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旅男!  作者: 吉岡果音
第十七章 闇の魔法使い
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判断力と注意力

 ズウウン……。


「きゃあっ!」


 いつの間にか、アーデルハイトとユリエの背後に新たなスノウモンスターが迫っていた。


「アーデルハイト! ユリエ!」


 キースが叫ぶ。一番先頭にいたキースと後方にいたアーデルハイトの間には、距離があった。

 巨大な怪物の腕が、冷たい大気を切り裂きアーデルハイトの間近に迫る。一番近くにいた宗徳が駆け出し、アーデルハイトの唇が呪文を放とうとしたときだった。


「白き冬の精霊よ、雪の怪物を天へと導き給えっ!」


 ミハイルが、呪文を叫ぶと同時に、「退魔の杖」を大きく振りかざした。


 カッ……!


 辺りは金色の光に包まれ、ほんの一瞬でスノウモンスターはその輪郭をなくし、元の姿――、大量の白い雪に戻っていた。


「すごい……! たった一回の呪文だけで、スノウモンスターを……!」


 皆、改めて「退魔の杖」の力に目を見張った。


 はあ、はあ、はあ……。


 ミハイルの、息遣いが荒くなっていた。そして、雪の大地に突き刺した「退魔の杖」に体を預けるようにしてうなだれた。


「ミハイルッ!」


 皆、ミハイルの傍に駆け寄る。


「……ちょ、ちょっと……、急激に力を使いすぎました……」


「大丈夫か! ミハイル殿!」


 宗徳がミハイルの肩を掴み、その体を支えた。


「やはり、僕一人で一体を倒すのは……、難しいですね……。もっと、力のある退魔士なら、ここまで消耗しないのでしょうけど……」


 額に汗が浮き出ており、顔色も青白かった。息はまだ整わない。


「ありがとう! ミハイル……! 疲れが出てるのよ! ごめん、無理させて……!」


 アーデルハイトが、ミハイルに治癒の魔法をかけた。


「ありがとうございます……、宗徳さん、アーデルハイトさん。とても楽になりました」


 ミハイルが微笑みを浮かべる。まだ呼吸が完全に整ってはいなかった。


「……皆、疲れが出ているんだ……。スノウモンスターの発見が遅れたというのも、俺たちの疲れがだいぶたまっている証拠だ――」


 キースが皆の顔を見渡して呟く。キースの顔にも、疲労の色が見て取れた。雪山で、怪物と戦いながらの下山は、想像以上に体力と気力を奪っていた。


「……もう、滑り降りちゃいましょうか」


 オッドが、口を開いた。


「え!?」


 皆、オッドの顔を見た。オッドは、口元に笑みを浮かべてはいるが、ふざけた様子はなかった。


「雪山の下山方法に、かかとや尻だけを使って滑り降りる、というものがあります。もちろん、木々や滑落の危険がないところに限りますが」


「へえー! そんな方法があるんだ! それはちょっと楽しそうだな!」


「スピードの制御やバランスの取りかたなど、安全のためには技術がいりますが……。皆さんの身体能力からいえば、問題ないでしょう」


 ガッ!


 オッドは、杖になるような手ごろな木の枝を皆の分切り取った。


「これは、ブレーキ代わりになります」


 少し進むと、木々も危険な大地の裂け目もなく、滑りやすそうな場所が見えてきた。


「ちょっと、私がやってみますね!」


 オッドがかかとを使って滑り降りる。スキーのようにうまくバランスを取り、木の枝を使ってスピードを調節し、綺麗に止まった。


「なるほど! それはいい方法だな……!」


 皆オッドにならい、滑り降りる。アーデルハイトは、ユリエを懐に入れ、魔法も少々駆使しつつお尻で滑り降りた。


「出来そうな場所では、滑り降りる方法で進みましょう! ただ、山に慣れた登山者でさえ、下山での事故は少なくないと聞きます。皆、今後も充分注意していきましょう!」


 オッドの言葉に、皆改めて気を引き締めた。

 用心しながら、滑り降りているときだった。


「うっ……!」


 先頭を滑るキースの目の前に、新たなスノウモンスターが生まれつつあった。

 キースは素早く視線を周囲に走らせた。


 ――なにか、なにか使えるものは……!


 右前方に、雪のコブがあった。


「オッド……! 俺が、あの雪のコブをジャンプ台にして、やつを上から倒す!」


「はい!」


 オッドの返事を待つまでもなく、キースは重心を移動させて滑る方向を右へずらし、雪のコブへと向かっていく。


「どりゃあああっ!」


 ――俺の計算どおーり!


 キースはコブを蹴り上げ、スノウモンスターの上から「滅悪の剣」を振り下ろした。


 ザクッ!


「とどめです!」


 ザッ!


