コンラード邸
キースが、「コンラード邸」の木の扉に手をかけたときだった。
どどどどどど。
中から、騒々しい足音。
ばんっ!
「やあ! ようこそ! わが山城へ!」
「…………!」
勢いよく中から扉が開き、キースは鼻をぶつけていた。
――無駄に、元気いっぱいだな……。
目の前には、銀色の瞳、白く輝く長い髪をした美しい青年――、カイの長兄コンラードが満面の笑顔で立っていた。
「ち、ちーす……!」
激突で真っ赤になってしまった鼻に手を当てつつ、キースは間の抜けた挨拶をした。
「ああ! すまなかった! つい、皆に会うのが楽しみすぎて……!」
「……コ……、コンラード兄さん……」
カイが、脱力していた。
「おお! カイ! 本当によく来た……! 兄は、嬉しいぞ……!」
コンラードは、さあ、遠慮なく兄の胸に飛び込んできなさい、とばかりに両腕を広げカイを迎え入れようとした。
しかしカイは、「遠慮することなく」遠慮した。
「カイ! 遠慮しなくていいぞ! 兄さんの広い胸を貸してあげよう!」
「遠慮させてください」
なんでそこで胸を借りる必要が、とカイは思う。
「コンラード、変わらないなあ……」
ユリエも脱力していた。
「カイ! 恥ずかしがってないで! さあ! 待ちわびた、感動の再会なんだぞ!」
輝く笑顔。感動の押し売りのような、有無を言わせぬ広げられた腕。
「じゃ、代わりに俺が」
埒が明かなさそうなので、キースがカイの代わりにコンラードの腕の中に収まることにした。
キース、なんでお前が代わりになるんだ、そもそも代わりってなんなんだ、とコンラードとキース以外の面々は疑問に思ったが、当のコンラードは代理の抱擁でもまったく構わないようだった。
「初めまして、お兄さん。俺がキースです」
キースは、まるで初めて義理の兄に対面した嫁のような挨拶をする。
「おお! やはり君がキース君か! 弟が世話になったな。本当にありがとう! 改めて、私が噂のコンラードだ!」
噂のコンラード……。自分で、言っちゃうんだ……。
強烈な対面の現場に出くわしてしまった一同は、あっけにとられつつ、無駄に抱擁し続ける男二人を眺めていた。どこをどう探しても、そこに感動的要素は見当たらない。
「あっ! ミハイル! スノウモンスターがまた現れる前に、ここに結界を張りましょう!」
アーデルハイトが、現実に戻って叫ぶ。それは、奇妙な流れを断ち切る叫びでもあった。
「ええ! そうですね! 今晩はここに泊まって早朝出発出来るように、結界を作りましょう! 一晩くらいなら、持つはずです!」
ミハイルもアーデルハイトの提案に同意だった。そして、場の雰囲気と皆の意識を一新する意味合いも一緒だった。
「大変だろうから、私も結界張るの手伝う!」
妖精のユリエも結界張りの名乗りを上げる。流れ、場の雰囲気、意識の一新などはユリエには関心がなかったが、一応一翼を担った。
「これより、スノウモンスター、立ち入り禁止っ!」
アーデルハイトが、とっても直接的な呪文を唱える。
「大気の精霊、大地の精霊よ、この空間を災いの目から隠し、災いの手から守り給え!」
ミハイルも結界を張る呪文を唱えた。
「出でよ、トラロープ!」
ユリエが、呪文で黄色と黒色の縞々のロープ状のなにかを召喚し、辺りに張り巡らせた。
「出でよ、キープアウトシール!」
さらにユリエが追加で「キープアウト」と書かれたシールに似たなにかを召喚する呪文を唱え、ダメ押しとばかり周辺に張り巡らせた。
「三人で完ぺきな結界を張ったね!」
にっこり笑顔のユリエ。額には、労働の後の光る汗。
ユリエ、すげえな……! よくわかんないけど、なんかすげえな……!
