バリエーション!
カイは夢を見ない。
人間ではない、剣だからである。
しかし、眠っている間、人間の夢のように、過去の出来事を記憶の整理として振り返ることがある。
眠っている間のカイの記憶の整理が、人間の夢と決定的に違う点は、意識にのぼることすべてが現実に起きたことであり、空想のものや抽象的なものは出てこないということである。
カイは、眠りの中で自分が生まれた瞬間のことを振り返っていた。
遠い昔。外は辺り一面深い雪。それは、澄んだ空気の凍るような寒い日だった。
光。
カイが初めて感じたのは、明るい光だった。
なんだろう? 明るい――。
ゆっくりと瞼を開ける。
天井。ここは、屋内なのだ、とカイは思った。そして、そう感じてから不思議に思う。
なんで、俺は知ってるんだろう。
瞼を開ければものが見えるということを知っていたのと同じように、天井のこと、ここは外とは違う人間の造った建造物の中であるということを、もうすでにカイは知っていた。
人間――。俺は……、人間によって創られた、剣……!
もうすでに、自分が何者であるかも知っていた。
それでは、俺は……。俺の名は――?
「カイ!」
カイは声のしたほうを見る。カイのすぐ傍に、四人の男性が立っていた。
二人の男性は人間……。あとの二人は……?
大魔法使いヴァルデマーと名匠オースムン、残りの二人は、カイの兄のコンラードとラーシュだった。
「……バリエーション!」
ヴァルデマーとオースムンは声を揃えて叫んだ。
バリエーション?
なんのことかわからない。でも、二人はカイを笑顔で見つめながら、そう叫んでいた。
朝になり、カイは首をかしげる。
バリエーション……? あれは、いったいどういう意味だったんだろう。
なぜヴァルデマーとオースムンが、カイの誕生のときそう叫んだのか、現在でもカイにはわからない。
「ワイン、とっても美味しかったです!」
カイが宿屋の主人に話しかけた。
「お気に召していただけたようで、本当によかったです! ありがとうございました。ぜひまた当宿へお越しくださいませ。美味しいワインをご用意して、いつでもお待ちしております」
宿屋の主人が深々と一礼した。
「ありがとうございます!」
カイも一礼する。
「じゃあ、ご主人、お世話になりました! どうか、お元気で! 魔族の皆さんにもよろしく!」
キースも笑顔で挨拶をした。皆も口々に礼を述べ、宿屋の主人に別れの挨拶をする。
「皆さん、よい旅を……!」
宿屋の主人は笑顔で皆を見送る。
一同はそれぞれドラゴン、ペガサス、翼鹿に乗る。一同は、宿屋の主人に手を振りながら、輝く空へと飛び立った。
それは、青空の中を飛んでいる最中だった。
『カイ……! カイ……!』
カイの頭の中に、懐かしい声が響き渡った。
『…………! コンラード兄さん……!』
カイの意識に呼び掛ける声――、スノウラー山で深い眠りについていたカイたちきょうだいの長兄、コンラードだった。
『コンラード兄さん! 目覚めたのですね……!』
カイの胸は懐かしさでいっぱいになる。カイもコンラードも、目覚める前もたまに交信をし合っていたが、お互い眠りの中にいたので会話という会話は出来ず、無事を確認し合う信号のようなものを送り合う程度しか出来なかった。
『カイ……。本当に久しぶりだな』
穏やかな、低く美しい声。目を閉じると、カイの脳裏にコンラードの姿も浮かんできた。
コンラードは、神秘的な銀色の瞳で切れ長の目、端正な顔立ちをした長身の若い男性である。純白の長い髪は腰の辺りまであり、美しくなめらかな光をたたえている。
『コンラード兄さん。お元気そうでなによりです』
『カイも元気そうだな。よかった。あれから本当に長い歳月が経ったな――』
『はい……!』
『お前の元気な顔が見ることが出来て、本当によかった……。一時はどうなることかと思ったが――』
『魔物との戦いで、俺もボロボロになりましたからね』
『私もかなり衰弱した』
『本当に、こうしてお話が出来るようになってよかったです……!』
『カイ。「受け継ぐ者」は見つかったようだな』
北の巫女の予言の救世主――、キースのことである。
『はい……!』
『そして、ラーシュ……。ラーシュも予言の通り、囚われてしまった――』
『はい……』
カイは視線を落とす。
『……運命の歯車は、予言の通り動き出してしまったということか』
『……残念です』
『カイ。心配だろうが、ラーシュのことはあまり案ずるな。ラーシュは線が細いが、ああ見えて芯は強い男だ』
『はい……、そうですね。ラーシュ兄さんは、とても強い心を、強力な魔力をお持ちです』
