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旅男!  作者: 吉岡果音
第八章 実りの季節
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三つの卵

 茜色に染まる空。眼下には、田畑がパッチワークのように広がっている。村があるようだ。

 近付いてみると、村の広場に大勢の人々が忙しそうに動きまわっているのが見えた。のぼりや屋台のテントを設置しているようだ。


「祭りでもあるのかな」


 季節は秋、様々な作物が収穫されるころだった。収穫後の秋祭りだろうか。

 一同は、その村に降りることにした。




 意外なことに、村の人々の顔は一様に不安げだった。


 ――祭りの準備なのに、なぜみんな暗い顔なんだろう……?


「明日の祭りは大丈夫だろうか」


「いったい、どうしたらいいんだろう……」


 村人たちのそんな会話が聞こえてくる。


「こんにちは。明日はお祭りなんですか?」


 キースは村人の一人に声をかけてみた。


「ああ……。そうなんだけど……。三つの村の合同の祭りなんだ。今年は、この村が開催地になってるのだが……。困ったことが起きたもんだ……」


「困ったこと? どうして? なぜ困ってるんです?」


「ありゃあ、魔物かもしれん……」


「魔物……!?」


 魔物、と聞いてキースたち一同は真剣な表情になった。


「魔物が現れたのか!? 詳しく教えてくれ!」


 キースが村人に詰め寄る。


「え……?」


 村人は改めてキースたちを見つめた。ミハイルが僧侶のような服装をしていることに気が付く。


「あなたがたは……、魔物を退治する人たちなのか……?」


「まあ……、はい。そうですね。僕は退魔士です」


 村人の問いに、ミハイルが答えた。


「そうですか……! それはなんとありがたい! ちょっと来て見てください! 魔物かどうかわからんのですが……。調べていただいて、もし可能ならすぐ退治をお願いします!」


 村人は安堵と喜びでつい声が大きくなっていた。周りの村人も集まってきた。


「まあ! なんという幸運でしょう! 退魔士のかたがちょうどいらっしゃるなんて!」


「よかったよかった! どうかよろしくお願いします! 村を助けてください!」


 村人たちは、退魔士の出現に明るい顔となった。村人の一人が森のほうを指差す。


「あちらの森の中に、気が付くとあったんですよ」


「気が付くとあった……?」


「ええ。収穫で皆忙しかったから、気付くのが遅れたんだと思います。いつからあったかはわからないんですが……」


「あった……、とは? なにがあったんです?」


「卵ですよ!」


「卵!」


 村人に案内された場所には、見るからに屈強な男たちが立っていた。その中に、一人初老の男性がいた。村人は、腕っぷしの強そうな男たちと初老の男性に、キースたちを紹介する。初老の男性が、代表してキースたち一同に丁寧な挨拶をした。この男性が、村の長だった。


「気付いてからは、卵の様子を交代で昼夜問わず監視しているのです」


 男たちの視線の先には、淡い光を放つ白い卵が三個並んでいた。


「わっ……! 卵なのに光ってる!」


 光る卵など聞いたことがない。しかも、サイズも子犬くらいの大きさがあった。


「いつ生まれるのかわからないし、下手に刺激を与えると危険かもしれませんので、こうしてただ取り囲んで見ていることしか出来なかったのです」


 村の長がキースたちに説明した。

 妖精のユリエが、卵の傍に飛んで行った。


「あっ! ユリエ! 大丈夫なのかよ!」


 キースが思わず声を上げた。


「……『魔』の気配がしないですね」


 ミハイルが卵を見つめ、そう言った。ミハイルの見立てにアーデルハイトもうなづいた。


「えっ?」


 村人たちは、驚いてミハイルとアーデルハイトを見つめた。


「これは、魔物ではないですよ」


 ミハイルが笑顔で村人たちにそう告げた。


「本当ですか!?」


「ええ。安心してください。これはむしろ、よいものではないかと……」


 ミハイルがそう言いかけたときだった。


「これ、ペガサスだよ! ペガサスの卵だよ!」


 妖精のユリエが笑顔で叫んだ。


「ええーっ!」


 一同驚いた。


「ペ、ペガサスの卵……!?」


「まさか、ペガサスだなんて!」


 村人たちは、キースの後ろに控えるペガサスのルークを見た。こんな聖獣が、卵から生まれるというのか――、皆目を丸くした。


「だって、ここに書いてあるよ!」


「書いてある!?」


 驚きながら皆、卵の近くに集まる。


『ペガサス』


 卵の表面に書いてあった。


「誰が書いたんだ!?」


「違うの。ペガサスの卵には、ちゃんとそう記されてあるものなの」


 一同、こけた。


「ええーっ!?」


「そ、そんなことが!」


「ありえない!」


「なんとわかりやすい!」


 一同ざわつく。


「親切設計でしょ?」


 ユリエがにっこりと微笑む。


「親切すぎやしないか!?」


 驚く皆をよそに、ペガサスのルークが卵に近づく。


「ねっ。ルークもこうやって生まれてきたんだもんね」


 ユリエの言葉に、ルークもうなづく。


「どうして……。なぜ、この村にペガサスが卵を産んでいったのでしょう……?」


 村の長が不思議そうに呟く。


「たぶん、収穫や祭りを迎える人々の活気や、プラスの波動を気に入って、ここに卵を産んでいったのでしょう。この村には、きっとよいことがありますよ」


「本当ですか! それはよかった……!」


 ミハイルの言葉に、村人たちの顔が明るく輝いた。

 ルークが鼻先でそっと卵をつついたときだった。


 ぴきぴきぴき……。


「あっ……! 卵が……!」


 三個の卵にひびが入った。


「産まれるんだ!」


 三個の卵が揺れ動く。


 ぱかっ!