 オッドはまっすぐスノウモンスター目がけて滑り降り、魔剣でスノウモンスターの胴体を切り裂いた。


「白き冬の精霊よ、雪の怪物を天へと導き給え……!」


 即座に唱えたミハイルの呪文により、スノウモンスターを構成する大量の雪は、キースやオッドに襲い掛かることなく辺りに散らばった。


「大丈夫ですか!? キース様!」


 キースは、高くジャンプをして斬りつけたあと、スノウモンスターの巨体を蹴り上げ、オッドを避けるようにして雪原に着地していた。


「うん! ほぼ、俺の計算通りだった!」


 キースはオッドに笑顔を向ける。


「ほぼ……?」


「うん! ほぼ……!」


 元気な笑顔。しかし――。


「ちょっと、右足捻挫したみてーだな!」


 心身共に疲れている上に、慣れない下山と怪物との戦闘、さすがのキースも無理が出ていた。


「大丈夫ですか! すみません、私を避けようとしたばかりに……!」


 オッドはキースを支えて立たせてやり、肩を貸した。


「なにを謝ることがある! こんなのすぐ治るし、肩を貸してくれなくてもだいじょーぶだよ!」


「いえ! ダメです! そうさせてください! 痛む足をかばって下山するのは無理です!」


「あーあ。ごめんな。これじゃあ、ますます時間かかっちゃうなあ」


 アーデルハイトが、治癒の魔法をかける。すぐに捻挫が治るわけはないが、痛みはだいぶ落ち着いた。


「アーデルハイトも、ごめん。魔力、たくさん使っちゃったな。疲れただろ?」


「ううん! なに言ってるの! そんなの、気にしないで!」


 キースや皆の様子を見ていた妖精のユリエが、空高く飛び上がった。


「ユリエちゃん……?」


 ユリエは、上空から辺りを見回しているようだった。凍えるような吹雪の中、華奢な羽で飛んでいるのは、ユリエにとってはかなり辛かったが、頑張って辺りの様子を見ていた。


「あ、あった……!」


 ユリエが、嬉しそうに叫んだ。


「なにがあったの? ユリエちゃん!」


「あったよ! 『偽・コンラード邸』!」


 ユリエは、コンラード邸の偽物件のうちの一軒を発見していた。


「あそこでお昼休憩しようー!」


 偽物件に着くと、アーデルハイトとミハイルとユリエでまた結界を張り、スノウモンスターが侵入出来ないようにした。


「ありがとう! ユリエちゃん! おかげで皆の疲れも取れるわ!」


「色々、探検してみるーっ!」


 ユリエは元気にそう叫ぶと、偽コンラード邸の内部をくまなく探索した。


「色々、発見してみたーっ!」


 ユリエが、必要なものを見つけていた。それは、常備食や救急用具などだった。


「ありがとう! これで、キースの足も固定出来るわ!」


 アーデルハイトが、キースの捻挫した足をテーピングで固定した。

 ユリエの発見したものは、必要なもの以外にも色々あった。謎の地図、古文書、古新聞、古雑誌、バッテリー、なにかのカギ、なにかのカニ、誰かのビキニ、着ぐるみ一式、ちょんまげセット、謎のおしゃれセット、サンセットビーチホテルガイド……。「必要なもの」以外が異様に多い。


「……とりあえず、今必要なものは、常備食と救急用具ね……!」


 様々な要らない品物に囲まれたアーデルハイトの笑顔は、少々ぎこちない。

 一同は昼食を取り、張り詰めていた心と体を休めた。


「ミハイル。体調は大丈夫か?」


 キースがミハイルに声をかける。ミハイルの顔色は、よくなっているようだった。


「はい。大丈夫です! それより、キースこそ大丈夫ですか?」


 ミハイルは、心配そうにキースの足を見つめる。


「ああ! 固定してもらったから、もうへーき! ちゃんと戦えるよ!」


「だめですよ! 無理をしちゃ! 戦闘は、僕たちに任せてください!」


「そうよう! アタシの美しい剣の技があるんだから、アンタはただ黙って指をくわえて見てなさい!」


 ミハイルの言葉に、レーヴィも言葉を付け足す。レーヴィなりのいたわりだった。

 他の皆もキースを心配し、ミハイルの言葉にうなずく。


「大丈夫だって!」


「いえ、無理はいけません。場合によっては、貴殿だけでなく、皆の危険につながる場合もあります」


 オッドが、穏やかな声でキースをいさめる。


「オッド……」


「焦らず冷静に、慎重に行きましょう。下山の危険を回避するには、判断力と注意力が重要です。慌てなくとも、夕暮れまでには必ず下山出来ますから――!」


 オッドの言葉に、皆うなずいた。

 アーデルハイトは、そっとキースの手を握った。


「アーデルハイト……」


 アーデルハイトは、キースに優しい微笑みを向ける。その微笑みとぬくもりは、魔力による治癒の魔法ではなかったが、あたたかく、どんな薬よりもケガに効く最高の魔法のように思えた。

 人の姿に戻ったコンラードが、密かにビキニとちょんまげを装着しようとしているところを、同じく人の姿に戻ったカイが発見し、未然に防いだ。常に焦らず冷静に、判断力と注意力を大切にしていたことによる賜物である。




 大陸を見つめる金の髪の青年。


「もうすぐだな――」


 寄り添うように並ぶ、褐色の肌の、黒髪の美女。


「ええ……。もうすぐですわ――!」

 

 美女は、刃のような微笑みを浮かべる。

 

「クラウス様――!」


 船が、港に近づいていた。

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