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旅男!  作者: 吉岡果音
第八章 実りの季節
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二組のデート

 一行は、まだ日が明るいうちに次の町に降り立つ。

 夕食や宿をとるにはまだ早い時間帯だが、この町を過ぎると山野が広がり、その次の町まではだいぶ距離があると、お世話になった村の長に教えてもらったのだ。 


「アーデルハイト。体調は大丈夫か?」


 キースがアーデルハイトに尋ねた。


「うん。大丈夫だよ、……ありがとう」


 アーデルハイトは、少しはにかみながらうなづく。


「ほんと、無理だけはするなよ」


「……うん」


 二人の間に漂う柔らかな空気に、妖精のユリエ、カイ、ミハイル、宗徳は、心の中でそっとうなづいた。


 うん! いい感じだね! いい傾向、いい傾向!


 キースとアーデルハイトが二人で話せるよう、カイたちはさりげなく歩く速度を速め、不自然じゃない程度に二人から離れた。

 妖精のユリエは思う。


 アーデルハイトが無理しちゃうのは、キースに関することだけなんだから! キースがしっかりしてたら、問題ないんだから……!


 ユリエとしては、「無理するなって、お前が言うな!」、そうツッコミたいところだった。


 でも……、なんだかいい雰囲気。そっとしておいてあげよっと!


 ユリエは、ぱたぱたと羽ばたき、宗徳の肩に座ってみることにした。


「むっ!? ユリエ殿……!」


 いきなり自分の肩にちょこんと座られた宗徳は、戸惑い、照れくさそうな顔になる。


「宗徳! 宗徳の髪、二つ結いにしてもいい?」


 宗徳の動揺などお構いなしに、宗徳のダークブラウンの髪を小さな手で触りながら、明るい声でユリエが話しかける。

 いいわけがない、と宗徳は思いつつ、ユリエに懐かれるのが嬉しくて、つい、


「ユ、ユリエ殿、それでは、お願いする」


 心にもないことを口走る。


「やったあ! ちょっとやってみたかったんだ!」


 ユリエは、無造作に束ねてあった宗徳の髪をほどき、手で梳いてあげながら二つ結いにし始めた。


 いいのか!? 宗徳!


 宗徳とユリエ以外の一同は、宗徳を思わず二度見した。


「むーねのり! かーわいい! かーわいい、かーわいい、むーねのーりさん!」


 おかしな節をつけながら、ユリエが楽しそうに歌う。


 俺のおかしな女装に比べたら、かわいいもんです……。


 宗徳によってバニーガールの恰好をさせられてしまったカイの心に、ちょっぴり黒い感情がよぎった。慌ててカイは首を左右に振る。


 いや! ここは宗徳さんに同情すべきところです!


 黒い自分を反省した。


 黒い色は、あのバニーガールの衣装の色だけでたくさんだ! 心まで黒くなってはだめだ……! 白だ! 俺は白いウサギを目指すんだ……!


 カイは一人、わけのわからない高みを目指していた。当然ながら、カイがウサギを目指す必要はない。




 早めに宿を予約した。早い時間だったので、難なく予約できた。ドラゴンのゲオルクたちは、予約の際宿屋の厩舎に預けることにした。


「夕ごはんにも早いし……。各自自由行動にしようか!」


 キースが提案する。


「そうですね。夕ごはんの頃になったら、この食堂前に集合しましょう」


 ミハイルが、目の前に見える食堂を指差した。ミハイルのお眼鏡にかなう、石造りの落ち着いた佇まいの食堂だった。きっと、料理は美味しいに違いない。


「キースはどうするの?」


 アーデルハイトがキースに尋ねる。


「そうだなあ。特に買い物もないし……」


 キースは辺りを見回す。花や緑に彩られた美しい町だった。


「とりあえず、この町を適当に散策しようかな」


「わ、私も! 私も一緒に行っていい?」

 

 アーデルハイトが思い切ったように言う。


「ん? もちろんいいよ! でもただ歩くだけだけど……」


「うん……!」


 アーデルハイトは顔を明るく輝かせた。


 ――なんだろう? アーデルハイト、嬉しそうだな……?


