自信と役割、歩んできた道
「よっしゃあ!」
「ふっ……!」
確かな手ごたえに、口元に笑みを浮かべるキースとオッド。
ズウウウウン……!
轟音と雪煙を上げ、白い巨人が崩れ落ちる。
キースの「滅悪の剣」がスノウモンスターの胴体部分を疾風のごとく切り裂き、オッドの魔剣の稲妻のような一突きがとどめをさしたのだ。
「キース! オッド殿! 次は俺とミハイル殿が仕留める!」
吹雪の中、キースとオッドを追い越しざま、宗徳が声を張り上げた。
「おう! 頼んだぞ!」
「宗徳様、ミハイル様! では、よろしくお願いします!」
その後ろから続く、エリアスとレーヴィ。
「その次は、アタシたちだからねーっ! アタシたち兄弟の華麗な剣技、今日も見せつけちゃうんだからあ!」
レーヴィがウインクし、大げさに手を振りながら叫んだ。
ミハイルは、「退魔の杖」を握りしめた。
コンラードさん……! 僕を選んでくれてありがとう……!
偉大なる魔法使いヴァルデマーにより創られた、いわば伝説の杖、「退魔の杖」。ミハイルは、身が引き締まる思いだった。
でも、僕に彼の力をきちんと使いこなせるだろうか……?
杖を握る手から全身に広がる、強く激しいエネルギー。
ミハイルの心に、先ほどのキースの鮮やかな剣さばきが浮かんでいた。
そして、キースとカイのいつもの笑顔、ふだんのやり取りも浮かんできた。
キースとカイさんには、培ってきた長年の絆がある――。
いや、それだけではない、とミハイルは心の中で呟いた。
もし仮に、キースとカイさんが初対面だったとしても、キースは天に選ばれし者。きっと、「滅悪の剣」を使いこなせるはずだ――。
ミハイルは思う。キースと自分は違う、と。
優れた才能と磨き抜かれた技術のある熟練の退魔士なら、「退魔の杖」の力をいかんなく発揮できるだろう、しかし、自分は、退魔士としてまだまだ未熟だ、そんな自分に果たして「退魔の杖」を扱えるのだろうか――、と。
ミハイルは、前を駆ける宗徳の背を見つめた。
考えている暇はない――! うまく出来なくても、今の自分で最善を生み出すしかないんだ――!
ミハイルは、自分の魔法がうまく使えなくても、他の誰かが助けてくれることもわかっていた。しかし、自分の役割は自分が果たすしかない、と思う。
僕は、皆と一緒に戦うことを自ら望んだ……! それは、単に皆と共に過ごしていたいからということだけじゃない……! 僕には、皆のために出来ることがあると信じていたからだ……! 今まで僕は、ちゃんと鍛錬を続け、ひたすら技を磨き続けてきたじゃないか……! なにを今更、戸惑うことがある……!
ミハイルは、「退魔の杖」を改めて見つめる。
コンラードさんは、初めて会った僕を、なんのためらいもなく信じてくれたんだ……!
ふと、宗徳の言葉が脳裏に響いた。
『そうか。ミハイル殿とコンビで助かった。俺は、当たりくじを引いたな』
宗徳さんも、僕の力を信頼してくれている……!
ミハイルの顔に、力強さが戻っていた。
僕も、僕を信じる……!
ヒュオオオオオ……。
白い木々の向こうに、唸り声のような不気味な風の音。また、新しいスノウモンスターが出現していた。
「ミハイル殿! 行くぞ!」
「はいっ!」
ズーン、ズズーン……。
迫りくる、白い巨人の足音。
「はっ……!」
大きな弧を描く、銀色の光。
宗徳の刀が、スノウモンスターの脇腹を切り裂いた。
ミハイルは、「退魔の杖」を振りかざした。
「白き冬の精霊よ、雪の怪物を天へと導き給え……!」
カッ……!
瞬間。辺りは金色の光に包まれた。
ドッ!
え……? なに……?
なにが起こったか、ミハイル自身も把握出来ていなかった。
まばゆい金色に、目がくらむ。ほんの少し経って、ようやく目が慣れてきた。
目の前の怪物は、跡形もなかった。
怪物の輪郭を形成していた大量の雪が、激しく飛び散ることも雪崩のように激しく落下することもなく、静かに堆積していた。ただ、スノウモンスターの立っていた辺りが、周りより深い積雪となっているだけだった。
これが、「退魔の杖」の力……!
ミハイルは、驚きをもって自分の手にした杖を眺める。
「すごいな! ミハイル殿!」
宗徳が、振り返って笑う。
「え、ええ……」
ミハイルは、今までとは違うもう一つの大きな違いに気が付いた。
僕の呼吸、まったく乱れていない……! 今までよりはるかに魔力を消耗していないんだ……!
