて、ちょっと寒くなってきた――。
――これは……、賭けだな。俺の予想は間違っているかもしれない。しかし、やってみる価値はある――!
ぎゅっ。
キースは思い切ってアーデルハイトの手を握ってみた。
――どうだ!? 正解か!?
アーデルハイトはキースの瞳を見つめ、恥ずかしそうに微笑んだ。
「あ、当たった……! 俺は……、俺は、賭けに勝ったんだ……! やったあああああ!」
ばしっ。
「そんなに難問ですか」
二人の様子を見ていたカイが、たまらずキースの頭を叩いてツッコミを入れた。
無事、今晩泊まる宿が見つかった。
ペガサスのルークたちを宿屋の厩舎に預け、夕食を食べに行こうということになった。
「キース。アーデルハイトさん。お二人で食事に行ったらいかがです?」
ミハイルが提案した。
「えっ……!」
キースとアーデルハイトは頬を赤くし、顔を見合わせた。
「うん! それいい考えだね! やっぱ、二人の時間もないとね!」
妖精のユリエが、ウインクする。
「俺は、剣の姿に戻りますね。俺のことは気にしないでください。寝てますから」
そう告げるやいなや、カイは剣の姿になり、キースの腰に納まる。
「じゃあ、二人でゆっくりしてきてくれ。俺たちは、飯を食ったら先に宿屋に戻るから」
宗徳が微笑む。ミハイル、宗徳、ユリエは手を振って、さっさと通りの反対側のほうへ行ってしまった。
「えーと……」
残された、キースとアーデルハイト。
「じゃ、じゃあ、俺たちも飯屋を探すかっ!」
キースが明るく叫ぶ。
「うん……!」
また、手を繋いだ。今度は、自然にそうした。
「アーデルハイトは、なにが食べたい?」
そう聞いてから、キースはハッとする。
――そういえば、俺はアーデルハイトの好きな食べものもなにも知らない――。
なにが好きで、なにが嫌いか。好きな季節は、好きな色は? 趣味はなにか、どういう時間の過ごしかたを好むのか――、お互い、知らないことだらけだ、と思った。
「俺……。そういえば、アーデルハイトの好きな食べものも知らない。アーデルハイトのこと、知っているようで知らないことばかりなんだ――」
キースは、今思ったことを正直に伝えた。
「そう?」
アーデルハイトは、キースの瞳を見つめ、微笑んだ。
「私のこと、知りたい?」
アーデルハイトは悪戯っぽく笑った。
「うん。知りたい」
キースは素直にうなづく。
「じゃあ、私から目を離さないで!」
「ん!?」
「全部は教えてあげないよ! 私のこと、ちゃんと自分で見て感じて――!」
「んんん!?」
アーデルハイトは、キースにそっと体を寄せた。
「私も、キースから目を離さないから。キースのこと、もっともっとわかるよう頑張っちゃうんだから……!」
キースは、照れくさそうに笑った。
「……頑張らなくていいよ」
キースは呟く。
「俺は、単純だからなあ」
「確かに!」
アーデルハイトは、くすっと笑う。
「俺は、自分の思いや気持ちはなるべくきちんと伝えようと思う。だから、アーデルハイトも俺に伝えてくれ。努力とか、しなくていいよ。お互い、自然に寄り添っていけたら、と思う」
「うん……! そうだね……!」
自然に二人は腕を組んでいた。キースはアーデルハイトの歩調に合わせて歩く。ちょっとぎこちない。でも、それでいいと思う。
――少しずつ、少しずつ、お互い分かり合うことが出来ればいい――。
町は、優しい灯りを灯し始めた。
キースとアーデルハイトは、レンガ造りの雰囲気のあるレストランに入ることにした。
二人は、革張りのメニューを手にし、注文を考える。
『初心者コース』
『中級者コース』
『上級者コース』
「なんだろう。このコース料理……」
単品の料理は、ステーキやハンバーグ、パスタなど、ごく普通の料理だった。なぜか、コースメニューだけ奇妙だった。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
ウェイトレスが微笑みながら尋ねる。
「……この、『初心者コース』ってなんなんですか?」
キースは、ウェイトレスに尋ねてみた。
「初心者のコースでございます」
にっこり微笑むウェイトレス。
