王都へ
観測所のテーブルに、大きな地図が広げられた。一同、地図を囲むようにして座る。
「オッド。オッドはどうすればいいと考えているんだ?」
キースが地図を見ながらオッドに尋ねた。オッドは一呼吸置いてから自分の考えを述べた。
「キース様。港の方角に向かうより、我々は、こちらの方角に向かうべきなのではないか、と」
そう話し、オッドが地図上に指を滑らせる。皆が注目する中、オッドはある場所でぴたりと指を止めた。
「王都か……!」
「はい」
オッドの金の瞳を見つめるキースに、オッドは静かにうなずいた。それから、オッドは話を続ける。
「クラウスが目指す場所はおそらく二つです。それは、コンラードの眠っていたスノウラー山か、王の居城です」
「なるほど――。確かにそうだろうな――」
皆も、オッドの考えに深刻な表情でうなずく。
「……スノウラー山は、俺たちが先に行ってコンラードを連れてきたからもう心配ないな」
「はい。ですから、我々が次に向かうべき場所は、ヘリヤ女王陛下のいらっしゃる城です」
――ヘリヤ女王陛下……!
キースの心の中に、ヘリヤ女王陛下と従者サンデールの笑顔が浮かんでいた。
思わず、キースは膝の上の自分の手のひらを固く握りしめた。
張り詰めた空気の中、オッドはよく通る声でゆっくりと話を続ける。
「港の包囲網を突破し、行方のわからないクラウスをあてもなく探すより、我々は王都へ向かったほうがよいと思われます。王都はここから南西の場所ですが、港はさらにずっと南です。途中でクラウスの最新の動向が判明し、急遽そちらへ向かう場合でも、王都へ向かうルートならば、変更は容易だと思われます」
皆、顔を見合わせうなずく。幸いなことに地図で見ると、観測所から王都への道は、港から王都へ向かうよりもはるかに近かった。クラウスより先に王都に着くのは明白だったが、それでも皆一刻も早く王都へ向かわなければならないという心境になっていた。
「そうだな……! それじゃあ、王都へ急ごう……!」
「はい……!」
皆、キースの一声に席を立つ。王都へ向かう、皆の心はひとつになっていた。
しかし、ひとつになり過ぎていた。行く必要のない小鉢イチオシ、職員たちまでも出発の準備をしようとしていた。
「こらこら。あなたがたはついてこなくっていいって」
いち早く気が付いたキースが小鉢たちを呼び止める。
「あ。さりげなく同行しようとしてたの、バレてました?」
真面目な様子で小鉢イチオシが答えた。
「どこがさりげないんだ! 思いっきりバレバレだわ!」
「え。バレバレですか?」
いつの間にかしっかりとリュックを背負って振り返る、小鉢イチオシ。
前から同行することが決まっていたかのような自然な動きで、小鉢イチオシはリュック、職員たちはおのおのスーツケースを持ち出していた。スーツケースでは容量が足りないのか、風呂敷まで用意している者もいた。小鉢イチオシと職員たちは、戦力になるわけでもなかったが、そのままの流れでついていこうとしていた。
「お役に立ちたいという気持ちも強いですが……。なんか、皆さんと別れるのが寂しい気がしましてね」
小鉢イチオシが寂しそうにポツリと呟く。
別れを惜しむ気持ちは、皆も同じだった。
「小鉢さん。職員の皆さん。今まで本当にお世話になりました。皆さんのことは絶対に忘れないよ」
たぶん、彼らとふたたび会うことはないのではないか、とキースは思う。それでも、キースはあえて笑顔で別れの挨拶を言うことにした。
「キースさん、皆さん……! 私たちも、あなたがたのことは絶対に忘れません……! いえ、と申しますより、あまりに皆さんのキャラクターが強烈過ぎて忘れられそうにありません……!」
「それは、お互い様だろう……!」
「そうですね、お互い様ですね……!」
はっはっはっ、と笑い合う。確かに、それぞれ個性的な面々だった。笑い過ぎて、少し涙が出た。いつの間にか泣き顔みたくなっているのは、別れが悲しいからじゃない、そう思うことにした。
――明るい別れ、それがいいよな……!
「キースさん、皆さん! どうか、くれぐれもお気を付けて……!」
「ありがとう……! どうか、みんなもお元気で……! みんなが、これからもつつがない日々を過ごせるよう、この国を、この世界を必ず守ってみせるから……!」
キースたち強烈メンバーと小鉢たち強烈メンバー、お互いに個性強めな彼らは、握手をし、抱擁をし、それぞれの無事を祈りながら別れの挨拶をした。
雪が舞う中、キースたちはペガサスやドラゴン、翼鹿に乗って出発する。
キースたちは、観測所が小さく見えるまで手を振り、小鉢たちもキースたちが見えなくなるまで手を振り返していた。
――急ごう、ヘリヤ女王陛下の城へ……!