 キースはよくわからないけれど、アーデルハイトが喜んでいる様子に嬉しくなっていた。

 カイとユリエも、顔を見合わせ微笑む。


 デートみたいだね!


 カイとユリエが目配せし合い、笑顔になったことにキースもアーデルハイトも気付かない。


「キース」


 カイがキースに話しかける。


「俺、剣の姿に戻りますね。ちょっと疲れたので休みます」


「え」


 キースの反応を待たずに、素早くカイは剣の姿になった。


 ――カイ。すねてんのかなあー。


 祭りでバニーガールにされてしまったことを、カイはまだ怒ってるのかな、とキースは思う。

 カイが怒っているのはもちろんだった。当然の反応である。でも、そんなことよりキースたちがデートのように過ごせるようにと、カイは気遣ったのだ。


「私は宗徳とデートしよっと!」


 そう言うと、ユリエは宗徳の肩にまた座った。


 しまった……! ユリエ殿と一緒とは……! 髪をほどく機会を逸した!


 二つ結いにかわいくされてしまった宗徳は、頬を赤くしながら困惑する。

 でも、「デート」という言葉が宗徳の胸に響く。


 デート……!


 相手が小さな妖精であるが、宗徳にはとても嬉しく感じられた。胸の中にあたたかいものが静かに広がっていくのを感じた。


「宗徳さん、レディをどちらにエスコートされるんですか?」


 ミハイルがからかう。


「さ、さあ……。女の人、いや、女の妖精が喜ぶところって、どこだろう……?」


 真面目な顔で宗徳がミハイルに尋ねる。思わず、ミハイルは吹き出してしまった。


「綺麗なところ、美味しいものがあるところ、かわいいものがあるところじゃないですか?」


 ミハイルは、くすくすと笑う。


「ええ……!? 難しいな……」


 真面目な顔で考え込む宗徳。何度も言うが、そんな宗徳の髪は二つ結いだ。


「僕は寺院などがないか、探してみようかと思います。僧侶や神官のかたがたとお話ししてみたいです」


 そう言ってミハイルは、すたすたと歩き去る。


「え……、えええ!?」


 宗徳は頬を赤く染めたまま困惑していた。


「宗徳。どこにエスコートしてくれるの?」


 ユリエは小首を傾げながら、無邪気に笑う。


 う。うむ……。これは、難題だ……。


 宗徳は目を閉じ、考え込んだ。脇に刀を差し、熟考する武人。なにかを悟ろうとする、孤高で高潔な雰囲気を醸し出していた。しかし、しつこいようだが、その髪は愛らしい二つ結いである。




 キースとアーデルハイトは並んで歩く。


 ――どこに行こうかな。


 目の前に、黄色の花で飾られたアーチがあった。


「わっ……! 綺麗……!」


 アーデルハイトは美しい花のアーチに瞳を輝かせる。


「ちょっと行ってみようか」


「うん……! お店の入り口かなあ? 素敵なアーチね!」

 

 花のアーチがなにを意味するのかわからない。人を歓迎するような雰囲気に感じられたので、入ってみることにした。


「こんにちは。いらっしゃい!」


 エプロン姿の上品な印象のおばあさんが、笑顔で出迎えてくれた。奥には豪華な屋敷が見える。屋敷の前の緑あふれる庭園に、白いテーブルと白い椅子が並べられている。テーブルの上には、ティーカップやポットやケーキが乗っており、これからお茶会でも催されるようだった。