『私もお前も頑固だが、ラーシュもそうだ。あれは自分を守る術を知っている』
『そうですね』
カイはうなづいた。ラーシュの無事を信じたくて、自分の心にも言い聞かせるよう、強くうなづいた。
『カイ。ラーシュのこと、頼んだぞ』
『はい!』
『ところで、「受け継ぐ者」は――、お前の新しいご主人は、どうだ? 前のご主人であるエースさんの面影があるか?』
『はい! それはもう、そっくりです!』
『そうか! そっくりか!』
『見た目も、性格もそっくりです。そして、エースさんに輪をかけて、強烈な人です』
『強烈か!』
『はい! 暴走しますし、とんでもない方向から突然攻めてきます』
カイは真面目な顔で言い切る。
『ははは! 攻めてくるのか! それは大変だ! カイ、それでは一緒にいて飽きないだろう?』
『飽きる暇がありません』
いったいなにをどう攻めてくるのか、エースを知っているコンラードには大体の雰囲気の予想が付く。どうでもいいドタバタの大騒ぎに振り回されるカイの姿が目に浮かぶようだった。
『……エースさんや皆と語り合った楽しかった時間を思い出すな』
コンラードは、昔を懐かしむように遠い目をした。
『はい……。ああ! そうだ! コンラード兄さん、ユリエやルークも元気ですよ』
『そうか! それはよかった! 私も早く皆に会いたいな――。予言の魔法使いとの戦いなどがなく、普通に、楽しく会えたらいい、そう願いたいのだが――』
『そうですね――』
『カイ――、無茶はするなよ』
『…………』
『お前が傷つく姿はもう見たくない』
『…………』
『戦いのために生まれた我らだが、それでも、お前には笑っていて欲しい』
『コンラード兄さん……』
『カイ……、元気な姿でまた会おうぞ……!』
『はい……!』
カイの澄んだ黒い瞳に、うっすらと涙がにじむ。コンラードは、涙ぐむカイを優しい眼差しで見つめる。
『……ところで、カイ。お前は本当に美しいな』
『!?』
急になにを言い出す!? とカイは戸惑う。
『わが弟ながら、美しい。いやわが弟だから美しいのかな』
『…………』
『……照れてる』
『!?』
『やーい。照れてる』
『!?』
『ははは! お前はほんと、からかうと面白いなあー!』
『コ、コンラード兄さんっ!』
『かわいーなあ!』
『コンラード兄さん! 俺のこと、からかって……!』
カイは真っ赤な顔になる。
『我らきょうだいが美形なのは、やはり我らを創ってくださったヴァルデマー様とオースムン様の意向かな。作り手は、やはり美しいほうが作り甲斐があるのだろうな』
兄さん、自分で美形っていうんだ――、カイは頬を赤くしながら心の中でツッコミを入れる。
『……どうでもいいですが、それならば、なぜ俺だけ背丈が低いんでしょう』
コンラードはとても長身で、ラーシュも普通に背が高かった。本当にどうでもいい、とカイは思いつつ、なぜ自分だけが背が低いのか気になった。
『それはたぶん――。お前は三番目に創られたからな。ちょっとバリエーションをつけたくなったのだろう』
『バリエーション!』
カイは、ハッとした。
あのときの「バリエーション」って言葉、それだったんだ……!
『……そ、そんな……。俺は、単なるバリエーションで背が低い……』
カイはがっくりと肩を落とした。
『カイ……? なにをそんなに気落ちしている!?』
『いいんです。いいんですよ。別に……。俺は、単なる変化球なんですね……』
三番目の作としての、悲哀だった。
『カイーッ! 私は大好きだぞ! お前のその容姿! ちっこいとこがかわいいし!』
『いいんです……。いいんですよ……。そんなフォローしなくても……』
カイは遠い目をした。
ちなみに、四番目のセシーリアが女の子というのも、バリエーションだった。
「キース」
コンラードとの交信を終え、カイはキースに話しかけた。
「どうした? カイ」
「キースも、三男ですが……。三男で、残念だったこととかありますか……?」
「どうした? 突然」
「いえ……。なんでもないんですけど……」
「三男で、残念だったこと……。そうだなあ。『お下がり』ばっかだったこと、かな?」
「お下がり?」
「おう。服とか、兄貴の『お古』ばっかだったなあ」
「服……」
カイは黙り込んだ。
「どうしたんだ? カイ」
「そうですよね……。キースやお兄さんたちは、皆大きくて背格好が似てますからね……。同じ服でも大丈夫ですもんね……」
「カイ?」
ふっ、とカイはまた遠い目をした。
「どうでも……、いいんですけどね……」
結構、気にしている。




