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旅男!  作者: 吉岡果音
第七章 新しい目覚め
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第42話 フワフワッ!

 一番星が空にまたたくころ、空を移動するキースたち一行は、眼下に見えてきた町に降り立った。


「えっ! 満室……!」


 どの宿も、すでに宿泊客でいっぱいだった。


「今日は、野宿でいいよ」


 真っ先に、アーデルハイトが提案した。もともと一人旅をしていたアーデルハイトは、野宿も慣れたものである。


「だめだ! アーデルハイト! 病み上がりなんだから、せめて今日明日くらいはちゃんとした宿で休まないと……!」


 キースの口調が、ついきつくなる。キースは、アーデルハイトの体調がまた悪くなるのでは、と心配だったのだ。


「キース……、私は大丈夫よ? ミハイルさんと宗徳さんは――」


 ミハイルと宗徳はどうか、アーデルハイトは確認を取ろうとした。


「だーめ! 却下!」


 ミハイルと宗徳が口を開く前に、キースが拒否する。


「却下って……」


「妥協してはだめだ! アーデルハイト! 目指せ! ふかふかの布団! 我々は、本日ふかふかの布団で眠るのだ!」


 アーデルハイトのことを思っての発言のはずなのだが、キースは意味不明に拳を掲げた。言っているうちに、妙な方向へとテンションが上がってしまったのである。


「目指せ! ふかふかの布団―!」


 妖精のユリエが、キースの言葉を繰り返し、小さな拳を掲げた。野宿が嫌というより、ただ楽しそうだから、キースの高めテンションに乗りたくなったようだ。


「行くぞ! 我らは誇り高き『ふかふかの布団団』―っ!」


「おーっ! 我らは誉れ高き『ふかふかの布団団』―っ!」


「我々は安眠を守るため、妥協は一切しないのだーっ!」


「そう! 我々は安眠を守るため、妥協は一切しないんよーっ!」


 キースとユリエだけ、わけのわからない盛り上がりを見せる。

 そう、このムーブメントは、あきらかにキースとユリエだけのものだった。


「……『ふかふかの布団団』……。俺たちは『チーム昼飯』じゃなかったのか……」


 宗徳が、なかば呆然と呟く。


「今、彼らの中のブームは『ふかふかの布団』みたいですよ」 


 ミハイルが、肩をすくめつつ微笑む。


「見つかるといいですね。『ふわふわの布団』」


 カイが、目の前にちょうどあった布団屋さんの看板を見つめながら呟いた。その看板には、大きな字で「ふわふわ」と書いてあった。


「……違うよ。カイ。『ふわふわ』じゃなく『ふかふか』だよ。それに、私たちが探しているのは『ふかふかの布団』じゃなくて『普通の宿屋』だよ」


 アーデルハイトが、念のためカイに丁寧な訂正を入れておいてあげた。「ふわふわ」と「ふかふか」の違いはどうでもいいところだが。


「……旅の皆さま。お困りのようですね」


 後ろのほうから、声を掛けられた。一同、声のしたほうを振り返る。


「もしよろしければ、うちの宿に泊まりませんか?」


 それは、身なりのきちっとした、品のよい年配の紳士だった。


「えっ!? 布団は『ふかふか』ですか!?」


 思わず、キースが問う。


「はい。ふわふわですよ」


「ふかふかじゃないんですか!?」


 思わず、ユリエも食い付いた。


「ふわふわです」


「ふわふわ?」


 キースとユリエの声が揃ってしまった。


「ふわふわです」


「ふわふわ――」


 噛みしめるように繰り返す、キース。噛みしめる必要は、ない。


「フワフワッ!」


 あたかも歌の合いの手のように、ユリエが叫んだ。裏声のやつである。


「『ふわふわ』でも『ふかふか』でも一緒じゃないっ!」