 三頭の、ペガサスの赤ちゃんが誕生した。

 一頭は、ルークのような清らかな純白、もう一頭は美しい黒毛、もう一頭はタータンチェックの柄だった。


「一頭、アバンギャルドなやつがいるけど!」


 思わずキースは叫んだ。

 三頭は、ルークに擦り寄って甘えた。


「ルーク、お母さんみたいだなあ……」


 ルークは、甘える三頭の赤ちゃんになにかを伝えているようだった。


「ユリエちゃん。ルークたちはなんて言ってるの?」


 微笑ましい光景に笑顔になりながら、アーデルハイトがユリエに尋ねた。


「んーとね。赤ちゃんたちは、ルークに会えて嬉しい、お母さんになって、って言ってる」


「やっぱりそうかあ」


「ルークは『私は男だから、それを言うならお父さんだ。でも、私は君たちのお父さんにはなれない。なぜならば、私には大切な使命がある。君たちは、村人の皆さんにお仕えしなさい。私がご主人様に仕えているように』って言ってる」


「主人って俺のことだね! ルーク、いつもありがとな!」


 キースが改めてルークに礼を言う。


「『私のご主人様はアホだ。でも、私はそんなご主人様を敬愛している。ご主人様はとってもアホな人間だが、愛情豊かな素晴らしい人物だ。君たちも人間たちによくお仕えするのだぞ。人間たちに愛される存在になるのだぞ』」


「なんか余計なこと言ってない!?」


 キースがちょっと不満の声を上げる。赤ちゃんペガサスたちは、これがアホであるご主人か、なるほど、とうなづきながらキースを見つめる。


「どこに納得してんの!?」


「いやあ! 本当によかった! これで安心して明日の祭りを開催できる! それに、こんなにめでたいことはない! きっと、明日の祭りは盛り上がるぞ!」


 村人たちは喜び合った。

 村の長が、ミハイルの前に立った。


「本当に嬉しくもめでたいことです。ペガサスが、そのうえ三頭も産まれてきてくれるなど夢にも思わなんだ。この小さな村に三頭も聖なるペガサスがいてくれるのは誠に嬉しいですが、ありがたくも大変もったいないこと。三つの村の合同祭の前に現れたというのも、なにかのお導きなのかもしれません。どうでしょう……? 一頭はこの村で育てることにしまして、あとの二頭は他の二つの村にお譲りするというのは……? 聖なるものにもお詳しい、退魔士でいらっしゃるあなた様にご教示いただきたいのですが……」


 村の長の提案に、ミハイルは笑顔でうなづく。


「とてもよいことだと思いますよ! それぞれの村が豊かに栄えていくと思います! それに村同士の結びつきもますます強まることと思います! 大変素晴らしいことです!」


 ミハイルの言葉に、村人皆、手を取り合って喜んだ。


「ユリエちゃん。赤ちゃんたちもそれでいいって思ってくれてるかな?」


 ミハイルがユリエに尋ねた。


「うん! いいよ、って言ってる! きょうだいたまに揃って遊べるならいいよって言ってる!」


 ペガサスの赤ちゃんたちも、喜ぶ人間たちの顔が嬉しいようだ。

 キースはペガサスの赤ちゃんたちの頭を撫でてあげた。赤ちゃんたちは嬉しそうに目を細めた。


「『ルークさんのアホなご主人様、優しく撫でてくれてありがとう、嬉しい』って言ってる」


「余計なことまで通訳してるし!」


 ユリエは自分の職務に忠実だった。


「旅の皆様、本当にありがとうございました。どうか、今晩はこの村に滞在なさってください。村をあげて歓迎いたします!」


「ありがとう! 実はこの村で宿をとるつもりで立ち寄ったんだ!」


「それから、もしよろしければですが、明日の祭りにもどうかご参加くださいませんか?」


「えっ! いいの!?」


 キースたち一同は、嬉しい誘いに笑顔がこぼれる。


「もちろんですとも! どうぞ楽しんでいってください」


 明日も一緒にいられる、ルークや赤ちゃんたちも嬉しそうだ。


「アーデルハイトも体調がまだ万全じゃないし、ここはお言葉に甘えてゆっくりさせてもらおう!」


 キースはそう言いながら、隣に立つアーデルハイトを見つめた。夕日に、きらきらと金の髪が輝いている。


 ――綺麗だな。


 触れてみたい、一瞬キースはそう思った。


「……うん……! 心配してくれてありがとう。キース……」


 作物が豊かに実った秋。豊穣の季節。一日一日、そして一年を無事に過ごせることを感謝する祭り。

 美しい夕日が、人々の暮らしを優しく包んでいた。

 キースとアーデルハイト、若い二人の心も、実りの時期を迎えている。

 当の二人は、いまいち自覚がないけれど。



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