ちゃんと、書いてあった。
風雪の合間から覗き見える、巨大な影。
白の巨人が立ちはだかる。
「宗徳! ミハイル! 二人で連携して戦うことは可能か!?」
吹きすさぶ雪の中、キースが叫ぶ。
「ああ! もちろん大丈夫だ!」
「ええ! 僕が宗徳さんをサポートします!」
宗徳とミハイルが即答した。宗徳は剣士、ミハイルは退魔士と戦いかたはそれぞれ異なるが、今までの共闘の経験、そして豊かな旅の日常のおかげで、あうんの呼吸が出来ると自然に信じられた。
「それなら、手分けして戦おう! 俺とオッドが正面のスノウモンスターを倒す! 宗徳とミハイルが右奥のやつ、エリオスとレーヴィが左奥を頼む! アーデルハイトとユリエは、皆のサポートを頼む!」
「わかった!」
皆、キースの戦法に同意した。
ズーン、ズーン、ズーン……!
不気味な音を立て、三体のスノウモンスターが近づいてくる。
「オッド! さっきのように行くか!」
「では、遠慮なく私が右を!」
キースは左、オッドは右手から怪物のもとへと雪道を駆け上がる。
「キース様!」
空気を切り裂き、スノウモンスターの巨大な拳がキースの眼前に迫る。
「だいじょぶだよん!」
ドゴッ!
キースは電光石火の勢いで左へ飛び、岩のような怪物の拳は、近くの巨木の幹に激突した。怪物の拳と、巨木の枝から大量の雪が崩れ落ちた。
――今だ……!
キースの青い瞳に宿る鋭い光。
キースは、大きく剣を振りかざした。
ズンッ!
「滅悪の剣」が、スノウモンスターの背を力強く貫く。
ザンッ!
同時に、オッドの魔剣も怪物の脇腹を切り裂いていた。
一瞬の、間。
ゴゴゴゴゴ……。
雪煙を巻き上げながら、スノウモンスターはその形を崩していく。
「……つくづく思います」
轟音を立てて崩れ落ちる雪の塊を金の瞳に映しつつ、オッドが呟いた。
「キース様。貴殿が敵でなくて、本当によかった、と」
キースは、オッドの隣に立つ。
「嘘言え。もし俺が敵だったら、おめーは嬉々として剣を振るうつもりだろ?」
「……それはそうかもしれませんね」
オッドとキースは、互いの拳を突き合わせ、笑った。
「そこ! 自分たちの仕事が終わったからって、サボってんじゃないわよ!」
レーヴィが、笑いながら二人の脇を走り抜ける。
「キースさん、オッド団長! ここは我ら兄弟にお任せを!」
エリアスがキースとオッドに笑顔を向け叫ぶ。エリアスとレーヴィは、もう一体のスノウモンスター目がけ、雪の山道を駆ける。
ガッ!
スノウモンスターの巨大な腕が、木をなぎ倒そうとしていた。頭部がなく、みなぎるエネルギーのままにただ暴走する怪物、スノウモンスター。エリアスとレーヴィに照準を合わせているわけではないが、木はレーヴィのほうを向かって倒れていく。
ザザザザザッ!
「レーヴィ!」
ズシーン!
木が倒れた衝撃で、視界が白に染まる。
「レーヴィ!」
「……まったく、うるっさいわねー。エリアス兄さん! そんなに大声出さなくても、聞こえてるわよ!」
「レーヴィ!」
赤い髪を風になびかせて笑うレーヴィの姿を認め、安堵の声を上げるエリアス。
「なめられちゃ、困るわ!」
シュッ!
レーヴィの剣が、美しい弧を描く。
ドッ!
銀色の輝きを残し、剣が怪物の脇腹を裂いた。
「エリアス兄さん!」
レーヴィがその名を呼ぶ必要はなかった。エリアスは、怪物近くの曲がりくねった木の幹を利用して跳ね上がり、
ドンッ!
怪物の真上から、勢いよく剣を突き立てた。
ドドドドド……。
エリアスは崩れる怪物の残骸を蹴り――まるで、翼を有する者のように――、高く遠くへ飛び下がった。
「兄さん! かっこいーっ!」
レーヴィが口元に手を添え、黄色い声援を上げる。
「……まったく、兄をからかうんじゃない!」
エリアスは、上司であるオッド団長の目の前で自分の身内によって大げさに褒められた形となり、なんだかバツが悪くなる。エリアスは顔を赤らめ、無造作に自分の頭を掻いた。
宗徳は、刀の柄に手を添え、黙して走っていた。もう一頭のスノウモンスターを目がけて。
木々の間をくぐり抜け、一心に走る。鋭い目は、怪物を見据えていた――。
怪物の振り回す巨大な手が、宗徳に迫る。
ザンッ!
宗徳の刀が、光とともに怪物の手を切り落とした。
ドッ!
