第53話 ホゾンヌ
キースとアーデルハイトさん、今ごろうまくいってるかな。
宿屋の部屋の中、カイは、そっとあたたかな笑みを浮かべる。
どたどたどた、夜だというのに廊下を走る音が聞こえてきた。
がさつだ、がさつすぎる。
配慮はいずこ、と思った。ちょっとげんなりしつつカイは、ミハイル、宗徳と顔を見合わせる。
「キースかな」
くすっ、と、ミハイルが笑う。
「なにやらアーデルハイト殿と進展があったのかもしれないな」
宗徳は、キースがテンション爆上がりしているのだろうと察している。
「そうだといいですね」
三人は嬉しい予感を感じつつ、キースの登場を待つ。
騒がしい足音が止まると同時に、部屋の扉は開け放たれた。
「カイ! やっぱり俺とお前は一緒にいないとダメなんだ!」
これが、キースの第一声。
「俺は、お前に傍にいて欲しいんだ……!」
カイ、ミハイル、宗徳の男子組一同、床に突っ伏した。
「いきなりなにを叫んでるんですかーっ!?」
カイが顔を真っ赤にして叫ぶ。ミハイルと宗徳は顔面蒼白になった。
カイは愕然としつつ思う。
キースとアーデルハイトさんが二人きりになるように、気を遣って皆で先に宿屋に入った。綺麗な星空の晩だし、いい雰囲気だったし、二人の仲が少しでも進むんじゃないかと思った。それが、どういうことだろう。開口一番、俺と離れてはダメだ、とは……?
「まさか……! アーデルハイトさんではなく、カイさんへ愛の告……!?」
ミハイルが、うっかり叫びそうになる、カイへ愛の告白してるのか、とミハイルは言いたかったようだが、かろうじて踏み留まる。
いやあ、まさか。それは、ないない、とカイと宗徳は揃って首を左右に振る。
「なんだ……? なんでお前ら首を振ってんだ? それに、みんな、なんか変な顔してるぞ……?」
皆、「無」の表情になっていた。最悪のことは考えたくない、と思っていた。最悪のこと――、それは皆がうかつにも思い浮かべてしまった、前述の想像である。皆の妙な空気にキースは首をかしげる。
「やはり、油断はできない。いつ敵に襲撃されるかわからないからな――」
キースは、真剣な表情でそう語った。そこで、カイはハッとした。
「なにかあったんですか!?」
カイは、瞬時にキースの言葉の意味を悟る。そして、先ほどの奇妙な誤解を恥じた。ミハイルと宗徳も同時に理解したよう、安堵の笑みが広がる。
キース。言いかたが悪いよ。言いかたが。唐突すぎるし。
みんな、知らず知らずのうちに頭の中が恋愛モードになっていたようだ。キースとアーデルハイト、二人の恋がうまくいくことを願いすぎたがための思考の暴走だった。幸か不幸かキースはまったく気付いていない様子。
「ああ。今回は、まったく危険な相手ではなかったが――。もし、あれが魔族だったらと思うとぞっとする」
「そうですか……! すみませんでした……。そうですよね、あなたを一人にすべきではありませんでした。危険な判断でした。気を利かせたつもりでしたが、軽率でした」
「ん? 気を利かせた?」
キースは、きょとんとした顔になる。
「はい」
「へ……?」
「アーデルハイトさんと、少しでも二人の時間を過ごせるように、と」
キースは少し上を向き、なにかを思い返しているようだった。
「……あーっ! だからか! だからみんなさっさと先に行ってしまったのかーっ!」
「今、気付いたんですか!?」
一同、突っ伏した。
カイは思った。甲斐がない、と。ダジャレみたいだ、と思ったが、この人には繊細な気遣いはほとんど通用しない、しかも、わざとらしいんじゃないかと逆に心配になるほどわかりやすい気の遣いようだったのに、全然伝わらないんだ、改めてそう思い知らされていた。
鈍感、恐るべし。
「そうかー! そうだったのか! ありがとう……、って、んんっ!? なにそれ!? どーゆーこと!? みんな、俺とアーデルハイトのこと、いったい……!?」
「……キースの気持ちは、みんな伝わってますよ」
アーデルハイトさんの気持ちも、とカイは言おうとしたが、とりあえず黙っておいた。
「えっ……!」
キースの顔が、たちまち真っ赤になる。
「ええと……。そ、それじゃあ……」
「ちゃんと、伝えたんですか? あなたの気持ちを。アーデルハイトさんに」
「えっ……」
キースは、うろたえていた。
「……伝えたんですか?」
もう一度、ゆっくりとした口調でカイは尋ねた。
「な……、カイ……、なにを言って……」
「どっちなんですか! いい加減伝えたんですか? 伝えられなかったんですか!? チャンスだったのに!」
もどかしくなり、ついカイはキースに詰め寄る。
「い、言ったよ……。伝えた……。俺の気持ち……」
「ほんとですかっ!?」
「ああ……」
「それで!? それでどうでした!? アーデルハイトさんも気持ち、打ち明けてくれたんですかっ!?」
「うん……」
キースは頬を染めながら、こくんとうなずいた。なんだか女の子みたいである。
カイとミハイルと宗徳は、瞳を輝かせ身を乗り出し、キースの次の言葉を待つ。これまた、まるで女子の反応である。
どうだったんだろう!? アーデルハイトさんは、絶対キースのことが好きなはず! 気持ちを伝え合ったなら、うまくいったってことでいいんだよね!?
