真剣試合
互いに剣を構え、対峙するキースとオッド。
――なるほど……。オッド、あんたは確かに、北の神殿騎士団の頂点に立つべき男だ――!
一見、緩やかに見える構え。しかし、どこにも隙がなかった。オッドの構えには、まるで美しい彫像のような、完璧な安定感があった。時間が止まっているかのような、完結した「静」の姿勢。
しかし、穏やかに見えるその内側には、今にも噴出しそうな激しく強い「動」のエネルギーが渦巻いている。いつ打ち込んでくるかわからない、そんな不穏さも秘めていた。キースには、それが迫りくる炎のようにひりひりと感じられた。
オッドの口元には、笑みが浮かんでいた。
――この瞬間を、楽しんでいるんだな。
それは、キースも同じだった。キースも、オッドと剣を交えようとするこの瞬間に、沸き立つような喜びを覚えていた。
向き合う二人の心にあるのは、高みを目指す強い意欲と相手に対する深い敬意。強い力を持つ者同士、お互いの力をただ試してみたい、純粋な欲求だった。
キースは、五感を、そしてそれ以上のすべての感覚を研ぎ澄ませていた。
自分の魂の鼓動を感じていた。そして、オッドの魂の波動を感じた。
空気を、光を、熱を感じていた。
「キース様! 参ります!」
タッ!
オッドは剣を構え、真正面からまっすぐ突き進む。気持ちいいほど無駄のない、正攻法の攻めだった。
ガッ!
キースは「滅悪の剣」で、振り下ろされたオッドの剣を受け止める。
――重いな……!
キンッ!
キースは剣を振り払い、オッドは後方に飛び下がり間合いを取り直す。
光る、オッドの金の瞳。
――「シーグルトっち」よりスピードは劣るが、剣を振るうパワーは上だな……!
スピードや技術は、シーグルトのほうが優れていた。しかし、力の強さの点ではオッドのほうが上に感じられた。
ザッ!
大きく弧を描いたオッドの剣が迫る。キースはそれを半歩退いてよけていた。
――大きく、滑らかな剣さばきだ……! 流れるように速く、力強い……!
キンッ! キンッ! キンッ!
キースはオッドの剣をすべて受け止めた。魔剣と魔剣が、激しくぶつかり合う。
びりびりと、剣を握る手に衝撃が伝わる。
――魔剣同士の、ぶつかり合う波動か……!
ガッ!
キースは一層力を込め、オッドの剣を振り払う。そして、勢いよく右足を踏み出す。
シュッ!
オッドに向けた剣は、虚空を斬っていた。
オッドは、宙を舞った。
いや、正確には後方に高く飛び下がったのだが、キースの目には、まるでオッドが空を飛んだかのように見えた。
――まるで、翼があるみたいだ……!
気高く美しい純白の巨大な鷲。キースにはオッドの姿がそのように見えた。
ダッ!
オッドは、剣先をキースに向け再び突進する。
ガッ!
キースはオッドの剣を「滅悪の剣」で受け止め、ニッと笑った。
「さすがだね! 騎士団長!」
「キース様……! 貴殿もお噂以上の腕前です……!」
剣を合わせながら、二人は嬉しそうに笑い合う。
「腕、ビリビリくるねえ!」
「そうですね!」
「あんたの魔剣も、さすがだねえ!」
「カイ様こそ、本当に素晴しい、至高の魔剣です……!」
カッ! カッ! キンッ!
嵐のようなスピードの打ち合いだった。互いの剣が、大きく風を切り裂き、火花を散らし、熱を生み出した。
訓練場の広い空間を縦横無尽に駆け抜け、跳ね上がり、いくつもの光の軌跡を描いた。
オッドの純白の髪が、舞う。
差し込む朝日が、二人の流れる汗を照らす。
シュッ!
