サンデール、心に刻む
一時間ほど、キースは北の神殿の神官たちからの質問攻めにあっていた。
「な、なんか、どっと疲れた……」
質問といっても、どう考えても今重要とは思えないことばかりだった。キースの学生時代の成績や家での過ごしかた、仕事の履歴など、キースの過去の生活ぶりに関する質問ばかり。まるで面接のようだった。
やっと神官たちから解放されたキースとカイ、アーデルハイトは、セシーリアの案内で、用意された部屋へと向かっていた。
「なんだか、ただ俺の品定めをされたみたいだったなあ……」
これから大変な状況になろうとしているのに、神官たちは現実を知ろうとしないのか、大局的な見方は出来ないのか、キースは少し落胆していた。
「今までの旅で起きた重要なことは、すでに報告してありますし、キースが眠っている間に、ミハイルさんたちも状況について詳しくお話ししていたでしょうから」
カイが苦笑しながら答える。
「でもさあ、俺の過去のことなんか、知る必要あんの?」
「神官さんたちは、神殿内の行事が滞りなく執り行われるようにすることや、北の神殿に関連する出来事を記録することが主な仕事なんだそうです。神殿で保管する記録書に、予言の『受け継ぐ者』がどのような人間だったか、記載する必要があるんでしょうね」
「俺の学校の成績、書いちゃうの!? 意味あんの!?」
「成績自体をそのまま書くことはないと思いますが、神官さんたちの価値観からすると、人となりを判断するうえで重要な情報のひとつなんでしょう」
現状やこれからの対策を考えるより、自分たちの「記録をする」という仕事が優先なのか、キースはため息をつく。
「へーえ! つまんねーの! どーせ訊くなら、最新の俺のおススメのダジャレでも訊けばいいのに! ダジャレ・ナウ! プレゼンテッド・バーイ・キース!」
「どーゆー価値観なんですか」
今更ではあるが、呆れるカイ。成績が神殿内の歴史のひとつとして残されるのはどうかと思うが、ダジャレが神殿の歴史に残るのもどうかと思う。
「最新のダジャレってなによ」
念のため、アーデルハイトが訊いてみる。ダジャレに興味はないのだが。
「神殿で 最新ダジャレ 伝説に 北の神殿 来たよ新鮮!」
キースは、力の限りを振り絞った。
「それ、ダジャレかなあー」
「歌みたいになってんのが、妙に腹立つー」
そうこうしているうちに、部屋に着いた。
「アーデルハイトさんは、こちらのお部屋にどうぞ。中でユリエちゃんがお待ちかねだと思いますよ。お夕食の準備が整いましたら、お呼びしますね。もうすぐご用意出来ると思いますが、それまでゆっくりしていてください」
「セシーリア。ありがとう! キース、カイ、じゃあまた、夕食時に!」
「うん。アーデルハイト。じゃあ、またな! 夕食の豪華さに、ユー、ショック受けないようにな!」
「ダジャレはもういいって」
呆れるアーデルハイト。
「……ああ。すっかり寒くなってきましたね」
カイは、キースの「夕食にかけたダジャレ」を聞かなかったことにした。遠くで鳴いているカラスの声を聞くふりをし、黒い瞳は森の向こうに姿を隠そうとする夕日を追い求め、ひたすら現実逃避を決め込んだ。
「キースさん! 本当に素晴らしい才覚をお持ちなんですね……!」
セシーリアだけが、絶賛した。
キースとカイが、自分たちに用意された部屋の扉を開ける。先ほどまでキースが休んでいた部屋だった。
「あ……!」
扉を開けて驚いた。
「ヘリヤ女王陛下……!」
部屋の中には、ヘリヤ女王陛下と従者サンデール、そして、ミハイルと宗徳がいた。
「ふふ。悪いな。待たせてもらっていた」
ヘリヤは、いたずらっぽい笑みを浮かべた。
「明日の早朝、わしとサンデールは城へ戻る。あまり城を空けられないからな」
「そうでしたか……!」
「帰る前に、もう少しお前と話がしたくてな」
ヘリヤは、キースの前に歩み寄り、キースの両手を取った。
「この国を、世界を、よろしく頼む……!」
ヘリヤの青の瞳は、キースをまっすぐ見つめた。
「ヘリヤ女王陛下……!」
「わしも、もちろん全力で戦う。しかし、そなたの力や皆の力が必要なんじゃ。危険な道を歩ませることになって誠にすまぬが、どうかわしに力を貸してくれ……!」
「もちろん……! もちろんです……! 俺も皆も、はじめからそのつもりです……!」
「ありがとう! キース……!」
ヘリヤの手は、少し震えていた。青の瞳がみるみる潤み、今にも泣き出しそうに見えた。キースは改めてヘリヤの境遇に思いを馳せる。気丈に振舞っていても、まだ彼女は子どもなのだ――。
「ヘリヤ女王陛下、大丈夫です! どうかご安心ください! 俺たちは皆、陛下の味方です! 俺たちが、必ずお守りいたします……!」
「キース……」
ヘリヤは、涙を隠そうと少しだけうつむいた。長い睫毛が揺れていた。
ヘリヤは平静を装い、振り絞るように言葉を発した。
「キース……。そなたの……。そなたの国の話を、少し聞かせてくれぬか……?」
「はい……! 女王陛下!」
キースは、故国の話をした。季節ごとに咲く色とりどりの野の花や、緑の山並み、地に足をつけて暮らしを営む人々の話、目覚ましい発展はないけれど穏やかで安定した国であること、それらの話に時折、ダジャレをぶち込みながら、話した。
「ははははは!」
意外なことに、ダジャレは従者サンデールに、おおいにウケた。
マジか……!