キースはうつむいたままだ。
えーい! 早く続きを教えんかーいっ! と思ったが、皆忍耐強かった。
ううむ。まあいいか。そっとしておいてあげよう。二人の様子を見たら、嫌でもすぐわかるから。嫌でも。
皆がそろそろ寝る支度をしようとした、そのとき。
「……アーデルハイトも、好きだって言ってくれた。俺たち、付き合うことになった」
キースが、とうとう白状した。
わっ!
歓声。カイ、ミハイル、宗徳は、声を上げて喜んだ。
ついにオープンになった! これで、めんどくさくなくなる……!
二人の想いがついに通じ合った、そのこともおおいに喜ばしく素直に嬉しかったが、変な気遣いが要らなくなる、皆その点も嬉しかったようだ。あとは二人の問題だ、なんだか解放された気分だったのだ。
「キース! よかったですねえ! よかった! ついに、ですね! おめでとうございます!」
皆、輝くような笑顔。バンザイまでしている。
「あ、あれえ……。なんか……、みんな、俺たちの気持ち、前から知ってたみたいな反応……」
「知ってましたよ!」
一同、声を揃えた。
「お互いの気持ちを知らないのは、キースとアーデルハイトさんだけです!」
キースは床に突っ伏した。
宿屋の部屋に入ってきたアーデルハイトの顔を見て、妖精のユリエはすべてを悟った。
「アーデルハイト……! よかったね……! ついに想いを伝え合ったの!?」
ユリエは、アーデルハイトに抱きついた。
「えっ!? ど、どうしてユリエちゃん、わかったの……!?」
「だって、アーデルハイト、ちゃあんと顔に書いてあるもーん!」
「えええっ!? 顔に書いてある!?」
アーデルハイトは急いで鏡を見る。
「ほんとだ……! 書いてある……!」
アーデルハイトの頬は上気し、顔はすっかり、にやけていた。
「アーデルハイト、おめでとーっ!」
「ユ、ユリエちゃん……! ありがとう……!」
アーデルハイトは、ユリエをぎゅっと抱きしめた。
「わー! 苦しいよ! アーデルハイト!」
思わず強く抱きしめすぎていた。
「ご、ごめん! ユリエちゃん!」
「もー。アーデルハイト。そーゆーのは、キースにしてあげて!」
ユリエとアーデルハイトは笑い合った。
「よかったね……! アーデルハイト! これからも、喧嘩しないで仲良くね……!」
「うん……!」
「ちゃんと、自分の気持ちはなんでも素直にキースに伝えてあげてね。キースは超鈍感だから」
「うん……!」
それは、アーデルハイトも重々承知である。
「アーデルハイトも、なかなかの鈍感だけどね。似た者同士なのかな」
「えええ! ユ、ユリエちゃんーっ」
動揺するアーデルハイト。ユリエは、いたずらっぽく笑っていた。
翌朝、早めの朝食を済ませ、出発することにした。
「みんな、出発だ!」
キースの号令で、ペガサス、ドラゴン、翼鹿に乗り、一同は空を駆ける。
気持ちのいい青空だな。
宗徳は、吹き付ける風に目を細めた。
昼どきをだいぶ過ぎても、眼下には山野が広がるのみだった。
「そろそろ、降りようかーっ!」
キースの提案に従い、昼食と休憩のため、山の中に降りることにした。
「村の長が教えてくれた通り、この辺は山とか野原ばかりですね」
ミハイルが、荷物から保存食を取り出しながら話す。
「この山で、なんか食えそうなものも探してみようか」
皆、それぞれ保存食を携帯している。キースも保存食を持っていたが、一応山の中も探そうと考えているようだった。
「でも、ちょっと遅くなってしまいましたし、保存食も消費しないと古くなるいっぽうですから」
ミハイルが提案する。保存食を食べるいいタイミングだった。
「そうだな。俺もかなり古い保存食があるはずだ」
宗徳はそう言いながら、自分の荷物の奥のほうを探る。新しい物から古い物まで無造作に詰め込んであった。
「あっ……!」
宗徳は、ふと手にした保存食に、目が釘付けになった。
こ、これは……!