ぴたり、と剣が止まった。
額に、剣先が突きつけられていた。
勝負は決まった。
訓練場に、二人の呼吸の音のみが響いていた。
二人の真剣試合は、「静」で始まり、「静」に終わった。
「……お見事です……! キース様……!」
オッドの額に、「滅悪の剣」の剣先があった。
はた目には終始オッドが攻めの試合のようだったが、実際は、キースがすべてオッドの動きを読み、オッドが自由に動けるように促していた。さりげなく試合の流れを創り出していたのはキースのほうだった。
「ありがとう……! オッド……! あんた、やっぱすごいな……!」
キースとオッドは互いに一礼し、剣を収め、カイは人の姿に戻る。
そのとき一瞬、オッドは、キースとの手合わせの最中、壁に立てかけられたキースの細身の剣の脇に、なぜかわからないが衣類のようなものが置いてあったような気がしたが、もうなくなっている、と疑問に思った。しかしすぐに、激しい攻防の合間に見た目の錯覚だったかもしれない、とオッドは思い直した。カイの服である。
「キース様、カイ様、ありがとうございました……!」
「オッドさん、ありがとうございました!」
カイも、オッドに深く一礼した。
キースもオッドもカイも、爽やかな笑顔を浮かべた。
「キース様とこうして剣を交えたこと、私の生涯の誇りです……!」
「おいおい、ずいぶん大げさだなあ! これからは、いつでも手合わせ出来るじゃねーか! 互いの腕を磨くため、毎日やったっていいんだぜ?」
「毎日、ですか……!」
「毎日じゃ、飽きるかな?」
少し首を傾け、笑うキース。
「とんでもございません!」
オッドは、金の瞳を少年のように輝かせた。
キースとオッドは、力を込めて握手をした。
キースとオッドの握手をした手の上に、カイも自分の手を添えた。
「オッドさんもキースも、どうかお手柔らかにお願いしますよ!」
三人は、弾けるように笑った。
今までキースたちを護衛していた北の神殿騎士団のレオとトーレは、北の神殿騎士団の宿舎に戻っており、彼らがオッドとエリアスの代わりに他の騎士団員たちを統率することになっていた。
「レオとトーレも、今ごろ朝ごはんかなあ?」
キースは、北の神殿へと足を運びながら、さっきまで自分たちのいた訓練場を振り返り呟く。
港から北の神殿に着くまで、自分や皆を警護するために共に過ごしてくれたレオとトーレ。急に別行動になって、キースはなんだか寂しく思う。
「もっとお別れの挨拶、しとけばよかったなあー」
「ちゃんとお礼も挨拶もしたじゃないですか」
カイはキースに微笑んで答える。キースたちは、レオとトーレに今までの感謝と別れの挨拶をしていた。
「なんか、これからもいつでも会える気がしてたけど、よく考えれば彼らは北の神殿騎士団の人たちであって、彼らは彼らの日常や業務があるわけで……。今はまだ距離的には近くにいるけど、あまり会えなさそうだなあー」
カイは、クスッと笑う。
「そういうところが、キースのいいところですね」
「ん? そお?」
「人と人との繋がりを大切にし、相手の立場も大切に思う。素晴らしいですね」
隣のオッドもうなずき、微笑んだ。
「レオとトーレのことを気にかけてくださって、ありがとうございます」
「彼らは、とても優秀な部下だね」
「はい! 我らが北の神殿騎士団の誇りです」
オッドは顔を輝かせ、金の瞳を細めた。
キースは、晴れ渡る空を見上げて呟く。
「急に会えないとなると、やっぱ寂しーよ。うーん。レオもトーレも、北の神殿騎士団の宿舎にいるんだろ? 今晩、寝込みを襲いに行こーかな」
「なんでですか」
カイが、キースを呆れ顔をしつつ睨む。
「電撃お宅訪問! レオとトーレ、喜んでくれるかなー?」
「……そーゆーとこが、キースのだめなところだと思います」
カイがため息をついた。
「……お宅訪問、喜ぶと思いますよ」
オッドが心にもないことをのたまう。棒読みのような声だった。
「オッドの部屋にも、寝込みを襲いに忍び込もうか?」
「返り討ちにします」
オッドは一点の曇りもない笑顔で答えた。
北の神殿で皆と朝食をとる。食事をしているうち、ヘリヤ女王陛下とサンデールを森の外まで送ったエリアスとレーヴィが戻ってきた。
「皆は、これからどのように行動したらいいと思う?」
遅れてきたエリアスとレーヴィも朝食を終え、一緒に食後のお茶を飲んでいるときに、キースが切り出した。
北の神殿の食堂の中には、キースたちやエリアスとレーヴィ、そして北の巫女、セシーリア、オッドがいた。北の神殿の神官たちは、話をややこしく進まなくするだけのようなので、あえて彼らがいないときに、キースは今後の重要な話をしようと考えていた。それに、神官たちがいなければ、北の巫女も率直な意見が言えるだろうと思っていた。
「そうですね……。どのようにしたらよいか――。実は、私もまだ最善の方法が見えていないのです」
北の巫女は、まっすぐキースの瞳を見つめ答えた。
「『方法が見えない』……?」
「はい……。いまだに、予言の魔法使いに関する新しいご神託が下りないのです」
北の巫女は、ティーカップに目を落とし、申し訳なさそうに首を振った。
「そうなんですか……。北の巫女様……、ずっと考えていたのですが――」
キースは、真剣な表情で北の巫女の澄んだ青い瞳を見つめた。
「コンラードのところには、どうしても行くことが出来ないのでしょうか?」
「それは……、不可能です――!」
激しい吹雪に護られた自然の要塞、スノウラー山。そこに、カイたちの長兄コンラードがいる。
「スノウラー山に行けるのは『緋色の月』の十三日から三日間のみです。それまでは、特殊な吹雪に包まれ、人も魔物も近寄ることが出来ないのです」
「でも、我々が『退魔の杖』のコンラードの力を使うことを出来れば、クラウスたちとの戦いが格段に有利になるのではないでしょうか?」
「コンラードが山を降りれば、クラウスの手に渡る危険性が逆に高まります。得策ではないでしょう。しかし、それよりそもそも、スノウラー山への行き来が不可能なのです。伝説の大魔法使いヴァルデマー様でさえ、それは出来ないことでしたから――」
キースは、自分の考えている最悪の仮定を述べることにした。
「でも、もし――、クラウスと魔族の力で、スノウラー山の吹雪の結界が破られたら――?」
カシャン。
誰かの、ティースプーンが床に落ちた。どんな朝にもどんなテーブルでも起こりうる、ごく些細なことだった。
しかし、皆の耳には災いの到来を告げる不吉な予兆のように響いていた――。




