第43話 魔族、そして人間
人間に友好的な魔族、そんなお客たちを主な客層とする一風変わった宿屋。ろうそくの灯る食堂のテーブルに、美しい食器、上品な盛り付けの料理が並ぶ。
「うわあ! ご馳走だなあ!」
キースが、声を弾ませた。
「魔族がお客さんってことだから、料理も変わってるのかと思った!」
魔族の利用する宿の食事は、もしかしたら食材も調理法も風変わりで、最悪ゲテモノ料理が出てくるのでは、と内心警戒していたのだ。
「いえ。こちらは人間のお客様用のメニューでございます。魔族のお客様向けのお料理は、やはり違いますよ。もしかして、魔族のかたがた向けのお料理もお出ししたほうがよろしかったでしょうか?」
宿屋の主人が、穏やかな笑みを浮かべながら尋ねる。
「えっ、たとえばどんな感じなんですか?」
「魔族のかたがたは、ご存知の通り、人間を食すことすらあります。しかしながら、人間と友好的で人間社会を好まれるこの宿のお客様がたは、あえて我々人間の食生活に近い食事を食べてみたいとご所望です。とはいえ、もともとのご嗜好もございますから、食材は我々人間が調理に使う一般的な食材と一緒ですが、多少魔族風にアレンジを加えてお出ししております」
「よかったあ! 一般的な食材かあ! てっきり、人間とか妖精とか料理して出しちゃうのかと思った!」
「キ、キース!」
さらっと口走ったキースの失礼な発言を、アーデルハイトがたしなめる。妖精、と聞いて、妖精のユリエは思わずアーデルハイトにしがみつく。
「いやあ、それは冗談だけど! すみません、ご主人はいい人みたいだから、そんなひどいことは絶対しないと思ってたけど、相手が魔族だから……。人が普通口にしないような、ちょっと恐ろしげな料理があるのかなと思って……」
キースは軽い冗談を言ったつもりだったわけだが、宿屋の主人は声のトーンを少し落とした。燭台の炎が、揺れる。
「……確かに、中にはそういうお店もございますよ」
「えっ!?」
「魔族を密かに客層としている店は、他にもございます。世の中には、食材として人間や妖精、ドラゴンなどを使った料理を魔族に提供する店もあるそうです」
思いがけない宿屋の主人の告白に、キースたちは一瞬息をのむ。ユリエはますますアーデルハイトに体を寄せ、背にある羽を震わせた。
「いや、余計なことをお話してしまって申し訳ありません。人間も、いろいろですからね。人間に寄り添い、友好的な魔族のかたもいらっしゃれば、魔族に寄り添い、限りなく魔に近い人間もいらっしゃいます」
「そうなんだ……」
「残念な話です……」
宿屋の主人が、少し悲しそうにうつむいた。主人は、友好的な魔族を商売相手としてではなく、心から好きなのだ。
「ああ、申し訳ございません! お食事前にご気分を害するような話をしてしまって……。どの一皿も、旅の皆様の思い出となるよう、そのときどきの新鮮な素材を真心こめて調理しております。どうぞご安心して召し上がってくださいませ」
「こちらこそ失礼なこと言ってすみません! 急に宿泊することになったのに、こんなにご馳走を作ってくださって本当にありがとうございます。では、いただきまーす!」
料理は一皿一皿、シンプルな「美」というものがあった。見た目の美しさに比例するように、味も洗練された上品な奥深い味わいがあった。
「美味しい!」
皆、笑顔を交し合った。心も体もあたたまる心尽くしのご馳走。
「こちらは、魔族のかたにも喜ばれるワインです」
「ああ! いただきます!」
躊躇なくカイが、グラスにワインを注いでもらう。芳醇な香りが辺りを漂う。
「これは素晴らしいですね!」
「この地方の特産のブドウから作られた名品です」
「……ところで、ご主人。ちょっとお尋ねしたいのですが――」
カイが、宿屋の主人に話を切り出す。
「最近、この辺りで魔族が人を襲うような事件――。そういった話はありませんでしたか?」
「まさか……! そんな話は聞いたことがありませんが……?」
「実は、この町より南、この国の国境近い町で人を襲う魔族の幻影が現れました」
「ええっ! そんなことがあったんですか……!」
宿屋の主人が驚く。やはり、魔族の襲撃はとても珍しいことだった。
続けて、ミハイルが口を開く。
「ご主人は、魔族とこの世界に関する噂などをお聞きになったことはありますか? 例えば、魔界の強国に襲われた小国が、この世界に領土を広げようとしている、そんな不穏な噂などを――」
「まさか! そんな話は……!」
宿屋の主人はミハイルの質問に驚く。だが、ろうそくの炎に目を移し、主人は静かにうなずいた。
「でも……。ありえない話ではありませんね……。国境にマジカルチェックが新設されたというのも、なにか不吉な予兆があってのこと。もしかしたら、それは魔族に関わる――」
深刻な表情をする宿屋の主人に、慌ててミハイルは声を掛ける。
「ああ! すみません、どうかお気になさらないでください! それは僕の勝手な憶測です! 魔族の襲撃は、魔界の動向とは無関係のことかもしれません。退魔士の職業柄、つい想像力をたくましくしてしまうもので……!」
キースが、ちょっとごまかすように話を変えた。