「あ。すみません。素敵なお花のアーチが目に入ったので、つい入って来てしまいました」


 キースがおばあさんに勝手に入ったことを詫びる。屋敷は店などではなく、個人の住居のようだ。


「いえいえ! 来てくれてありがとう! さあどうぞ、お二人さん、座ってお茶でも飲んでいってくださいな!」


「え……」


「私は若い人とお話しするのが大好きなの! あなたがたのような人が来るのを楽しみに待っていたのよ」


 キースとアーデルハイトは顔を見合わす。


「さあ、遠慮しないで! 出会ったのはなにかのご縁でしょうから、一緒に午後のお茶を楽しみましょう!」

 

 おばあさんは、明るく優しい笑顔。とても悪い人には見えない。


「いいんですか? じゃあ、遠慮なくいただきまーす!」


 キースは、本当に遠慮なく白い椅子に座った。


「キ、キース!」


「お嬢さん、心配しないで大丈夫よ。私はただの暇を持て余したおばあさんだから」


 アーデルハイトも、おばあさんに促されるまま椅子に座った。


「このお茶、とっても美味しいのよ。一人で飲むのはもったいないお茶なの。あなたがたが来てくれて本当によかった」


 おばあさんは楽しそうにそう言いながら、白いティーカップにお茶を注ぐ。ふわりといい香りが漂う。


「これを入れると、さらに美味しいのよ」


 おばあさんは、黄色の星型の砂糖のようなものをティーカップの脇に添えた。


「へえ! かわいい砂糖だねえ! ありがとうございます!! いただきます!」


 キースは勧められるままに星型の砂糖を入れ、お茶を飲んだ。


「美味しい!」


 そうキースが叫んだ瞬間。急にキースの目の前の風景が変わった。


 ――あ、あれ!?


 キースは緑あふれる庭園ではなく、宇宙空間のようなところに立っていた。


 ――ここは……!?


 美しい星々がきらめく、不思議な空間。手を伸ばせば、星が触れそうなくらいに明るく近く見える。


「ふふふ。ここは、あなたの意識の深いところよ」


 目の前に、先ほどのおばあさんが優しい笑顔で立っている。


「俺の……、意識の深いところ……!?」


「ええ。私はね、若い人のお話を聞くのが大好きなの。特に、恋愛の話を聞くのが大好き! あなた、誰かに聞いてもらいたい恋の悩みがあるんじゃない?」


 おばあさんは、少女のようないたずらっぽい笑顔を見せる。


「恋の……、悩み……?」


「さっきも言ったけど、ここはあなたの意識の少し深い場所よ。あなたが普段の意識では気付かない悩みや思いがあるはずよ。それを私に話してみてちょうだいな」


「普段の意識では気付かない……」


 星々は美しい光を投げかける。吸い込まれそうだ、とキースは思う。


「……恋とは……、人は……」


 キースは、自分でも思いもよらない質問をしていた。


「……もし、自分の命が長くないかもしれない、戦いに行かねばならないと知っているのなら、誰かを本当に好きだと思っていても、その気持ちは自分の中だけで抑えておくべきなのでしょうか。相手の幸せを思うなら、恋は進めるべきではないのでしょうか」


 ――あれ。なんで俺そんなこと訊いてるんだろう――。


 それは、自分でも気付かない、心の奥底で抱えていた疑問だった。


「……だからあなたは、自分の気持ちに気付かないふりをしているのね。そのうえ、自分がお相手の気持ちを知ることがないように、無意識にガードしているのね」


「え……?」


「もともとの鈍感さもあるけれど、自分でブレーキをかけていたのね」


「ええ……!?」


「ごめんなさいね。私、話していると色々わかっちゃうひとなの」


 おばあさんは、ふふふ、と笑う。


「……人の命は短いわ。いつ死ぬかなんて誰もわからない。健康で丈夫な人だって、病気や災害、事故や不幸な出来事で急に天国に旅立ってしまうこともあるものよ」


「はい……、それはそうですが……」


「それでも、みんな恋をするわ」


「…………」


「精一杯恋をして、楽しんで、学んで、辛い思いもして、精一杯生きているの」


 流れ星が流れていく。美しい軌跡を残して。


「大丈夫よ。まだ来ていない、起こっていない未来を考えて気持ちを抑え込む必要なんてないのよ。それより、自分の気持ちに正直になって、今を一生懸命生きて。誰でも皆、自分の気持ちに従いながら、今を生きて、そして未来を創っていくべきなのよ」