「なんの?」
「料理人の種別でございます」
「料理人の種別?」
不思議そうな顔をするキースとアーデルハイトを見て、ウェイトレスが言葉を付け足す。
「料理人が、初級者と中級者、上級者といるのです」
「料理人の腕前の話だったんだ!」
「『新米料理人』が初心者コース、『玄米料理人』が中級者コース、『古代米料理人』が上級者コースを担当しております」
「新米、玄米、古代米!? なんだその『米シリーズ』!」
新米料理人が新人料理人、玄米料理人が玄人料理人――、ベテラン中のベテランという意味らしい。そして、古代米料理人がこの店一番の腕前の料理人ということだった。価格設定も、初心者コースは格安、中級者コースはまあまあの価格、上級者コースが結構なお値段というもの。
「コース料理、気になるわね」
「なんか、初心者コースが、とっても気になってきた」
キースとアーデルハイトは、謎すぎるコース料理を頼みたい気分になっていた。
「ちなみにですが、普通の単品料理は、普通の料理人が担当しております」
「『米シリーズ』じゃないんだ!」
単品料理は、魅惑の「米シリーズ」ではなかった。「普通」の定義も気になるところだが。
「やっぱり気になるな……。『米シリーズ』! 俺は、初心者コースをお願いしようっと!」
「初心者コース!? キース、攻める姿勢ね! ええと。じゃあ、私は無難に中級者コースでお願いします」
「かしこまりました」
いったいどんな料理なのか、どきどきしながら二人は待つ。
「アーデルハイトの好きな食べものって、なに?」
料理を待っている間、キースが尋ねる。
「私、パスタが大好き! あと、甘いものも大好き!」
「甘いパスタか」
「違うわよ! パスタと甘いものは別!」
「甘いものは別腹って言うもんなあ」
「違うっつーの」
なんだか嚙み合わない会話をしているうちに、料理が運ばれてきた。
「前菜でございます。こちらが、初心者コースの『油まみれのぶつ切り肉』、こちらが中級者コースの『カルパッチョ』です」
「油まみれのぶつ切り肉!?」
出だしから、ぶっちぎりの差があった。
「美味しいわ」
アーデルハイトが、カルパッチョを一口食べて微笑む。
「んー。斬新だねえ」
味は、まずくはなかった。やはり新米とはいえ、一応プロである。
「初心者コースのサラダ、『素潜り左衛門のシーザーサラダ』、中級者コースのサラダ『スモークサーモンのシーザーサラダ』でございます」
「素潜り左衛門のシーザーサラダ!?」
素潜りの左衛門さんのシーザーサラダらしい。スモークサーモンは乗っていなかった。
「初心者コースの『トウモロコシ汁』、中級者コースの『コーンポタージュスープ』でございます」
出てくる料理すべてにはっきりとした差があった。アーデルハイトは笑顔でナイフとフォークを操り、キースは謎料理と格闘しながら食べた。特に、メインディッシュの肉料理の初心者コースは、固くて噛みちぎれない肉の塊で、野生の本能が目覚めるような奮闘を要求された。
「ああ! 美味しかった! 素敵なお料理だったわ!」
アーデルハイトは優雅な気分で店を出る。頬は上気し、瞳はうっとりと輝く。
「なかなかの戦いだったな……」
キースは謎の達成感に包まれていた。ただ食事をしただけなのに、突きつけられた挑戦に勝利したような高揚感。
「綺麗な星空ね……」
アーデルハイトは夜空を見上げる。少し、吐く息が白い。
「アーデルハイトは、星座とかわかる?」
「うん。魔法学校で習ったわ。星の配置を知るのも重要なことよ」
「そっかあ……。方角を知るくらいしか、俺はわからん」
「旅をしているとき、方角がわかれば充分だわ」
「星座にはそれぞれ物語があるんだろう? ロマンチックだよな」
「ええ。色々な伝説や物語があるわ」
二人は星を眺めながら歩いた。手はしっかりと繋ぎ合っている。
いつしか歩調も自然に合っていた。
――進む方角は、合っている。
手のひらに感じる確かなぬくもり。
――俺たちには、いったいどんな物語があるんだろう……?
きらめく星々。
「あっ! あれは、正座よ!」
「ほんとだ。ちゃんと座ってるねえ」
とてもユニークな物語に違いない。




