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旅男!  作者: 吉岡果音
第十七章 闇の魔法使い
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コンラード邸

 キースが、「コンラード邸」の木の扉に手をかけたときだった。


 どどどどどど。


 中から、騒々しい足音。


 ばんっ!


「やあ! ようこそ! わが山城へ!」


「…………!」


 勢いよく中から扉が開き、キースは鼻をぶつけていた。


 ――無駄に、元気いっぱいだな……。


 目の前には、銀色の瞳、白く輝く長い髪をした美しい青年――、カイの長兄コンラードが満面の笑顔で立っていた。


「ち、ちーす……!」


 激突で真っ赤になってしまった鼻に手を当てつつ、キースは間の抜けた挨拶をした。


「ああ! すまなかった! つい、皆に会うのが楽しみすぎて……!」


「……コ……、コンラード兄さん……」


 カイが、脱力していた。


「おお! カイ! 本当によく来た……! 兄は、嬉しいぞ……!」


 コンラードは、さあ、遠慮なく兄の胸に飛び込んできなさい、とばかりに両腕を広げカイを迎え入れようとした。

 しかしカイは、「遠慮することなく」遠慮した。


「カイ! 遠慮しなくていいぞ! 兄さんの広い胸を貸してあげよう!」


「遠慮させてください」


 なんでそこで胸を借りる必要が、とカイは思う。


「コンラード、変わらないなあ……」

 

 ユリエも脱力していた。


「カイ! 恥ずかしがってないで! さあ! 待ちわびた、感動の再会なんだぞ!」


 輝く笑顔。感動の押し売りのような、有無を言わせぬ広げられた腕。


「じゃ、代わりに俺が」


 埒が明かなさそうなので、キースがカイの代わりにコンラードの腕の中に収まることにした。

 キース、なんでお前が代わりになるんだ、そもそも代わりってなんなんだ、とコンラードとキース以外の面々は疑問に思ったが、当のコンラードは代理の抱擁でもまったく構わないようだった。


「初めまして、お兄さん。俺がキースです」


 キースは、まるで初めて義理の兄に対面した嫁のような挨拶をする。


「おお! やはり君がキース君か! 弟が世話になったな。本当にありがとう! 改めて、私が噂のコンラードだ!」


 噂のコンラード……。自分で、言っちゃうんだ……。


 強烈な対面の現場に出くわしてしまった一同は、あっけにとられつつ、無駄に抱擁し続ける男二人を眺めていた。どこをどう探しても、そこに感動的要素は見当たらない。


「あっ! ミハイル! スノウモンスターがまた現れる前に、ここに結界を張りましょう!」


 アーデルハイトが、現実に戻って叫ぶ。それは、奇妙な流れを断ち切る叫びでもあった。


「ええ! そうですね! 今晩はここに泊まって早朝出発出来るように、結界を作りましょう! 一晩くらいなら、持つはずです!」


 ミハイルもアーデルハイトの提案に同意だった。そして、場の雰囲気と皆の意識を一新する意味合いも一緒だった。


「大変だろうから、私も結界張るの手伝う!」


 妖精のユリエも結界張りの名乗りを上げる。流れ、場の雰囲気、意識の一新などはユリエには関心がなかったが、一応一翼を担った。


「これより、スノウモンスター、立ち入り禁止っ!」


 アーデルハイトが、とっても直接的な呪文を唱える。


「大気の精霊、大地の精霊よ、この空間を災いの目から隠し、災いの手から守り給え!」


 ミハイルも結界を張る呪文を唱えた。


「出でよ、トラロープ!」


 ユリエが、呪文で黄色と黒色の縞々のロープ状のなにかを召喚し、辺りに張り巡らせた。


「出でよ、キープアウトシール!」


 さらにユリエが追加で「キープアウト」と書かれたシールに似たなにかを召喚する呪文を唱え、ダメ押しとばかり周辺に張り巡らせた。


「三人で完ぺきな結界を張ったね!」


 にっこり笑顔のユリエ。額には、労働の後の光る汗。


 ユリエ、すげえな……! よくわかんないけど、なんかすげえな……!


 思わず、皆ユリエに称賛の拍手を送った。


「さあ、皆さん、それでは中へどうぞ。危険を顧みず、よくぞいらっしゃった……!」


 コンラードは、皆を招き入れた。


 ゴウウウウウ……。


 外は、不気味な風の音。遠くでまた新たなスノウモンスターが誕生しているようだった。

 山小屋のような造りの「コンラード邸」の中は、暖炉もあり人間が快適に過ごせる空間になっていた。


「吹雪の止む三日間に、毎年観測所の皆さんや、稀にそのほかの人たちも来ることがあるらしい。そのため、ちゃんとした造りになっている」


「……コンラード兄さん。それにしても、あんなわかりやすい看板までつけて! 隠れる意味がないんじゃないですか?」


 カイが率直な疑問をぶつける。力を悪用されることを防ぐために、自ら自然の要塞のスノウラー山で眠ることを望んだはずのコンラード。それなのにあの看板は、思いっきり目立つ目印である。