「でも……」


「それに彼女はもう、あなたの運命を知っているんでしょう?」


「はい……」


「それなら、判断するのは彼女よ。将来の伴侶としてなんの不安もなく感じられる人と恋をするのも彼女の自由、戦う使命を持つ人と恋をするのも彼女の自由。彼女の気持ちまであなたがコントロールしようとしたって駄目よ。あなたは、自分の本当の気持ちに素直になればそれでいいのよ。そうすることによって、あなたが幸せになれるだけじゃない、あなたの周りも幸せになるのよ」


「本当の……、気持ち……」


 おばあさんは、キースの頬に両手をそっと添えた。あたたかい手だった。


「大丈夫よ。あなたがあなたらしいほうが、みんな笑顔になるの。人はそれぞれ、自分らしく生きていいのよ」


 そう言って、おばあさんはにっこりと笑った。


「自分らしく……」


「そう! この星々のように、皆、輝いていいの!」


 満天の星。ひとつひとつが異なる美しい輝きを放つ。


 ――ああ……。綺麗だな……。俺も、こんなふうに輝くように生きられたら――。


 キースは、優しい光を放つ星に手を伸ばした。


「あれっ……!?」


 そこで、キースはハッとした。


「えっ……!?」


 アーデルハイトの声もした。


「アーデルハイト……!」


 二人は驚いた顔で周りを見回した。

 いつの間にか、おばあさんは消え、緑あふれる庭園も、豪華な屋敷も、お茶も白いテーブルも、すべて消えて無くなっていた。

 キースとアーデルハイトは、公園の中にいた。


「あれ……。ここは……?」


 目の前に、黄色に色づく星形の葉をつけた老木があった。


「あっ……! これは『星の樹』よ!」


 アーデルハイトが声を上げた。


「星の樹……?」


「ええ。星の樹の老木は、人に夢を見せることがあるって、聞いたことがあるわ」


「星の樹……。あの庭園やお茶は、この老木が見せた夢だったのか――」


 ――あのおばあさんは、この「星の樹」だったんだ――。


 さわさわと、枝が風に揺れた。一枚、星型の葉が風に乗り宙を舞う。まるで、流れ星のようだった。


「ありがとう……! おばあさん……!」


 キースは、星の樹の老木に手を触れ、そっと目を閉じた。


 ふふふ。あなたらしく、それでいいのよ。


 おばあさんが笑っているような気がした。




「おかげ様で、お寺のご住職と有意義なお話が出来ました」


 ミハイルが笑って報告する。


「私たち、不思議な体験をしたの」


 アーデルハイトはそう言って微笑んだ。キースは黙って微笑みながらうなづく。


 ――本当に……。不思議な体験だった――。


 瞳を閉じれば、あの星々のきらめきが目の前に浮かぶようだった。


「私! 私、宗徳にアップルパイをご馳走になったの! とってもかわいいお店で、アップルパイも美味しかったー! 宗徳はパフェを食べてたの! とっても素敵なデートだったの!」


 ユリエが目をきらきらさせながら、満面の笑みで報告する。


 えっ……。宗徳が、かわいいお店で、パフェ……。


 ユリエと宗徳以外、一同絶句した。


「う、美味かったぞ! パフェとやら!」


 頬を染めながら宗徳がパフェの感想を述べる。髪はやはり二つ結いだった。


「一個のジュースを、二人一緒にストローを使って飲んだりしたんだよねー!」


 そう言って、ユリエは満足そうな笑顔。


 えっ……。宗徳が……。


 ユリエと宗徳以外の面々は、言葉を失った。

 宗徳は、新しいゾーンに足を踏み入れたようだ。


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