信じられない、と思った。あまりのことに、血の気が引く。
「宗徳さん、どうしたんですか?」
ミハイルが、宗徳の手の中にある保存食を見る。
「ああっ……!」
思わず、ミハイルも叫んでいた。
「宗徳さんの保存食が……!」
ミハイルも、叫んだきり固まっていた。
俺の保存食が……! いや、これ、俺の保存食、だよな……?
冷汗が流れる。そこには受け入れがたい、事象があった。
なぜか、どういうわけか――、保存食に、顔があった。
「顔……! 顔がある……! しかも、なんか……、かわいい!」
保存食に、黒目がちの瞳と口角の上がった口がある。
笑っているし……!
怖さはなかった。しかしあまりの非現実ぶりに、持つ手が震える。手から離さないのは、かわいい顔だったので、放り投げるのがかわいそうだったからだ。
「……うーん。古くなって、魂が宿ってしまったんですね」
ミハイルが、あっさりと恐ろしいことを言う。
「ほんとね……。あまりにはかない弱々しい魂だから、私もミハイルも気付かなかったのね……」
アーデルハイトもミハイルの見立てにうなずく。
「こ、これはいったいどうしたら……?」
宗徳は、手のひらに乗る小さな魂に戸惑う。保存食の、愛らしい口元が、どう見ても微笑んでいる。
「保存食だし、古いとはいえまだ消費期限内だから、食べてあげるのがいいんじゃないでしょうか?」
「ええっ!」
ミハイルがさらっと、さらに恐ろしいことをのたまう。
「微笑むこやつを食え、と言うのかっ!?」
宗徳の手は、大きく震えた。もう、ぶるんぶるんいってる。
「うーん。普通に考えたらかわいそうですが、この場合はそれが最善の気がします」
ええー……。
黒い瞳が、輝いていた。ぱちぱちと、まばたきまでしている。
「保存食……、保存食ちゃん……、ほぞん……、ホゾンヌちゃん……」
うつろに、呟いてしまった。
「ああっ! だめですよっ! 名付けたりしちゃ! 『縁』ができ上がってしまう……!」
ミハイルが慌てた様子で叫ぶ。
「え、縁……?」
「そしたら、食べられないじゃないですかーっ!」
「確かに……」
宗徳の心に、保存食を愛おしむ気持ちが生まれていた。
どうしよう……。俺にはとても、こやつを食うことが――。
ごくり、生唾を飲み込む。決して、食欲のためではない。
そのときだった。
黒い影が、宗徳の背後に接近してきた。
サッ!
「ああっ!」
黒い大きな鳥だった。
鳥が、宗徳の手から保存食をかすめ取っていった。
「ホゾンヌ……!」
一瞬の出来事だった。
ホゾンヌは、図らずして鳥のお昼ごはんとなる――。
「ああ……。保存していた期間は長かったが、別れは一瞬だった……」
宗徳は呆然と呟く。
「よかったんですよ……。宗徳さん……。宗徳さんには、ホゾンヌを食べることはできなかったでしょう……?」
ミハイルが、宗徳の肩にそっと手を置いた。
「ホゾンヌは、誰かに食べられることが幸せなんですよ……」
「ああ……。そうだな……。ホゾンヌ……、よかったな……」
「そっかあ……。食べられることが本望だったんだ。ホゾンヌは、幸せになったんだな……」
キースも呟く。アーデルハイトもカイもユリエも、そっとうなずいた。
そう思うしかなかった、というのが本当のところだが。
宗徳とミハイルは、鳥の飛んで行った東の空を眺めた。青い空は、どこまでも青く高かった。
「いただきます!」
皆で、保存食を食べた。勢いよく食べたので、そこに顔があったかどうかはわからない。
ただ、美味しかった。宗徳は、命を頂く気持ちで食べた。
ホゾンヌたち、ありがとう。
宗徳の瞳には、青い空にホゾンヌの笑顔が見えたような気がした。
これが、保存食を入手したものから順に消費するという、かの有名な「先入れ先食べ法」の歴史の始まりである、というのは定かではない。