そのまま宗徳は怪物の間合いに入り、怪物の胸を一突きにした。
「白き冬の精霊よ、雪の怪物を天へと導き給え……!」
ミハイルが大きな杖を振り上げ、朗々とした声で呪文を発した。
きらきらとした光が、怪物の全身を包んだ。怪物の形をしていた巨大な雪の塊は、宗徳に襲いかかることなく、粉雪のように舞い上がり四方に飛んで消えていった。
「ミハイル殿! かたじけない……!」
宗徳はミハイルのほうを振り返り、大声で礼を述べた。
「ほんとは、全部のスノウモンスターにかけたい呪文ですが、これでなかなか、大変な力仕事なんですよ。時間をおかない連発は、ちょっと無理そうです」
「そうか。ミハイル殿とコンビで助かった。俺は、当たりくじを引いたな」
ふふっ、と宗徳とミハイルは笑い合っていた。
「みんな、大丈夫っ?」
アーデルハイトとユリエが、皆に追いついた。
「雪山で無理をして、疲れたでしょう?」
アーデルハイトはそう言って微笑み、一人一人の手を取り、治癒の魔法をかけた。
「ありがとう! アーデルハイト!」
ただでさえ、雪山では体力を消耗する。それを駆けまわったり戦ったりと、皆、気づかぬうちにかなりの負担を体にかけていた。アーデルハイトの魔法により、皆の体にふたたび活力が蘇る。
「みんな、ちょっと一列に並んで!」
ユリエが皆に向かって叫んだ。
「え? なんで?」
皆、顔を見合わせ怪訝に思いながら、言われるがまま一列に並んでみる。
ぱん! ぱん! ぱん! ぱん! ぱん! ぱん!
ユリエは、皆の頬に平手打ちをした。
「私が、皆に気合を注入したから!」
腰に手を当て、ユリエが平手打ちの理由を堂々と発表した。
え……? 気合……。
皆の頬に残る、小さなかわいいもみじ形。びんたの刻印である。
ユリエが皆にお見舞いしたのは、気合を入れる「ユリエ特製平手打ち」だった。
「オッド団長の頬にまで、かわいいもみじ模様―!」
レーヴィがオッドを指差して笑う。
「こっ、こら! レーヴィ!」
慌てるエリアス。でも、エリアスも笑ってしまっていた。そういう彼らも、もれなく頬がもみじ印なのだが。
「似合いますか?」
似合っていた。
皆、気力も回復した。
「アーデルハイトにも、えいっ!」
ぱちん。
ユリエは、少し遠慮気味にアーデルハイトにも気合を入れてあげた。
「そして、自己完結!」
ぱんっ!
ユリエは、最後に自分の頬も自分で打ち、気合劇場を見事完結させた。とはいえ、「滅悪の剣」の姿のままのカイは、もみじムーブメントから一人免れていた。
ゴウウウウウ……。
しばらく雪の山道を登っていくと、また白い影が見え始めた。
「やはり、まだまだこの先も連中は現れ続けるようだな……!」
キースが遠方に見えるスノウモンスターを睨みつけ呟く。
「現れたら、倒すのみです……!」
キースとオッドの瞳には、強い光。そして、口元には笑みが浮かんでいた。
どのくらい、倒したであろうか。
もう、誰も数えてはいなかった。
現れては戦い、現れては戦いの繰り返しだった。
雪の降りしきる厚い雲の合間から、薄日が見えるときもあったが、その光もいよいよ傾き始めているようだった。
カイが、人の姿に戻った。
「コンラード兄さんと通信していたのですが、コンラード兄さんのいる場所はもうすぐのようです!」
「カイ! 本当か!」
皆、疲れの色が濃くなっていた。
「日没も迫っている! みんな、気を付けていこう!」
ゴゴゴゴゴ……!
目の前で、雪が吸い寄せられるように集まっていく。
「また現れたか!」
カイは、「滅悪の剣」の姿になる。キースは、流れるように「滅悪の剣」をとり、そして構えた。
コンラードのもとに着く前の、最後の一頭ではないか、キースにはそう思えた。
ゴゴゴゴゴ……!
「まただ!」
新たに誕生したスノウモンスターは、全部で三頭いた。
「ふっ……! 行くぞ! オッド……!」
「無論です!」
エリアスとレーヴィ、宗徳とミハイルも後に続く。
それぞれの、刃が光り、舞い、白を切り裂く。
そして、ミハイルの呪文が祝福の鐘のように辺りを浄化した。
「みんな……、大丈夫……?」
アーデルハイトが、皆を癒し、
ぱんっ!
ユリエが、皆の気力を高めてくれた。
「……はあ……、はあ……、はあ……」
呼吸が、乱れていた。雪を踏みしめ、そして雪から足を抜き前に進むという一つ一つの動作が、重みを持つようになっていた。身を切るような寒さと汗が乾いたせいで、体は凍えていた。
「もうすぐって、どのくらい、もうすぐなのかなあ……」
キースの頭に、他愛のない記憶が呼び起こされる。
『もうすぐ、夏休みです』
『このあと、もうすぐ始まりますよ』
――「もうすぐ」って言われて、ほんとにもうすぐだったことって、あんまりないよなあ――。
そのとき、キースの胸元のネックレスが光った。服の中で隠れており、光を反射するはずのないペンダントヘッドが、光輝き、まるで服を貫くようにして一つの直線を示していた。
「オルダさんにもらったネックレスが……!」
「キース! 光の先に、コンラード兄さんがいます……!」
光の指し示すほうへ進んだ。自然と皆の足取りは軽くなっていた。
――この先に、カイの兄ちゃん、コンラードが……!
建物があった。
『コンラード邸』
「コンラード邸!?」
しっかりとした山小屋のようなその建物には、ご丁寧にも「コンラード邸」と書いてあった。