 たまらず、アーデルハイトが叫ぶ。あまりにどうでもよすぎる、やり取り――。

 妙な空気を、仕切り直したのはミハイルだった。


「あの……。どうしてなのでしょう……。宿屋さんが、なぜ今ごろ町中でお声掛けを……?」


 道端で宿に泊まらないかと声を掛ける、まるで、お客さんの呼び込みのようだった。ミハイルの問いに、紳士は語り始めた。


「……実は最近、当宿の宿泊のご予約を取り消されるお客様が多くて――。宿をお探しのご様子の旅のかたを見掛けましたら、お声掛けさせていただくようにしているんです……。うちはちょっと、特殊な宿なもので……。ところで、あなた様は、その服装からお察ししますと、僧職のかたでいらっしゃいますか?」


 年配の紳士は、宿屋の主人だった。宿屋の主人は、どういうわけかミハイルの服装を見て尋ねた。


「いえ。僕は退魔士です」


「退魔士でいらっしゃいましたか……!」


 宿屋の主人は、少し戸惑っているように見えた。


「あの……。僕が退魔士であるとなにか……?」


「いえ……」


 そう言って、宿屋の主人は少し考え込んだ。でも、すぐに意を決し話し始めた。


「……先ほど、うちの宿は特殊、と申しましたが……。実は……。うちの宿は、主に魔族のかたがたをお客様としているのです」


「えっ! 魔族……!」


 思わず一同驚きの声を上げた。魔族を泊める宿、そんな宿は聞いたことがなかった。

 ミハイルが、宿屋の主人に尋ねた。


「魔界に住む魔族は、我々人間を下等な生物とみなしていて、普通関りを持ちたがらないものといいます。それに、この太陽や地上の気候が合わないので、彼らは滅多にこちら側には来ないと……。来るとしても、人間を襲う少数の者、なにか企みのある者か、人間を食べる、いわば魔族の中でもゲテモノ食い扱いされるような変わった連中くらいだけだと聞きましたが……?」


 地上界や魔界に住む魔物というものは、人を襲い喰らうものが多い恐ろしい存在だが、人間に近い姿の「魔族」というものは、地上界に現れることは少ない。人間を襲う魔族は稀で、魔族の中でも異端と考えられていた。


「いえ。魔族も我々同様、いろんなかたがいらっしゃいます。魔族であることを隠しつつ、この世界が好きで観光にいらっしゃるかたもいらっしゃれば、人間が好きで人間と密かに交流を持とうとするかたもいらっしゃいます。それから、魔界にはない魔族にとっては貴重な資源を密かに買いつけるためいらっしゃる商人のかたもいらっしゃいます。うちは、そういう友好的な魔族のかたがたをお迎えする宿を代々続けてまいりました」


「そうだったんですか……!」


 ミハイルも知らなかったようだ。真偽不明の伝説や伝承はあっても、実際に遭遇したというような正確な報告例が少ないので、魔族について詳しくは知られていなかった。


「退魔士のミハイルも知らなかったんだ」


 へえ、とキースは思わず目を丸くした。


「はい。僕が退治するのはほとんどが魔物ですからね。魔物は地上界にも魔界にも存在しますし、人間を食べものと思ってやってきますから、数も多いですし、遭遇する機会も多いです」


「……どうして、急にキャンセルが多くなったんですか?」


 アーデルハイトが、宿屋の主人に尋ねる。


「実は、魔族のお客様のお話では、数年前から魔界のある一国が、近隣の小国を襲い始め、領土を拡大しつつあるとのことでした。自分の国もいつ争いに巻き込まれるかわからない、そんな不穏な情勢のようで、旅行どころではなくなってしまったのでしょう」


「そんなことが……!」


「そんなわけでして……。まあ、うちの宿は魔族のかたを主に対象としているので、宿の造りも一般のお客様に好まれないような暗い雰囲気で、あまり人間のお客様がいらっしゃらないのです。退魔士のかたに、喜んでいただける宿かどうか、胸を張っておすすめは出来ないのですが……」


