第48話 三つの卵
茜色に染まる空。眼下には、田畑がパッチワークのように広がっている。
「村だ。みんな、今日はここで休もうー!」
キースは、共に空を移動するアーデルハイト、宗徳、ミハイルに声をかける。カイは剣の姿のままだったが同意するように一回光り、妖精のユリエはキースの懐からぴょこんと顔を出し、心得た、とばかりにうなずいた。
それぞれペガサスやドラゴン、翼鹿に乗って空を飛んでいたキースたち。今晩はこの村で過ごすことに決めた。
下降し大地が近くなってくると、村の様子が見えてきた。村の広場のような場所で、大勢の人々が忙しそうに動き回っている。彼らは、のぼりや屋台のテントを設置しているようだ。
「祭りでもあるのかな」
季節は秋、様々な作物が収穫されるころだった。収穫後の秋祭りだろうか、とキースは想像する。地面に降り立ち、人の姿に変身したカイも、キースの言葉に微笑んだ。
「楽しそ――」
楽しそうですね、と言おうとしたのだろうが、カイの言葉が止まる。
「楽しそうじゃ、ないな……」
キースが、カイの言葉に続けた。意外なことに、村の人々の顔は暗く、どこか不安げだったのだ。
祭りの準備なのに、なぜみんな暗い顔なんだろう……?
尋ねる前に、村の人たちの声が耳に届いてきた。
「明日の祭りは大丈夫だろうか」
「いよいよ明日だというのに……。いったい、どうしたらいいんだろう……」
村人たちは、祭りの不安について話している。
「こんにちはあ! 明日はお祭りなんですか?」
キースは、近くにいた若い村人に声をかけてみる。村人は、不安を抱えたままでいられなくて誰かに話したいと思っていたのか、年齢が近い様子のキースたちに親近感を持ってくれたのか、詳しい話をしてくれた。
「旅人さんたちか。ようこそ。明日、祭りなんだ。実は、三つの村の合同の祭りなんだけどね」
「へえ、合同の祭り! すごいな、それは楽しみだねえ!」
村々の合同の祭りを開催する、喜ばしいはずの前日、皆が浮かない顔なのはどうしてなのか、キースはますます気になっていた。
「うん……。開催地は三つの村で順番に回るようにしていて、今年はここが開催地になってるんだけど……。とても困ったことが起きたんだ……」
「とても困ったこと? なにか足りないとか、準備が間に合わないとか?」
若い村人は、首を左右に振った。そして、忌むべきことを告げるかのように声を低くした。
「あれは、魔物かもしれない……」
「魔物……!?」
魔物、と聞いてキースたち一同に緊張が走る。
「魔物が現れたのか!? 詳しく教えてくれ!」
キースが、詰め寄るように村人に問いかけていた。
「え……?」
村人は改めてキースたちを見つめた。そして、ミハイルのところで視線が止まる。ミハイルが、僧侶のような服装をしていることに気付いたようだ。
「あなたがたは……、もしかして……。魔物を退治する人たち……?」
「まあ……、はい。そうですね。僕は退魔士です」
村人の問いに、ミハイルが答えた。
「そうですか……! それはなんとありがたい! ちょっと来て見てください! 俺たちにはあれが魔物かどうかわからないんだけど……。調べていただいて、もし可能ならすぐ退治をお願いします!」
村人は喜びのあまり、つい声を大きくした。周りの村人たちも集まってきた。
「まあ! なんという幸運でしょう! 退魔士のかたがちょうどいらっしゃるなんて!」
「よかったよかった! どうかよろしくお願いします! 村を助けてください!」
村人たちは、退魔士の出現に明るい顔となった。若い村人が、森のほうを指差す。
「あちらの森の中に、気が付くとあったんだ」
「気が付くとあった……?」
ミハイルが、首をかしげた。
「ええ。収穫で皆忙しかったから、気付くのが遅れたんだと思う。いつからあったかはわからないんだけど……」
「あった……、とは? どういったものがあったんですか?」
現場に到着する前に必要な情報を尋ねておくことは、安全で素早い解決に繋がる。少しの情報も聞き漏らすまいと、ミハイルは慎重に尋ねる。
「卵ですよ!」
「卵……!」
若い村人に案内された場所には、見るからに屈強な男たちが立っていた。その中に、一人初老の男性がいた。若い村人は、腕っぷしの強そうな男たちと初老の男性に、キースたちを紹介する。初老の男性が、代表してキースたち一同に丁寧な挨拶をした。この男性が、村の長だった。
「気付いてからは、卵の様子を交代で昼夜問わず監視しているのです」
男たちの視線の先には、淡い光を放つ白い卵が三個並んでいた。
「わっ……! 卵なのに光ってる!」
光る卵など見たことも聞いたたこともない、とキースは息をのむ。しかも、サイズも結構大きい。
「いつ生まれるのかわからないし、下手に刺激を与えると危険かもしれませんので、こうしてただ取り囲んで見ていることしかできないのです」
村の長が、キースたちに説明した。しかし、説明が終わらないうち、妖精のユリエが、卵の傍に飛んで行った。
「あっ! ユリエ! ちょっと待て……!」
キースが、声を上げユリエを止めようとした。近付いたら、どんな危険があるか――。
「……『魔』の気配がしないですね。これは、魔物ではないです」
後ろから、ミハイルの静かな声。
え! 魔物じゃない……?