キースの青い瞳は、強い光をたたえていた。
バンッ!
魔界の辺境の森の館。なにか激しい音がした。ビネイアの部屋からだった。
「ビネイア様……!」
ミミアがビネイアの部屋に駆け込むと、絨毯の上にビネイアが倒れていた。
「大丈夫ですか!? ビネイア様……!」
急いでミミアはビネイアを抱き起こす。ビネイアの意識はあり、怪我をしているようにも見えなかったので、ひとまずミミアは安堵した。
「ビネイア様! いったい、どうなさったのです……?」
ビネイアの顔色が悪くはないことを確認しながら、ミミアは尋ねた。
「……人間どもめ。こざかしい真似を……!」
ビネイアは、いまいましそうに呟いた。
「クラウス様より先に、城へ潜入して一気に潰してしまおうと思っていたのに――」
「城……?」
ミミアは、予想外のビネイアの言葉を、思わず聞き返していた。
「ああ。ノースカンザーランドの、城だ」
「地上界の……!」
「どうやら、王都一帯が、魔界と繋がることが出来ないよう、強い結界が張られていたようだ。弾かれてしまった」
「まあ……! ビネイア様……! 大丈夫ですか!?」
弾かれた、と聞き、改めてミミアはビネイアの体を案じた。
「大丈夫だ、ミミア。少し衝撃があっただけだ」
魔族は、目標となる地点さえわかれば地上界のどこへでも出現することが出来た。しかし、王都には特殊な強い結界が張り巡らされているようで、魔界から直接王都内へ侵入することは出来なかったのだ。
「王都付近の地上界に出て、それから王都に入っていくしかあるまい。強い結界のようだが、直接対峙すれば解くことは可能だろう」
「ビネイア様……! いくらビネイア様でも、たったお一人でそのような場所へ向かおうとは、危険すぎます! せめて、ギルダウス様と一緒に……!」
「ギルダウス……」
ビネイアの唇は、ギルダウスの名を呼んだまま、そのまま時を止めた。
「ビネイア様……?」
「…………」
ビネイアは、ミミアから視線を逸らした。
なぜだろう、とビネイアは思う。いつからだろう、自分は無意識にギルダウスと距離を置くようになっていた――、それはいったい、なぜ――? ビネイアは、自分の心に静かに問いかけていた。
ビネイアに忠実なギルダウス。絶対的に信頼のおけるギルダウス。そのまっすぐな瞳は、強く、深く、そして――。
ビネイアは、首を振った。艶やかな黒髪が、揺れる。
「……ビネイア様、どこか、お加減でも……?」
心配そうなミミアの瞳に、ビネイアはまるで迷子になってしまった少女のように映っていた。
ビネイアは、ギルダウスの自分に対する気持ちを、本当は心のどこかで知っていた。
忠誠以外、忠誠以上の深い気持ちを込めて自分を見つめる瞳を、知っていた――。
ビネイアは、もう一度首を振った。今度は、はっきりと強く。
「……なんでもない。ミミア。心配するな。私も、クラウス様に心配をかけたくはないからな」
ビネイアは、自分の唇からクラウスの名がこぼれ出ると、落ち着きを取り戻した。
そうだ。私が愛しているのは、クラウス様なのだからな――。
ビネイアの唇は、微笑みをたたえた。
私はクラウス様を愛している。そして、クラウス様も私を愛している――!
そして、そのことをギルダウスも知っている。ギルダウスは、忠実な私のしもべだ――。
問題ない、とビネイアは心の中で呟く。なにも、問題はないのだ、そうビネイアは呟く。
「ミミア。私は、少し焦っていたのかもしれない。先走らず、クラウス様の足並みに揃えないといかんな」
ビネイアはそう呟くと、立ち上がった。なにごともなかったかのような颯爽とした足取りで、窓辺へと歩む。
クラウス様からの連絡はない。待っていよ、とクラウス様はおっしゃった。私に、あまり話してはくださらないクラウス様だが、私はただクラウス様の指示に従えばよいのだ――。
魔界の空を見つめるビネイア。窓を開けると、ひんやりとした風が体をすり抜けていく。
そういえば、近頃ギルダウスの姿を見ていないな――。
ほんの少し、ビネイアの瞳が揺れる。
ビネイアの瞳は、暗い色をした魔界の空をうつろに映し続けていた。