 宿屋の主人は、申し訳なさそうにそう打ち明けた。


「いえ! 大丈夫です! よろしければ、僕たちを宿泊させてください! キース、みんなもいいですよね?」


 ミハイルが笑顔で皆に確認した。皆も笑顔で同意した。


「宿がなくて、困っていたんです。声を掛けていただいて、とても助かりました! よろしくお願いします!」


 皆、宿屋の主人に一礼した。


「フワフワッ!」


 ユリエが掛け声のように叫んだ。なにか気に入ってしまったらしい。




 石造りの、暗い雰囲気の宿だった。ひんやりとした空間のところどころにゆらめくキャンドルの明かりが、幻想的な雰囲気を醸し出す。


「よろしければ、お夕飯もご用意できますが……?」


 部屋を案内しながら、宿屋の主人が食事の提案をした。


「はいっ! お願いします!」


 キース、カイ、ミハイル、宗徳は、案内された黒と紫を基調とした部屋に入る。アーデルハイトとユリエは、隣の部屋だ。


「ミハイル」


 キースがミハイルに言葉を掛ける。


「あの、俺たちを襲ってきた魔の者は、なんだと思う? 魔物なのか?」


「いえ……。あれから僕も考えたのですが……。あの強さ……。魔族なのかもしれません」


「魔族……!」


「はい。確かに、魔物でも人の形をとれるものもいます。幻影を操るものもいます。強力な力を持つものもいます。でも……。今まで僕が戦ってきたものと、あれはなにか違う……。もしかしたら、あれが魔族だったのかも……」


「なぜだ!? なぜ魔族のやつがクラウスの配下に!?」


「それは僕にもわかりません。でも、宿屋のご主人がお話しくださったように、魔族にもいろいろな者、いろいろな事情があるのかもしれません」


「あの、魔界の不穏な情勢とやらも関係してるんだろうか――」


「もしかしたらそうかもしれません……。でも、その魔界の強国が、この地上を狙ってくるということは考えにくいです」


「え? どうして? 領土を拡大してるんだろう?」


「やはり、基本的に魔族はこの世界を好んではいないのです。居心地の悪いこちらに攻め入るよりも、住みよい魔界の中で広大な領土を保ったほうがいいはずです。こちらの世界を狙って襲ってくるとしたら、むしろ……」


「むしろ……?」


「国を奪われ、魔界に住む場所を奪われた小国……」


「その強大な国に襲われた小国の連中のほうが、可能性が高いということか」


「まあ……。僕の憶測ですが」


「ふうん……」


 キースはベッドに腰掛けた。


「あっ……!」


 キースが驚きの声を上げた。


「えっ!? キース! どうしました!?」


「フワフワッ!」


 ベッドが、予想以上にふわふわだった。




 深夜。そこは、キースたちのいる場所よりも北の町。ある宿屋の一室。

 フレデリクの息子、ハンスはベッドの中で目を覚ましていた。


 また、父さんがいない――。


 ハンスは、毎晩深夜になるとフレデリクがベッドにいないことに気が付いていた。

 いつからそうだったかはわからない。「知恵の杯」のラーシュを盗んだクラウスを追って旅に出て、しばらくしてから気が付いた。


 父さん。深夜にいったいどこに行ってるんだろう。


 ハンスも、そっとベッドを抜け出した。


 ふと、廊下の窓から中庭を見る。


 あっ……! 父さん!


 中庭の木々の影に、父の姿を見つけた。

 ハンスは、父に気付かれないようそっと中庭に出た。

 フレデリクの背中が震えていた


 父さん……? もしかして……。泣いているの……?


 フレデリクは、人の気配に気付き振り返る。


「ハンス……!」


 フレデリクは、泣いていた。月明かりに照らされ、頬が涙で濡れているのがわかる。


「父さん……!」


 父のそんな姿を見るのは初めてだった。


「はは……。どうしても……。ラーシュ君のことを思うとねえ……」


 ハンスは動揺した。


 皆の前では、いつも平静で冷たい印象すら受ける父さんが……!