驚き、キースはミハイルのほうを振り返る。見ると、ミハイルの隣にいたアーデルハイトもうなずいていた。
「ミハイル殿もアーデルハイト殿も、まったく心配しなかったのは、『魔』の気配を感じないせいだったのか……!」
キース同様ユリエを案じる様子だった宗徳が、ほっと胸をなでおろしていた。カイも、安堵のため息をつく。
謎の卵の正体は魔物ではなかった、と知った村人たちの注目は、ミハイルとアーデルハイトに集まる。
「間違いありません。大丈夫ですよ」
ミハイルが、笑顔で村人たちに太鼓判を押した。
「本当ですか!?」
「ええ。安心してください。これはむしろ、よいものではないかと……」
ミハイルが、そう言いかけたときだった。
「これ、ペガサスだよ! ペガサスの卵だよ!」
妖精のユリエが、とびきりの笑顔で叫ぶ。
「ええーっ!」
キースも宗徳もカイも、そして村人たちからも、いっせいに驚きの声が上がった。
「ペ、ペガサスの卵……!?」
「まさか、ペガサスだなんて!」
村人たちは一様にざわめき、キースの後ろに控えるペガサスのルークを見る。こんな聖獣が、卵から生まれるというのか――、皆目を丸くした。
「だって、ここに書いてあるよ!」
「書いてある!?」
皆、確かめるように卵の近くへと駆け寄った。
『ペガサス』
卵の表面に、書いてあった。それはもう、しっかりと。
「誰が書いたんだ!?」
「違うの。ペガサスの卵には、ちゃんとそう記されてあるものなの」
一同、脱力。
「ええーっ!?」
「そ、そんなことが!」
「ありえない!」
「なんとわかりやすい!」
口々に、驚きの声。まったくもって親切設計だった。卵の周囲を取り囲んでいた村人たちは、警戒して一定の距離に離れていたので、そこまで見えなかったのだ。
「自己主張、自己申告しててかわいいよねえ!」
ユリエは、にっこりとしつつ卵を撫でている。
「親切すぎやしないか!?」
ゆっくりと、ペガサスのルークが卵に近付いていく。
「ねっ。ルークもこうやって生まれてきたんだもんね」
ユリエの言葉に、たてがみを揺らし、ルークはうなずいた。
「どうして……。なぜ、この村にペガサスが卵を生んでいったのでしょう……?」
あまりの衝撃に絶句していた村の長だったが、ようやく疑問を口にした。
「たぶん、収穫や祭りを迎える人々の活気や、プラスの波動を気に入って、ここに卵を生んだのでしょう。この村には、きっとよいことがありますよ」
「本当ですか! それはよかった……!」
ミハイルの言葉に、村人たちの顔が明るく輝いた。
ルークが鼻先でそっと卵をつついた、そのときだった。
ぴきぴきぴき……。
「あっ……! 卵が……!」
三個の卵にひびが入る。
「生まれるんだ!」
揺れ動く、卵たち。
ぱかっ!
