判断力と注意力
ズウウン……。
「きゃあっ!」
いつの間にか、アーデルハイトとユリエの背後に新たなスノウモンスターが迫っていた。
「アーデルハイト! ユリエ!」
キースが叫ぶ。一番先頭にいたキースと後方にいたアーデルハイトの間には、距離があった。
巨大な怪物の腕が、冷たい大気を切り裂きアーデルハイトの間近に迫る。一番近くにいた宗徳が駆け出し、アーデルハイトの唇が呪文を放とうとしたときだった。
「白き冬の精霊よ、雪の怪物を天へと導き給えっ!」
ミハイルが、呪文を叫ぶと同時に、「退魔の杖」を大きく振りかざした。
カッ……!
辺りは金色の光に包まれ、ほんの一瞬でスノウモンスターはその輪郭をなくし、元の姿――、大量の白い雪に戻っていた。
「すごい……! たった一回の呪文だけで、スノウモンスターを……!」
皆、改めて「退魔の杖」の力に目を見張った。
はあ、はあ、はあ……。
ミハイルの、息遣いが荒くなっていた。そして、雪の大地に突き刺した「退魔の杖」に体を預けるようにしてうなだれた。
「ミハイルッ!」
皆、ミハイルの傍に駆け寄る。
「……ちょ、ちょっと……、急激に力を使いすぎました……」
「大丈夫か! ミハイル殿!」
宗徳がミハイルの肩を掴み、その体を支えた。
「やはり、僕一人で一体を倒すのは……、難しいですね……。もっと、力のある退魔士なら、ここまで消耗しないのでしょうけど……」
額に汗が浮き出ており、顔色も青白かった。息はまだ整わない。
「ありがとう! ミハイル……! 疲れが出てるのよ! ごめん、無理させて……!」
アーデルハイトが、ミハイルに治癒の魔法をかけた。
「ありがとうございます……、宗徳さん、アーデルハイトさん。とても楽になりました」
ミハイルが微笑みを浮かべる。まだ呼吸が完全に整ってはいなかった。
「……皆、疲れが出ているんだ……。スノウモンスターの発見が遅れたというのも、俺たちの疲れがだいぶたまっている証拠だ――」
キースが皆の顔を見渡して呟く。キースの顔にも、疲労の色が見て取れた。雪山で、怪物と戦いながらの下山は、想像以上に体力と気力を奪っていた。
「……もう、滑り降りちゃいましょうか」
オッドが、口を開いた。
「え!?」
皆、オッドの顔を見た。オッドは、口元に笑みを浮かべてはいるが、ふざけた様子はなかった。
「雪山の下山方法に、かかとや尻だけを使って滑り降りる、というものがあります。もちろん、木々や滑落の危険がないところに限りますが」
「へえー! そんな方法があるんだ! それはちょっと楽しそうだな!」
「スピードの制御やバランスの取りかたなど、安全のためには技術がいりますが……。皆さんの身体能力からいえば、問題ないでしょう」
ガッ!
オッドは、杖になるような手ごろな木の枝を皆の分切り取った。
「これは、ブレーキ代わりになります」
少し進むと、木々も危険な大地の裂け目もなく、滑りやすそうな場所が見えてきた。
「ちょっと、私がやってみますね!」
オッドがかかとを使って滑り降りる。スキーのようにうまくバランスを取り、木の枝を使ってスピードを調節し、綺麗に止まった。
「なるほど! それはいい方法だな……!」
皆オッドにならい、滑り降りる。アーデルハイトは、ユリエを懐に入れ、魔法も少々駆使しつつお尻で滑り降りた。
「出来そうな場所では、滑り降りる方法で進みましょう! ただ、山に慣れた登山者でさえ、下山での事故は少なくないと聞きます。皆、今後も充分注意していきましょう!」
オッドの言葉に、皆改めて気を引き締めた。
用心しながら、滑り降りているときだった。
「うっ……!」
先頭を滑るキースの目の前に、新たなスノウモンスターが生まれつつあった。
キースは素早く視線を周囲に走らせた。
――なにか、なにか使えるものは……!
右前方に、雪のコブがあった。
「オッド……! 俺が、あの雪のコブをジャンプ台にして、やつを上から倒す!」
「はい!」
オッドの返事を待つまでもなく、キースは重心を移動させて滑る方向を右へずらし、雪のコブへと向かっていく。
「どりゃあああっ!」
――俺の計算どおーり!
キースはコブを蹴り上げ、スノウモンスターの上から「滅悪の剣」を振り下ろした。
ザクッ!
「とどめです!」
ザッ!