「……ハンス。お前にとって、ラーシュ君は、小さいころから優しい兄のような存在でしたでしょうが、私にとってもラーシュ君は……」


 涙で言葉が詰まる


「……私にとってもラーシュ君は、師であり友であり親のようであり兄のようでもあり、本当にかけがえのない大切な存在……」


「父さん……!」


「本当に……。日が経てば経つほど……。胸が苦しくなる。昼間は平静を装えますが、夜になると、どうしても……。人間って、弱いものですねえ」


「父さん……!」


 月の柔らかな光の下――、ハンスは父を抱きしめていた。


 父さんも、父さんも辛かったんだ……! 父さんも苦しかったんだ……!


「ハンス。すまないね……。君は、先輩であるクラウス君のことを憧れていたから、苦しみは私の倍以上だろうね……」


「そんな、そんなこと……!」


 ハンスは首を振った。教え子に裏切られた気持ち、大切なラーシュを奪われた気持ち……。父さんの苦しみも僕と同じかそれ以上だ、そうハンスは思った。


「すまない……。本当に……。でも、私は冷静でいようと思っている。そのときそのとき出来ることを私なりに精一杯やろうと思っている。泣いたところで、ラーシュ君は帰ってこないですからね」


「父さん……」


「大丈夫。明日の朝からは、いつも通りの私ですよ。ハンス。心配掛けてすまなかったね」


 幼いころからずっと、ハンスにとって父は謎の存在だった。笑っているときも、怒っているときも、どこか本心からではないような気がしていた。本当の心は、どこにあるのかよくわからなかった。ハンスは子どものころ一度、母親に尋ねたことがある。


「母さんは、父さんのどこが好きになったの……?」


「さあねえ……?」


 母は優しい顔で笑った。


「私は、父さんのすべてが好きよ。いろんな心のすべてが合わさって、父さんなのよ。だから、父さんのここが好きっていう部分はないわ。父さんのことまるごと好きじゃなければ、とても父さんの奥さんは務まらないわ」


 ハンスはよくわからず、きょとんとした。


「いやあね! 大人になに言わせるのよ!」


 母はそう笑いながら、ハンスの頭を撫でた。逆にハンスのほうが、子どもになにを言ってるんだ、と思った。


「父さん……」


 やっと、父の心に触れられた気がした。ハンスは父を強く抱きしめた。


「おやおや。そんなに私のこと心配しなくて大丈夫ですよ」


 違う、心配してるんじゃないよ、とハンスは思った。


 父さんのこと、まるごと抱きしめたいからこうしてるんだ――。


 朝が来たら、また飄々とした父に戻る。また叔父さんに怒られるんだろう。変わり者と人から言われるフレデリク。一方向から光を当てただけではわからない、繊細で複雑な心。


 母さんも、ラーシュさんも、父さんをまるごと受け止めていたんだね――。


「……父さんは、変わり者なんかじゃないよ」


「おや。突然なにを言うんです?」


「……あまり無理しないでね」


「急に変なことを言いますね……?」


「父さんは、そのままでいいんだからね」


 優しい夜風が二人の髪を揺らす。どこからか、虫の声が聞こえる。


「ハンス……?」


 ハンスは黙って父を抱きしめ続ける。


「……なんだかこれじゃ、まるでハンスのほうが父親みたいですね……。んん? まさか、ハンス! 私のこと老いて涙もろくなったって思ってるんじゃあないでしょうね!?」


「違うよ! 父さんは若いよ!」


「年寄り扱いしないでくださいよ!? 叔父さんとは違うんですから!」


 叔父さんは、「リアル年寄り」である。フレデリクとハンスはいつの間にか笑っていた。


「もう、休みましょう。明日も早いですから」


「はい……! 父さん……!」


 空高く、静かに星がきらめいていた。

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