「わあ、かわいい……!」
皆の見守る中、三頭のペガサスの赤ちゃんが誕生した。
赤ちゃんの一頭は、ルークのような清らかな純白の毛並み、もう一頭は美しい黒毛、そしてもう一頭は――、タータンチェックの柄だった。
「一頭、アバンギャルドなやつがいるけど!」
生命の神秘すぎるデザインに、思わずキースは叫んだ。
三頭は、ルークに擦り寄って甘えた。
「ルーク、お母さんみたいだなあ……」
ルークは、甘える三頭の赤ちゃんに、なにかを伝えているようだった。
「ユリエちゃん。ルークや赤ちゃんたちは、なんて言ってるの?」
微笑ましい光景に笑みをこぼしつつ、アーデルハイトがユリエに尋ねる。
「んーとね。赤ちゃんたちは、ルークに会えて嬉しい、お母さんになって、って言ってる」
「へえ、赤ちゃんでもしゃべれるんだ。ペガサス、すごいな!」
キースが、感嘆の声をもらす。アーデルハイトとキースは、あたたかな笑顔を交わし合った。
ユリエは、次にルークの言葉に耳を傾けた。
「ルークは『私は男だから、それを言うならお父さんだ。でも、私は君たちのお父さんにはなれない。なぜならば、私には大切な使命がある。君たちは、村人の皆さんにお仕えしなさい。私がご主人様に仕えているように』って言ってる」
「主人って俺のことだね! ルーク、いつもありがとな!」
キースが、改めてルークに礼を言う。ルーク、さらになにかを言っている様子。ユリエがルークの言葉に、ふんふん、とうなずいてから翻訳を再開した。
「『私のご主人様はアホだ。でも、私はそんなご主人様を敬愛している。ご主人様はとってもアホな人間だが、愛情豊かで素晴らしい人物だ。君たちも人間たちによくお仕えするのだぞ。アホな人間は、そう多くないと思うが――、人間がアホであろうがそうでなかろうが、君たちは人間たちに愛される存在になるのだぞ』」
「なんか余計なこと言ってない!?」
キースがちょっと不満の声を上げる。赤ちゃんペガサスたちは、つぶらな黒い瞳をきらきらさせ、これがアホなご主人か、なるほど、と納得した顔でキースを見上げる。
「どこに納得してんの!?」
「いやあ! 本当によかった! これで安心して明日の祭りを開催できる! それに、こんなにめでたいことはない! きっと、明日の祭りは盛り上がるぞ!」
村人たちは喜び合った。
村の長が、ミハイルの前に立った。
「本当に、嬉しくもめでたいことです。ペガサスが誕生する、そのうえ三頭もだなんて、夢にも思わなんだ。この小さな村に三頭も聖なるペガサスがいてくれるのは誠に嬉しいですが、ありがたくも大変もったいないこと。三つの村の合同祭の前に現れたというのも、なにかのお導きなのかもしれません。どうでしょう……? 一頭はこの村で育てることにしまして、あとの二頭は他の二つの村にお譲りするというのは……? 聖なるものにもお詳しい、退魔士でいらっしゃるあなた様にご教示いただきたいのですが……」
村の長の提案に、ミハイルは笑顔で答えた。
「とてもよいことだと思いますよ! それぞれの村が豊かに栄えていくと思います。それに村同士の結びつきも、ますます強まることと思います。大変素晴らしいことです……!」
ミハイルの後押しに、村人皆、手を取り合って喜んだ。
「ユリエちゃん。赤ちゃんたちもそれでいいって思ってくれてるかな?」
ミハイルが念のためユリエに、赤ちゃんたちの思いを確認する。
「うん! いいよ、って言ってる! きょうだいたまに集まって、揃って遊べるなら、いいよって言ってる!」
ペガサスの赤ちゃんたちも、喜ぶ人間たちの顔が嬉しいようだ。
キースは、ペガサスの赤ちゃんたちの頭を撫でてあげた。赤ちゃんたちは嬉しそうに目を細めた。
「『ルークさんのアホなご主人様、優しく撫でてくれてありがとう、嬉しい』って言ってる」
「余計なことまで通訳してるし!」
ユリエは、自分の職務に忠実だった。
「旅の皆様、本当にありがとうございました。どうか、今晩はこの村に滞在なさってください。村をあげて歓迎いたします!」
「ありがとう! 実はこの村で宿をとるつもりで立ち寄ったんだ!」
「それから、もしよろしければですが、明日の祭りにもどうか、ご参加くださいませんか?」
「えっ! いいの!?」
キースたち一同は、嬉しい誘いに笑顔になる。
「もちろんですとも! どうぞ楽しんでいってください」
明日もみんな揃って一緒にいられる、ルークや赤ちゃんたちも嬉しそうだ。
「アーデルハイトも体調がまだ万全じゃないと思うし、ここはお言葉に甘えてゆっくりさせてもらおう!」
キースはそう言いながら、隣に立つアーデルハイトを見つめた。夕日に、きらきらと金の髪が輝いている。
きれいだな。
触れてみたい、一瞬キースはそう思った。
「……うん……! 心配してくれてありがとう。キース……」
作物が豊かに実った秋。豊穣の季節。一日一日、そして一年を無事に過ごせることを感謝する祭り。
美しい夕日が、人々の暮らしを優しく包んでいた。
キースとアーデルハイト、若い二人の心も、実りの時期を迎えている。
当の二人は、いまいち自覚がないけれど。