「ミハイルちゃん、すごーい! でも、ちゃんとアタシたち兄弟の冴えわたる剣の切れ味も、見逃さないでよねー!」
ミハイルと宗徳を笑いながら追い抜くレーヴィ。
「宗徳殿、ミハイル殿! 次は私とレーヴィが必ずや敵を仕留めますぞ!」
そう叫び、エリアスも駆けていく。
「レーヴィさん、エリアスさん、どうぞお気をつけて!」
レーヴィとエリアスを笑顔で見送ってから、ミハイルはふたたび呆然と「退魔の杖」に目を落とす。
「ミハイル様」
突然、コンラードが「退魔の杖」の姿から、人の姿に戻っていた。
「コ、コンラードさん……!」
パンツ一丁の姿で。
「ああ、すまん、すまん。つい全部着るのを忘れていた。なにしろ、久しぶりだからね」
コンラードは、慌てることなく平然とした面持ちで、人と変わらぬ速度で服を着こむ。
「……コンラード殿。早く着ないと冷えてしまう」
宗徳が、服を着るのを手伝ってあげた。カイが見たら、間違いなく兄を叱責する光景である。ついでに宗徳にも「甘やかしてはいけません!」とたしなめること請け合いである。
「ミハイル様。スノウモンスターが現れる少し前、どこかためらわれていたように感じましたが……?」
まっすぐなコンラードの銀色の瞳。
「! コンラードさん……!」
ミハイルの心の揺れが、コンラードにも伝わっていた。
危険な雪山、スノウラー山。今、時間にゆとりはまったくないはずだった。それでも、あえてコンラードは人の姿に戻り、ミハイルに問いかけていた。
コンラードは、この質問が歩みを止めてまでもしなくてはいけないことだと感じていたのだ。
ミハイルは、コンラードの思いを汲んで意を決し、自分の不安な気持ちを隠すことなく伝えることにした。
「……さっき……、僕は自信が持てないでいました。果たして僕が、コンラードさん、あなたのような強力な魔力の杖を使えるのか、そんな資格があるのか、正直不安だったのです」
「ミハイル殿……!」
思わず、宗徳は驚きの声を上げる。そんなふうにミハイルが考えていたとは、宗徳にとっては意外な告白だった。
「ミハイル殿は、すでにとても素晴らしい力を……!」
「僕は、まだまだ未熟です」
ミハイルは、穏やかな笑みを浮かべる。自分を小さく見積もる気はないが、自分の実力は自分でわかっているつもりだった。
「……いいえ」
コンラードは微笑みをたたえ、静かに首を振った。
「ミハイル様。宗徳様がおっしゃったように、あなた様は、素晴らしい退魔士だ。昨日、初めてお会いしたときにも感じておりましたが、今、こうして力を合わせてみて、改めてそう思います。いや――、言葉が足りませんね。私が想像していた以上に、素晴らしい力をお持ちだと、そう思います」
「コンラードさん……」
雪が吹き付ける中、朝日が差す。日の光を受け銀色の瞳は、より深くあたたかな色合いを帯びる。
「持って生まれた力だけではない、あなた様が、正しい修行を続けておられたこと、自分のためではなく世の人々のため、身も心もひたむきに鍛えておいでだったこと、そして、豊かな日常の中、よき心を育ててこられたこと、すべて伝わってきました」
「コンラードさん……」
ミハイルの心に、コンラードの言葉の一つ一つがあたたかく染み込んでいく。
「私の力が、あなた様のお役に立てるなら、こんなに喜ばしいことはありません……!」
コンラードは、自分の胸に手を添え、うやうやしく一礼した。隣の宗徳も、笑顔でうなずく。
「ミハイル殿! ミハイル殿は、もっと自信を持つべきだと思うぞ!」
「コンラードさん、宗徳さん……! ありがとうございます……!」
ミハイルのハシバミ色の瞳が、喜びで震えた。
薄日ではあるが、柔らかく辺りを照らす朝日。
自分は、まだまだ未熟だ、しかし、こうして自分を認めてくれるひとびとがいる、その思いや言葉は、大切に受け取ろう、そう思った。
コンラードと宗徳の包み込むような笑顔。紛れもない自分に向けられた笑顔。
ミハイルは、自分にも自分の笑顔を向けよう、そう静かに思った。自分の歩いてきた道を、自分もきちんと認めてあげよう、そう思った――。
コンラードは穏やかに微笑みつつ、自分の服のボタンを一つずつ外し始めた。
え……。コンラードさん……?
「コンラード兄さん! またなにやってるんですかーっ!」
ちょうどいいタイミングで、カイたちが追いつく。コンラードにツッコミを入れる、それだけの役割で、カイは人の姿に戻っていた。
「え。なにって、変身を……」
コンラードは、当たり前といった顔つきでカイを見つめる。
「だからーっ! 変身は一瞬で出来るでしょうー!?」
「ああ。久しぶりだからね。つい、忘れてしまったようだ」
「忘れるわけないでしょーっ!?」
コンラードは涼しい顔。確信犯である。
ズズーン……!
レーヴィとエリアスが、見事な手腕でスノウモンスターを倒していた。
「ねえ、見たっ!? アタシと兄さんの美しい剣さばきっ! ねえ、みんな、見たっ!?」
レーヴィは赤い髪を揺らし、自慢げに後ろを振り返る。
誰もいなかった。
「誰も見てないんかーい!」
レーヴィの叫び声は、むなしく雪山に吸い込まれていった。