低レベルなキースのダジャレに、腹を抱えて笑うサンデール。キース以外の皆は、ちょっと引き気味にサンデールを見つめた。
意外なところに、ツボがあるものだな――。
ヘリヤは、いつも言葉少なに自分を守っているサンデールの、新しい一面を見る思いだった。
「時々、とっても要らない情報を聞いてしまった気もするが……、ありがとう……! キース!」
ヘリヤの顔に笑みが戻る。
「……いつか、わしもそなたの国に行ってみたいな」
ヘリヤは、遠い大地を憧れるような目をした。少しだけ、寂しげな色を浮かべて。
「いつでも、ご案内しますよ!」
「ふふ。楽しみじゃな……! わしも、父王のような立派な国造り、そして、そなたの故国のような平和な国を目指していかねばな……!」
ヘリヤは背筋をぴんと伸ばして力強い声を出し、笑った。
キースは、そんなヘリヤを見て、そんなに頑張らなくていいんだよ、と声をかけたくなったが、言葉を飲み込む。
目の前にいるのは、少女ヘリヤではなく、あくまで一国の、女王陛下ヘリヤなのだ――。
「……ヘリヤ女王陛下のもとで、この国はきっと、ますます平和で豊かなものになりますよ……!」
キースは、少し胸が痛んだ。この今にも泣き出しそうな少女を、ただ抱きしめてあげられる存在がいたら、どんなにいいだろう、そう思った。
今までヘリヤの後ろに控えていたサンデールが、すっと、キースに歩み寄る。
サンデールの顔には、真剣な表情。キースの国家に対する敬意と祝福を込めた言葉に対する感想を述べるのか、一同そう考えた。
「……キース様、キース様の故国に関する大変興味深いお話を、誠にありがとうございました……!」
今度は、サンデールがキースの両手を取った。サンデールは、キースの両手を握りしめながら、じっとキースを見つめる――。
なんの、告白……?
一同、サンデールのただならぬ様子に固唾を飲む。
「貴方様の話に散りばめられた楽しいシャレの数々、このサンデールの胸に、深く刻まれました……!」
マジか……!
刻まれないで欲しい、一同そう思った。
「ヘリヤ女王陛下、それから、キースさんをはじめ、皆さん。はるばる北の神殿へ、ようこそいらっしゃいました。旅の疲れがおありでしょうから、今宵は、どうぞくつろいでお過ごしください」
北の巫女が一同に向かい、改めて挨拶をした。
大きなテーブルにシンプルで美しい食器が並び、次々と湯気の立つ料理が運ばれてきた。
「美味し―ねえ! 北の巫女様、ありがとー!」
妖精のユリエの前には、妖精サイズの小さく美しい食器がちゃんと一揃えあった。その小さな器にも、きちんと盛り付けられた心尽くしのご馳走。
「ユリエちゃん。デザートには、アップルパイをご用意しましたよ」
セシーリアが、ユリエに優しい微笑みを向ける。
「やったあーっ! さっすがセシーリア、わかってるぅ!」
ロウソクの柔らかな光の中、和やかに晩餐のときは進む。皆、あたたかい食事と会話を楽しんだ。まるで、世界の危機が近いことなど、忘れてしまっているようだった。
否。実際は、そうではなかった。
危機が近いからこそ、皆、穏やかな時間を大切にした。立場も国も境遇も違う者同士、少しでもそれぞれの心を近づけようとした。
「ほんと、このアップルパイ、最高だな!」
キースは、この日のアップルパイの優しい甘さやシナモンの豊かな香りを、ずっと忘れないでおこう、そう強く思った。
皆、そっと笑顔を交わし合った。
「キース様」
キースが廊下で雪明りの中庭を眺めていたとき、誰かが話しかけてきた。
北の神殿騎士団長、オッドだった。
「キース様のご都合のよいときに、ぜひお願いしたいのですが――」
キースは、オッドの不思議な金色の瞳に、シーグルトの姿を思い出していた。
「私と、手合わせ願えませんか――?」
オッドは口元に、少年のような笑みを浮かべた。