「人間の俺たちがここの料理を食えなくなるくらい、早くこの宿にたくさんの魔族のお客さんが帰ってくるといいねえ! 平和が一番だよ! ここの料理が食えなくなるのは寂しいけど。魔族の常連さんたち、みんな元気だといいね! みんな、いいひとたちなんだろ?」
「はい、とても素敵なかたがたです」
宿屋の主人の目尻の皺に、あたたかな優しさが刻まれる。
「そうかあ! 俺もぜひ会ってみたいね!」
「本当に……。皆さん、お元気でいらっしゃればいいのですけど……」
「きっと、大丈夫だよ! 祈ろう! 彼らの平和を……、幸せを!」
「はい。そうですね。私は、いつもあのかたがたの無事を祈っております――」
「ご主人も、いつお客さんがたくさん帰ってきてもいいように、明るく元気で営業続けなよ? ああ! 魔族のお客さんは、明るいのは苦手かな!? 薄暗く元気で頑張ってください!」
わけのわからないキースの励ましに、宿屋の主人は笑ってしまった。
「ありがとうございます! 魔族のお客様で満室になっても、皆様がふたたびお越しになった際は、歓迎いたします。ぜひ料理だけでもご提供させてください!」
「それは嬉し―ねえ! 帰り道、ぜひ寄らせてもらうよ!」
それからは、なごやかに食事を楽しんだ。
カイとミハイルは密かに顔を見合わせる。
「……改めてすごいですね。キースって」
ミハイルが、そっと呟いた。
「はい。容易に場の雰囲気を変えちゃいますよね」
カイが笑顔で答える。
「まるでお日様みたいですね」
「それは褒めすぎでしょう」
カイもミハイルも、笑った。
「おっ? お前らなんの話してんの?」
キースが二人の会話に割って入る。
「なんでもありませーん」
カイが、とぼけた。
「もしかして、俺のこと、褒めてた!?」
「さあ――」
「褒めるなら、はっきりしっかり褒めろ! もったいないじゃないかっ」
「もったいないって、なんですかっ」
「それじゃ褒めの垂れ流しじゃないか! 褒めの垂れ流し、禁止!」
褒めの垂れ流し禁止令が出た。
「大丈夫ですよ。褒めませんから」
ぴしゃり。褒めない。もったいなくなくなった。
魔族……か――。
月が天高く昇っても、キースは眠れないでいた。ベッドの中、天井を見上げながらキースは考える。
国。戦争。領土拡大。やってることはまるで人間みたいだな。きっと魔族ひとりひとりに家族があり、守りたいものがあり、思いがあり、人生があり、欲があり、そして――、おそらく、愛がある――。
自分たちとは違う世界で生きる者たち。でも、根底にあるものはきっと同じ。
あいつらは、恐ろしい力を持っている。もし、この世界を占領する気なら、とっくにそうしていたはずだ。やはり、やつらはこちらの世界には基本的に興味がないんだ。ミハイルの言う通り、勢力を拡大している強国がこちらに攻めてくる可能性は低いだろうな。
キースは寝返りを打つ。
愛、か――。
静かな夜。カーテンの隙間から月明かりが見える。カイは、剣の姿になっていた。ミハイルと宗徳は眠っているようだ。
宿屋の主人の話からすると、本当に魔族は人間のような存在だ。やつらと戦うということは――。
宿屋の主人の笑顔を思い出す。
やはり、命。魔族のやつらも俺たち同様、命を、心を、そして、つながりあう絆を持っている――。
戦いたくない、とキースは思った。
守りたいもの――。
『予言のあなたなら、きっと新たな危機を回避することができると信じています。
あなたがいつも愛と喜びに包まれていますように。
世界が平和で満ちていますように――』
キースは、エースの手紙を思い出した。
『お願いします。助けてください――』
セシーリアの切なる声を思い出した。
俺は……! 俺は……!
キースは、暗闇の中、自分のてのひらを見つめた。
手。男らしい、大きな手。
剣を持つ手。ごはんを食べる手。誰かの手をつなぐ手。そして――、誰かを抱きしめる、手――。
『……誰かに抱きしめてもらうこと……、かな?』
ふと、アーデルハイトの笑顔を思い出した。
エメラルドグリーンの澄んだ瞳を思い出した。
すねた顔、怒った顔、悲しそうな顔を思い出した。
そして、抱きしめたときのぬくもりを、思い出した。
守りたい……! 俺は、皆を、大切な人を、守りたい――!
キースは手のひらをそっと握りしめた。
『あなたらしくいてください。それがきっと、救いになります』
カイの言葉を思い出す。
「俺らしく――。俺は、俺の守りたいものを守る……!」
思わず、キースは呟いていた。
俺は、この世界を守りたい――!
「……うーん。もう、おなかいっぱいですよー」
ミハイルが、ちょうどいいタイミングで寝言を言った。
「なんで、今言うかな!?」
キースは驚いてミハイルのベッドのほうを見る。ミハイルはすやすやと眠り続けている。
「……俺は、もう一杯お代わり可能だ」
宗徳も寝言を言った。
「だから、なんで今言うかな!?」
キースは驚いて宗徳のベッドのほうを見る。宗徳もすやすやだった。
「カイは!?」
念のためカイのほうも見る。カイは剣の姿なので無言だ。
「なんだかなあー。もう」
キースは、思わず吹き出してしまった。そして、自分の手のひらを握りしめたまま、いつの間にか眠ってしまった。
「俺もおなかいっぱいー。そんな俺はお日様みたいなんだそうですー」
キースも寝言を言っていた。褒めの垂れ流し、無意識がしっかり受け取っていた。
月の光は、優しい光を世界に降り注ぐ。