オッドはまっすぐスノウモンスター目がけて滑り降り、魔剣でスノウモンスターの胴体を切り裂いた。
「白き冬の精霊よ、雪の怪物を天へと導き給え……!」
即座に唱えたミハイルの呪文により、スノウモンスターを構成する大量の雪は、キースやオッドに襲い掛かることなく辺りに散らばった。
「大丈夫ですか!? キース様!」
キースは、高くジャンプをして斬りつけたあと、スノウモンスターの巨体を蹴り上げ、オッドを避けるようにして雪原に着地していた。
「うん! ほぼ、俺の計算通りだった!」
キースはオッドに笑顔を向ける。
「ほぼ……?」
「うん! ほぼ……!」
元気な笑顔。しかし――。
「ちょっと、右足捻挫したみてーだな!」
心身共に疲れている上に、慣れない下山と怪物との戦闘、さすがのキースも無理が出ていた。
「大丈夫ですか! すみません、私を避けようとしたばかりに……!」
オッドはキースを支えて立たせてやり、肩を貸した。
「なにを謝ることがある! こんなのすぐ治るし、肩を貸してくれなくてもだいじょーぶだよ!」
「いえ! ダメです! そうさせてください! 痛む足をかばって下山するのは無理です!」
「あーあ。ごめんな。これじゃあ、ますます時間かかっちゃうなあ」
アーデルハイトが、治癒の魔法をかける。すぐに捻挫が治るわけはないが、痛みはだいぶ落ち着いた。
「アーデルハイトも、ごめん。魔力、たくさん使っちゃったな。疲れただろ?」
「ううん! なに言ってるの! そんなの、気にしないで!」
キースや皆の様子を見ていた妖精のユリエが、空高く飛び上がった。
「ユリエちゃん……?」
ユリエは、上空から辺りを見回しているようだった。凍えるような吹雪の中、華奢な羽で飛んでいるのは、ユリエにとってはかなり辛かったが、頑張って辺りの様子を見ていた。
「あ、あった……!」
ユリエが、嬉しそうに叫んだ。
「なにがあったの? ユリエちゃん!」
「あったよ! 『偽・コンラード邸』!」
ユリエは、コンラード邸の偽物件のうちの一軒を発見していた。
「あそこでお昼休憩しようー!」
偽物件に着くと、アーデルハイトとミハイルとユリエでまた結界を張り、スノウモンスターが侵入出来ないようにした。
「ありがとう! ユリエちゃん! おかげで皆の疲れも取れるわ!」
「色々、探検してみるーっ!」
ユリエは元気にそう叫ぶと、偽コンラード邸の内部をくまなく探索した。
「色々、発見してみたーっ!」
ユリエが、必要なものを見つけていた。それは、常備食や救急用具などだった。
「ありがとう! これで、キースの足も固定出来るわ!」
アーデルハイトが、キースの捻挫した足をテーピングで固定した。
ユリエの発見したものは、必要なもの以外にも色々あった。謎の地図、古文書、古新聞、古雑誌、バッテリー、なにかのカギ、なにかのカニ、誰かのビキニ、着ぐるみ一式、ちょんまげセット、謎のおしゃれセット、サンセットビーチホテルガイド……。「必要なもの」以外が異様に多い。
「……とりあえず、今必要なものは、常備食と救急用具ね……!」
様々な要らない品物に囲まれたアーデルハイトの笑顔は、少々ぎこちない。
一同は昼食を取り、張り詰めていた心と体を休めた。
「ミハイル。体調は大丈夫か?」
キースがミハイルに声をかける。ミハイルの顔色は、よくなっているようだった。
「はい。大丈夫です! それより、キースこそ大丈夫ですか?」
ミハイルは、心配そうにキースの足を見つめる。
「ああ! 固定してもらったから、もうへーき! ちゃんと戦えるよ!」
「だめですよ! 無理をしちゃ! 戦闘は、僕たちに任せてください!」
「そうよう! アタシの美しい剣の技があるんだから、アンタはただ黙って指をくわえて見てなさい!」
ミハイルの言葉に、レーヴィも言葉を付け足す。レーヴィなりのいたわりだった。
他の皆もキースを心配し、ミハイルの言葉にうなずく。
「大丈夫だって!」
「いえ、無理はいけません。場合によっては、貴殿だけでなく、皆の危険につながる場合もあります」
オッドが、穏やかな声でキースをいさめる。
「オッド……」
「焦らず冷静に、慎重に行きましょう。下山の危険を回避するには、判断力と注意力が重要です。慌てなくとも、夕暮れまでには必ず下山出来ますから――!」
オッドの言葉に、皆うなずいた。
アーデルハイトは、そっとキースの手を握った。
「アーデルハイト……」
アーデルハイトは、キースに優しい微笑みを向ける。その微笑みとぬくもりは、魔力による治癒の魔法ではなかったが、あたたかく、どんな薬よりもケガに効く最高の魔法のように思えた。
人の姿に戻ったコンラードが、密かにビキニとちょんまげを装着しようとしているところを、同じく人の姿に戻ったカイが発見し、未然に防いだ。常に焦らず冷静に、判断力と注意力を大切にしていたことによる賜物である。
大陸を見つめる金の髪の青年。
「もうすぐだな――」
寄り添うように並ぶ、褐色の肌の、黒髪の美女。
「ええ……。もうすぐですわ――!」
美女は、刃のような微笑みを浮かべる。
「クラウス様――!」
船が、港に近づいていた。