思わず、皆ユリエに称賛の拍手を送った。
「さあ、皆さん、それでは中へどうぞ。危険を顧みず、よくぞいらっしゃった……!」
コンラードは、皆を招き入れた。
ゴウウウウウ……。
外は、不気味な風の音。遠くでまた新たなスノウモンスターが誕生しているようだった。
山小屋のような造りの「コンラード邸」の中は、暖炉もあり人間が快適に過ごせる空間になっていた。
「吹雪の止む三日間に、毎年観測所の皆さんや、稀にそのほかの人たちも来ることがあるらしい。そのため、ちゃんとした造りになっている」
「……コンラード兄さん。それにしても、あんなわかりやすい看板までつけて! 隠れる意味がないんじゃないですか?」
カイが率直な疑問をぶつける。力を悪用されることを防ぐために、自ら自然の要塞のスノウラー山で眠ることを望んだはずのコンラード。それなのにあの看板は、思いっきり目立つ目印である。
「カイ。大丈夫だ。実は、スノウラー山にはまったく同じ看板を付けた、まったく同じ山小屋が、あと五十ほどあるそうだ」
「ご、五十!? この山に同じ建物が、そんなにあるんですか!?」
「ああ。そうらしい。私が目覚めたときに状況がわかるように、『コンラード邸のしおり』にそう書いてあったのだ」
「『コンラード邸のしおり』、なんてものがあるんですか!」
そっくりの建造物がそんなにあるのも驚きだったが、「コンラード邸のしおり」なるものがあるというのも驚きだった。
「うむ。邸宅内には隠し部屋もたくさんある。畳をばんっと叩くと、畳がひっくり返る仕掛けとか、本を取ると本棚が動いて通路が現れる仕掛けとか、色々あるのだ」
「へーえ! 探検したいな! 『コンラード邸』!」
キースとユリエが瞳を輝かせた。
「……それにしても、年に三日間しか晴れない雪山に、山小屋を五十建てるより、建物をわかりにくくしたほうがよいような気がしますが……」
カイが「ダミー・コンラード邸方式」に物言いをつける。
「たまに、観測所の人も間違えるらしいぞ。観測所の人が置いて行った『コンラード邸自由ノート』にそう書いてあった」
他人事のようにコンラードは笑う。ずっと深い眠りの中にあったコンラード自身が発注したわけではないので、他人事と言えば他人事なのだが。ちなみに、「コンラード邸自由ノート」とは、この地を訪れた人がなんでも自由に思ったことを書き記すノートらしい。そのノートも現在、七冊目である。
「それにしても皆さん。だいぶお疲れでしょう。お体は大丈夫ですか?」
コンラードが、心配そうに皆を見た。
「ありがとう! 疲れたし、寒かったけど、皆無事だよ……!」
皆、キースの返事にうなずく。
「どうぞ皆さんお体を休めてください。大したもてなしは出来ませんが――」
一同は、「コンラード邸」に準備してあった常備食や、それぞれ準備していた非常食を食べ、早々に体を休めることにした。
「探検―!」
はしゃぐキースとユリエを除いて。
ばーん!
キースとユリエは、早速、畳返しを堪能した。
「カイ。皆の話では、明日の早朝ここを発って下山する予定とのことだが、本当に皆の体調は大丈夫だろうか……?」
コンラードがカイに尋ねた。
「はい。ここでもっと休んだほうがよいとは思いますが、結界の問題もありますから」
「そうか。皆には、面倒をかけたな」
畳の下、床下にある謎の壺を発見し、キースとユリエは歓声を上げた。その姿を眺め、コンラードは、くすり、と笑う。
「……それにしても、カイ……。お前は、たくさんのよき出会いに恵まれたな」
「はい――!」
カイは、コンラードの言葉に力強くうなずいた。
「私はずっと一人でいたから――。永く主人に仕え、大勢の人に囲まれていたお前たちが羨ましいな」
本棚の裏の謎の通路も発見し、歓喜の雄叫びを上げるキースとユリエの姿を眺めつつ、コンラードは少し寂しげに微笑む。
「いいえ……。コンラード兄さん」
カイは、まっすぐ兄の瞳を見つめた。
「ん……?」
「これからは、コンラード兄さんも一緒です! もう一人ではありませんよ!」
「私は、もう一人ではないのか……?」
「はい……! 今までも、決してコンラード兄さんは一人ではありませんでしたが、これからは、常に皆と一緒です……!」
柔らかに部屋を照らす暖炉の炎。窓を揺らす風雪も、凍えるような冷気も入り込めない、あたたかで確かな世界がそこにあった。
翌朝、一行は「コンラード邸」を出発することになった。
「ミハイル様。どうぞ、私をお使いください」
コンラードが、ミハイルの前に立ち、ひざまずいた。
「コンラードさん……!」
「私は『退魔の杖』。退魔士である貴方様にお仕えすることにいたしましょう……!」
コンラードは、そう言うと自分の服のボタンを一つずつ外そうとした。
「コンラード兄さーん!」
カイが、大急ぎでコンラードの前に躍り出る。
「ん? どうした? カイ」
「杖の姿になるのは、一瞬で出来るでしょう!」
コンラードは皆の前で、全裸になる気満々だった。
「変身は、別に人間的速度で構わないのではないか?」
「構いますっ! さあ、一瞬で変身してくださいっ! じゃないと、一人置いていきますよ!」
コンラードを連れて帰るつもりで来ているのに、置いていくとは本末転倒な脅しである。
コンラードは、皆に「人間体の全容」を披露出来なくて不満気ではあったが、一瞬のうちに「退魔の杖」に変身した。
「……コンラードさん。よろしくお願いしますね……!」
キャラクター面に一抹の不安を感じながら、ミハイルは「退魔の杖」を手にした。
「これは……! すごい……! 力が、あふれてくるようだ……!」
「さすが、カイの兄ちゃんだな……!」
「滅悪の剣」を手にし、キースが笑いかける。
吹き付ける風雪。肌を切り裂くような、凍える空気。
「皆、疲れがあるだろうから、より一層気を引き締めていこう……!」
白い木々の向こうに、そびえ立つようなスノウモンスターの姿が、見えた。
「よし……! 行くぞ! コンラード兄ちゃんを連れて、みんな揃って北の神殿に帰るぞーっ!」
キースは、「滅悪の剣」を高く掲げ叫んだ。
「帰りましょう、皆揃って……!」
キースとオッドが先頭を駆ける。皆、その後に続く。
「コンラードさん! では、行きますよ……!」
「退魔の杖」は、答えるように金色に光輝いた。
ミハイルとコンラード、新たな絆が生まれる。