「カイ。大丈夫だ。実は、スノウラー山にはまったく同じ看板を付けた、まったく同じ山小屋が、あと五十ほどあるそうだ」


「ご、五十!? この山に同じ建物が、そんなにあるんですか!?」


「ああ。そうらしい。私が目覚めたときに状況がわかるように、『コンラード邸のしおり』にそう書いてあったのだ」


「『コンラード邸のしおり』、なんてものがあるんですか!」


 そっくりの建造物がそんなにあるのも驚きだったが、「コンラード邸のしおり」なるものがあるというのも驚きだった。


「うむ。邸宅内には隠し部屋もたくさんある。畳をばんっと叩くと、畳がひっくり返る仕掛けとか、本を取ると本棚が動いて通路が現れる仕掛けとか、色々あるのだ」


「へーえ! 探検したいな! 『コンラード邸』!」


 キースとユリエが瞳を輝かせた。


「……それにしても、年に三日間しか晴れない雪山に、山小屋を五十建てるより、建物をわかりにくくしたほうがよいような気がしますが……」


 カイが「ダミー・コンラード邸方式」に物言いをつける。


「たまに、観測所の人も間違えるらしいぞ。観測所の人が置いて行った『コンラード邸自由ノート』にそう書いてあった」


 他人事のようにコンラードは笑う。ずっと深い眠りの中にあったコンラード自身が発注したわけではないので、他人事と言えば他人事なのだが。ちなみに、「コンラード邸自由ノート」とは、この地を訪れた人がなんでも自由に思ったことを書き記すノートらしい。そのノートも現在、七冊目である。


「それにしても皆さん。だいぶお疲れでしょう。お体は大丈夫ですか?」


 コンラードが、心配そうに皆を見た。


「ありがとう! 疲れたし、寒かったけど、皆無事だよ……!」


 皆、キースの返事にうなずく。


「どうぞ皆さんお体を休めてください。大したもてなしは出来ませんが――」


 一同は、「コンラード邸」に準備してあった常備食や、それぞれ準備していた非常食を食べ、早々に体を休めることにした。


「探検―!」


 はしゃぐキースとユリエを除いて。


 ばーん!


 キースとユリエは、早速、畳返しを堪能した。


「カイ。皆の話では、明日の早朝ここを発って下山する予定とのことだが、本当に皆の体調は大丈夫だろうか……?」


 コンラードがカイに尋ねた。


「はい。ここでもっと休んだほうがよいとは思いますが、結界の問題もありますから」


「そうか。皆には、面倒をかけたな」


 畳の下、床下にある謎の壺を発見し、キースとユリエは歓声を上げた。その姿を眺め、コンラードは、くすり、と笑う。


「……それにしても、カイ……。お前は、たくさんのよき出会いに恵まれたな」


「はい――!」


 カイは、コンラードの言葉に力強くうなずいた。


「私はずっと一人でいたから――。永く主人に仕え、大勢の人に囲まれていたお前たちが羨ましいな」


 本棚の裏の謎の通路も発見し、歓喜の雄叫びを上げるキースとユリエの姿を眺めつつ、コンラードは少し寂しげに微笑む。


「いいえ……。コンラード兄さん」


 カイは、まっすぐ兄の瞳を見つめた。


「ん……?」


「これからは、コンラード兄さんも一緒です! もう一人ではありませんよ!」


「私は、もう一人ではないのか……?」


「はい……! 今までも、決してコンラード兄さんは一人ではありませんでしたが、これからは、常に皆と一緒です……!」


 柔らかに部屋を照らす暖炉の炎。窓を揺らす風雪も、凍えるような冷気も入り込めない、あたたかで確かな世界がそこにあった。




 翌朝、一行は「コンラード邸」を出発することになった。


「ミハイル様。どうぞ、私をお使いください」


 コンラードが、ミハイルの前に立ち、ひざまずいた。


「コンラードさん……!」


「私は『退魔の杖』。退魔士である貴方様にお仕えすることにいたしましょう……!」


 コンラードは、そう言うと自分の服のボタンを一つずつ外そうとした。


「コンラード兄さーん!」


 カイが、大急ぎでコンラードの前に躍り出る。


「ん? どうした? カイ」


「杖の姿になるのは、一瞬で出来るでしょう!」


 コンラードは皆の前で、全裸になる気満々だった。


「変身は、別に人間的速度で構わないのではないか?」


「構いますっ! さあ、一瞬で変身してくださいっ! じゃないと、一人置いていきますよ!」


 コンラードを連れて帰るつもりで来ているのに、置いていくとは本末転倒な脅しである。

 コンラードは、皆に「人間体の全容」を披露出来なくて不満気ではあったが、一瞬のうちに「退魔の杖」に変身した。


「……コンラードさん。よろしくお願いしますね……!」


 キャラクター面に一抹の不安を感じながら、ミハイルは「退魔の杖」を手にした。


「これは……! すごい……! 力が、あふれてくるようだ……!」


「さすが、カイの兄ちゃんだな……!」


「滅悪の剣」を手にし、キースが笑いかける。


 吹き付ける風雪。肌を切り裂くような、凍える空気。


「皆、疲れがあるだろうから、より一層気を引き締めていこう……!」


 白い木々の向こうに、そびえ立つようなスノウモンスターの姿が、見えた。


「よし……! 行くぞ! コンラード兄ちゃんを連れて、みんな揃って北の神殿に帰るぞーっ!」


 キースは、「滅悪の剣」を高く掲げ叫んだ。


「帰りましょう、皆揃って……!」


 キースとオッドが先頭を駆ける。皆、その後に続く。


「コンラードさん! では、行きますよ……!」


「退魔の杖」は、答えるように金色に光輝いた。

 ミハイルとコンラード、新たな絆が生まれる。

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